同僚②
ザザァー。
「シプトピアだぁ!」
水に囲まれた王国、シプトピア。
イーデアの同盟国で豊かな知恵の国。
水は苦手だけどやっぱり綺麗な国だ。
シプトピアはどの街も海に囲まれていて、至る所に水が流れている。
学校が多くあり、様々な種族の子供をよく見かける。イーデアの次に人口が多く栄えた国、そんな豊かな場所だ。
「行くよー人間ちゃん」
「はい!」
王都に到着。青く透き通るような綺麗なお城。
お城と言ってもフランスにある凱旋門に似たような形をしている。その真ん中には大きな川が流れている。
さて、お掃除に取り掛かるとしましょう!
と言ってもここはすごく綺麗なので特に目立った汚れはない。
とりあえず人がよく通る道に箒がけするか。
ルンバさんは早々にどこかに消えてしまった。
まあ特別気にすることもなく私は私の仕事を始めた。
しかし仕事を始めて間も無く、事件は起きた。
「あぶなーい」
!!
そんなやる気のないルンバさんの声に反応して振り向く。
こちらに向かって飛んでくる石の塊が視界に入った。
「どっせい!」
反射的に箒でそれを打ち返す。
弧を描いて飛んで行ったその塊はルンバさんが見事キャッチした。
…な、何今の。
「ごめんねー手が滑って貝殻が飛んでっちゃったみたーい」
からりと笑うルンバさん。
飛ぶか?その大きさの貝殻がこんなに飛ぶか?
「今のよく打ち返したねー」
「き、気をつけてくださいよ」
当たってたら大怪我だよ…
ごめんごめんと笑うルンバさんを睨みつける。
…わざとじゃないよね。
だが、その後も…
「あぶなーい」
「どわぁっ!」
何度か貝殻が飛んできたり
「避けてー」
「ひぃ!」
シプトピアの海岸に生息する巨大ガニの赤ちゃんが襲ってきたり
「ごめーん」
「おりゃああ!」
羽の生えたフジツボの大群に襲われたり
「はぁはぁ」
「大丈夫?」
散々な目にあった。
いや…わざとじゃね?
いやね?あんまり人を疑いたくないんだけどね。
でも…掃除ってこんなに生死彷徨う?
「る、ルンバさん…わざとやってません?」
「えーそんなわけないでしょ」
「で、ですよね…」
でもあたくし…この人好きになれないわ。
「全部見事な神回避だねぇ」
「そうですかね…」
「案外戦うの得意だったりする?君」
「さあ…普段は戦わないですけど」
なにこいつーもう無理なんだけどー
何ケロッとしてんだよー
「でも第五通路の魔物と応戦したって聞いたよ?」
「はあ…まぁ戦ってたというより掃除してただけですけど」
「掃除……」
「わああああ!」
!
なに!?
突然高い叫び声が聞こえた。
ルンバさんと同時に振り向く。
あっ!あれは!
「あらまー」
「子供が!」
王都と街をつなぐ橋。その下に流れる川で白銀の髪の小さな男の子が溺れていた。
バタバタと手足を動かし声を上げている。
「たったすけっ…がは」
パニック状態になっている男の子。
激しく声を上げているためガバガバと水を飲んでしまい、苦しそうに顔を歪めている。
その水色の涙目とバチっと目が合う。
思わず体に力が入った。
「助けないと!」
「え、なんで?俺らに関係ないじゃん」
「関係あるかないかじゃないです!あのままじゃあの子が!」
「でも君泳げないんじゃなかった?」
…確かに泳げない。水は怖い。
でも…
「でもきっとあの子のほうが怖がってます!」
「え、だから…お前が泳げないんだったら助けようがないだろ?ほっとけばいいじゃん。助けたって無駄だよ」
「無駄なわけないじゃないですか!!」
無意識にすくんでいる足を見下ろす。
…何怖気付いてるんだ私。
行かなきゃ。
ええい!もうどうにでもなれ!
「今行く!!」
「あっおい!」
一直線に駆け出す。
高い橋ではない。水面までの距離はそう遠くない。
橋の下側に回り込む時間も惜しい…。
飛び込むか…
行くしかないっ!
