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同僚①



「いい加減にしろ!」

「いやです!」


イーデア、クールオン事務所。

褐色のエルフと人間の雌が激しく口論を繰り広げている。


「普通の風呂に入れ!」

「この石鹸がなくなるまでは井戸水がいいんです!ちゃんと洗ってるんだからいいでしょう!」

「石鹸くらい風呂にあるだろうが!」


呆れて頭を抱えるライル。

吉田は高々と緑色の石鹸を掲げる。


「この固形石鹸最後まで使ったら中からアイテムが出てくるんです!それが欲しいんです!」

「風呂で使えばいいだろーが!」

「この石鹸は井戸水じゃないと使えないんです!」

「なんっだその不良品は!」

「ホームレス専用アイテムなんですぅ!」

「それは悪徳商売ガーゴイルが馬鹿向けに作ったゴミだ!」

「なんて事言うんですかぁ!」


キーキーと鳴き声を上げる人間。

なかなかに頑固である。



「今度は何すか」


事務所に現れた狼獣人のアンデイルがため息をついた。

どうやら2人の口論は珍しい光景ではないようだ。


「人間ちゃんがホームレス生活してたらしくてライルさんがお怒りー」


そう半笑いで言ったのは、左半身が機械で形成されているサイボーグの若い男だった。


左右で色の違う目と金髪の癖のない髪。顔はどう見ても人間だが、首元から下は肌と機械とがバランスよく入り混じっている。

右目は生気を感じる茶色い瞳、左目は機械的なグレーの瞳である。



「親切でくださったんです!」

「それは若い娘が外で水浴びするのを覗き見するためにガーゴイルが企んだんだ!」

「ちゃんと隠してますよ!」

「あめぇんだよ弱小種族!」

「あーあー!また言いましたね!弱小種族って言いましたね!差別ですよ!」

「だーまーれー」


ライルの大きな手が吉田の顔面をぐわしと掴む。


「ぴげぇ!!」

「とにかく井戸水は禁止だ!」

「ええええ!」

「さっさと掃除行ってこい!」


ドアの外に吉田を追い出し、勢いよく扉を閉める。

ようやく静かになった事務所に深いため息が響く。



「お疲れですね〜ライルさん」

「あの馬鹿はどうにかならねぇのか」

「無理っすね…」


アンデイルも同様にため息をつく。

灰色の髪を揺らす半狼の姿は月夜に姿を変える狼男そのものだ。


「クビにすればいいのに。あんなのいたって役に立たないでしょう?」


サイボーグがクスリと笑う。

扉を見る左目がピピッと機械的な音を立てた。


「まあ…人数は多い方がいいからな」


ライルはわざとらしい咳払いをする。


「面接の時に押され負けして合格にしたんですよね」

「……」

「あのライルさんが押されるなんてどんな子かと思ったけど…ただの馬鹿じゃないですか」


冷ややかに笑うサイボーグ。

その様子を横目で見たライルは何事もなかったかのように仕事に戻る。



「でもルンバさん。あの人間の雌、第五通路に出現したモンスターと毎日応戦してたらしいっすよ」

「え?」


アンデイルの言葉にピクリと眉を動かしたルンバと呼ばれたサイボーグ。


「でも第五通路に出現するのってモンスターじゃなくて不備魔力の残骸でしょ?」

「でも攻撃はしてくるらしいっすよ。魔力のない人間にしては応戦してただけでもそこそこじゃないすか?しかも武器は箒一本」

「え…箒?」

「はい。1人で」

「へぇ〜それはかなり…興味深いね」


ニヤリと笑みを浮かべたサイボーグ。

下唇を親指でさすり、再び扉に目を向けた。



「ヨシダ…だっけ?名前」


ピピッと意味深に音を鳴らす。

そして徐にゆらりと立ち上がる。


「ルンバ」

「はーい?」


笑みの消えきってないサイボーグにライルが声をかけた。少しばかり鋭い目を向けて牽制する。


「余計なことはするなよ」

「…もちろんですよ。ライルさん」


サイボーグはやたら綺麗な笑みを見せて事務所を出た。





連絡通路


「ふぅ」

「いつもの人間!いつもの人間!」

「ご苦労!ご苦労!」


ゴブリンさん達が満足そうに笑っている。


日課の連絡通路掃除。

だがこの前までとは違い第五通路と外界通路は掃除しない。

第五通路の掃除がないだけでこうも早く終わってしまうとは。

まあ一番時間使ってたのがあそこだったとはいえ…なんだか物足りない。


「もう終わりか!もう終わりか!」

「プロフェッショナル!プロフェッショナル!」

「そんなに褒めても何も出ませんよ〜」



さてと。

今日は連絡通路が終わったらシプトピアの王都の掃除だったよね。

…シプトピアかぁ。


「はぁ」

「どうした!どうした!」

「いやぁ…シプトピアって苦手なんだよねぇ。水ばっかりじゃん」