駆けるスピードは緩めず、強く踏み込んで思い切り水に飛び込んだ。
「人間!?」
ザブン!と水の大きな音。
視界が揺らぐ。水の感触…。
幸い私が飛び込んだのは男の子の近くだった。
「いまっ…行くから」
「たすけてぇぇ!」
バシャバシャと水をかき、踏みごたえのない水を蹴る。
不安定な水面で無理やり手を伸ばして男の子の腕を掴んだ。
「ほら…っもう、大丈夫」
「ううっ…げほっ」
背中を抱き寄せる。私にしがみついてひゅーひゅーと息を整える白銀の髪の男の子。
よし…これで…
「うっ」
しかし今度は私が問題。
飛び込んだはいいものの、ルンバさんの言った通り私は泳げない。
バシャバシャと水を掻き分けるが男の子を抱えながらなんてとても無理な話。
「はあっがはっ…うぷ」
「おねぇちゃん…」
「大丈夫…大丈夫よ…まじ、大丈夫すぎるくらいだから」
男の子が落ち着いてくれたおかげでなんとか浮くことはできる。
でも足をひたすら掻き回しているのに一向に進む気配はない。
早く…陸に…
「おーい、にんげーん!」
「へ…」
「こっちから上がれそうだよー」
呑気なルンバさんの声が聞こえた。
目をやると少し離れたところに陸に上がりやすそうなところがある。
「る、ルンバさっ…手伝ってくださっ」
「えー無理だよー俺機械だから水ダメなんだー。何事も挑戦なんでしょ?ほら頑張れ頑張れ」
くそがっ
クソサイボーグ!いつか水浸しにしてやる!
とにかく…今はあそこに…
「ふうっふぅ…」
「おねーちゃん…」
「大丈夫よ、超平気っ…」
ふぅ…ふぅ…
水…
水…
水…寒い…冷たい
暗い…水、川…息、泡…水…
お、父さん…
「かはっ…」
「しっかりしろ人間!」
「はっ…」
「おねえちゃん!バタバタするんだよ!足!バタバタするの!」
「足…足ね、わかった…っ」
抱えていた男の子が小さく足をバタつかせる。
私も同じように足を動かした。
落ち着いて…落ち着いて…。
私の様子を見て、男の子がすいっと手で水を掻いた。
「わっ」
ぐーんと一気に身体が動く。
クソサイボーグが近づいてくる。
あれ…?
さっきまで当たっていた男の子のバタ足が別の感触になっている。
なんだか硬くて…ザラザラ…ヒラヒラして…
ザブン!!
「はーっはーっ」
「おおーおかえりー」
気がついたら私は陸に上がっていた。
しかし抱えていた男の子の気配がない。
「あの子はっ!」
「あそこにいるよー」
…え?
「できた!!できたよ!僕にもできた!」
「あ…あれは…」
下半身が…魚?
「あの子人魚族の子供だったみたいだね」
「ええっ!?」
うきゃうきゃと水の中を泳ぎ回る男の子。
白銀の髪が水に反射する光を受けて輝いている。透き通るような水より綺麗な水色の瞳が嬉しそうに笑っている。
水浸しのまま呆然とその様を眺める。
「人魚族は生まれは陸なんだよ。一定の年齢を超えたら人魚の姿に変身できるようになる。あの子多分人魚になるために泳ぎの練習をしてたんだね」
「そ…そういうこと?」
「うまく泳げなくて溺れてたけど、飛び込んできた君がもっと泳げなかったからその姿を見て泳ぎ方を習得したのかもね」
な、なんだ…
そうなのか…
「よかったぁ…」
「おねえちゃんありがとう!僕やっと人魚化できたよ!」
「そ、そらよかったよ…」
「パパとママに見せてくる!」
「いってらっしゃい…」
男の子はくるんっと飛び上がって一回転するとお城の方に泳いで行った。
「あの子溺れても死ぬことはなかったよ?鰓呼吸できるはずだから」
「はーーっよかったぁ…」
「ほらーだから無駄だったじゃん」
「うるさいなぁ…あー」
ほっとしたら力が抜けた。
だらんと地面に寝そべって盛大なため息をつく。
「ねぇ…」
「なんですか」
「なんで飛び込んだの?」
ルンバさんが心底不思議そうに私を見る。
「だからあの子が…溺れてたからですよ」
「君も溺れてたじゃん」
「でも放っておくわけにも…いかないでしょ」
「下手したら…君が死んでたのに?」
「死ななかったでしょ」
うぅ…寒っ
やっぱりシプトピア嫌い…
「…やっぱり人間って馬鹿だね」
「はあ…もうどうとでも言ってください…」
疲れてそれどころじゃないんで…
ルンバさんは少し目を泳がせて、男の子の行った方を見ていた。
「……」