「それが青の国!それが青の国!」

「まあそうなんだけど…私泳げないから水って怖くて」


気が乗らないなぁ。

王都も海に囲まれてるからなぁ。



「人間なのに水が怖いなんて珍しいこともあるんだね」

「え?」


唐突に聞こえた第三者の声に思わず身体が硬くなる。声の方へ向けば、機械と肉体の特徴的な身体をした金髪の美青年がいた。


「あ、ルンバさんお疲れ様です!」



ルンバ・ハートン


同じくクールオンで働く、サイボーグの先輩である。


金髪のサラサラの髪と白い肌。ヨーロッパ風のとても綺麗なお顔立ちをしている。

左半身が機械、右半身は肉体であるが、普通に服を着ていればパッと見なんの変哲もないただの美青年だ。


掃除する会社のサイボーグでルンバって名前だから…ついお掃除ロボットを連想してしまう。

あまり関わったことはないけどよく事務所にいる先輩。アンデイルさんよりは関わりやすいけど…なんだか目の奥が笑ってない感じがちょっと怖い。



「シプトピアの国民なのに自分の国が苦手なの?」


げ、げろ…

そういう設定なんだった…


「ま、まあ私はシプトピアと言ってもあんまり水のないところにいたので」

「へぇそうなんだ〜」


この作られた感じの笑い方が苦手。


「これから王都の掃除でしょ?俺も手伝うよ」

「え、いいんですか?」

「今日の分はもう終わったからね」

「あ、ありがとうございます」




一本道の第三通路を並んで歩く。

なんだか気まずい…


「ねぇ人間ちゃん」

「へ?あ、はい」


ギュインと私の方を見たルンバさん。

結構な勢いだったのでビクッとする。


「人間は海の星に生まれる民だから水が得意って話は嘘なの?」


え…海の星?あ、地球のこと?

まあ確かに地球は海の星だけど…


「人によると思います。みんながみんな得意なわけではないですよ」

「なるほどねぇ」


なんだなんだ急に…。

発言には気をつけないと。当たり障りのないことを言おう。

外界人だということは絶対にバレてはいけない。


「人間はお人好しだっていうのは?」

「えと…人それぞれでは?」

「人間は魔法使えないっていうのは?」

「それは本当ですかね…少なくとも私は使えませんよ」

「人間は戦いを好まないっていうのは?」

「私は好みませんけど…育った環境や境遇によるんじゃないですかね」

「へぇ〜」


なんだろうこの人…



「あの、ルンバさんは人間に興味があるんですか?」

「まあ珍しいからね。それに弱小種族って言われてるのに好奇心旺盛でしょ?圧倒的に寿命が短いのに冒険したがるし、傍迷惑な奴らだなぁって思ってたんだ」

「あ、さいですか…」

「人間って生き物は短い人生なのに変化を求めるよね」


変化…。

そりゃあ


「短い人生だからですよ。たった一度の命なんですからいろんな世界を見たいって思うのは当然じゃないですか?」

「そうかな?弱いんだから大人しくしてればいいじゃん。簡単に死ねるんだから短い寿命を大事にしたほうがいい。世界の全てを知るなんて不可能だし、冒険なんてリスク高いだけで無駄だよ」


そりゃ全てを知ることは不可能だろうけど…。

でも、なんていうのかな…そうじゃなくって


「不可能か可能かはどうでもいいんです。やらずに後悔するよりやって後悔した方がいいじゃないですか。変化を求めるのは成長するためです」

「成長?人間の成長なんてせいぜい身体がデカくなるくらいでしょ?能力が飛躍的に上がるわけでも覚醒するわけでもないじゃん」


「成長するのは見た目だけじゃありませんよ。心だって育ちます」

「心なんて育ててどうすんのさ」

「心が育てば…人生が豊かになるらしいです。いろんな出会いや冒険が経験になって、いつか自分の役に立つ。変化を恐れて殻にこもってたら勿体無いじゃないですか」

「…勿体無い?」

「はい。何事も挑戦です。何事も経験です。そうすれば世界はグッと広がります」


じっとしてるなんて勿体無い。

その理屈は…私にもまあわかる。



「へぇ…やっぱり人間って不思議な生き物だね」

「そうですか?」

「うん。身の程を知らないね」


な、何この人〜

なんか怖いんだけど〜


「君も変化を求めるタイプなの?」


…求める…か。

そうね。求めてたからこんな世界に来たのかもしれない。


「そうです!」

「へぇ…じゃあ俺が君の変化を手伝ってあげるよ」


え。


「えと…結構です」

「遠慮しないで」

「いや、別に変化ってそんな急にやるようなものでもないし…」

「やってみなきゃわからないでしょ」

「いや…でも」

「まあまあ、ふふ」


…こっ怖っ!



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