罪悪感②
「ヨシダー!そっち終わったー?」
「終わったー!アンデはー?」
「終わったー!」
「じゃあ後は中央通路だけだね」
「おう!さっさと終わらせようぜ」
翌日。
言った通り、私とライルさんは何もなかったかのようにいつも通りの朝を迎えた。
ぼさっとしている私を叱って大きな舌打ちと共に仕事に出かけたライルさん。
いつもの光景。
ライルさんの方から忘れてくれと言ってくれたので助かった。
そうやって都合の悪いことから目を背けることができるのは人間の得意技だから。
今日はアンデと連絡通路の掃除。
アンデの目を盗んで第五通路のモンスターを倒し、残すは中央通路のみ。
今日はこの後アンデの当番であるシプトピアの港掃除も手伝う事になっている。
2人並んでモップをかける。
「そういえばアンデ明日有休取ってたよね。何かあるの?」
「あーおう。いとこが結婚するんだよ」
「えっ!おめでとう!」
「まあ…めでたい事はめでたいんだけど…」
言葉を濁すアンデ。
「どうしたの?」
「いや…まあ多様性の時代だからなんとも言いづらいんだけどさ…」
多様性の時代なのか。ここも。
どんな世界線でも長く生活されていれば同じ道を辿るのだろうか。
「結婚相手が精霊なんだよ」
「何かダメなの?」
「実は獣人族が他種族と結婚するのってかなり珍しい事でさ」
そうなんだ。
種族別の結婚…あんまりイメージ湧かないや。私達で言う外国人と結婚するって感覚とはまたちょっと違うよね。
「しかも精霊って魔法使うだろ?獣人族とはあんまり仲良くない種族なんだよ」
「へぇ…その結婚は良く思われてないの?」
「一部にはって感じ」
「なるほど」
「俺はとやかく言うようなタイプじゃないけど…穏やかな道のりではなさそうだなーって」
「でもそれを乗り越えて結婚に至ったんでしょ?素敵じゃん」
「それはそうだけど…あいつはちゃんと幸せになれるのかなって思っちまうんだよなぁ」
あらま。
いとこさんのこと大事に思ってるのね。
「幸せかぁ…」
「んー」
難しいよね。幸せとかそういう…概念?
でも…
「幸せの形って人それぞれなんじゃない?」
「んーそれは…なんとなくわかってるつもりなんだけどよ…」
「そりゃあ時には他人の幸せを理解できないこともあるよ。でもだからと言って勝手に自分の思う幸せを押し付けるのは違うよ」
私は自分の母親を幸せそうだと思ったことなど一度もない。
でも本人は自分の生活に満足しているようだった。
理解できないし、理解したいとも思わなかった。
だから自分とは違う人間なんだと思うことにした。
「この世に絶対は存在しないでしょ」
「まあ、よく言うよな」
「こうするのが絶対良いとか絶対ダメとか、そんなの存在しないよ。だから勝手に何かを決めつけるのはナンセンスだよ」
「ナンセンス?」
「ナンセーンス。何が幸せになるのかはその人達が決めることだよ」
絶対なんて存在しない。
それは突如転生してしまったこの私が一番よく知っている。
…と、言いつつも、私は絶対という言葉をよく使う。
ライルさんが私に振り向いてくれることは絶対にないと思っているし、
私が外界人だという事実は、絶対に受け入れてもらえないと思っている。
絶対は存在しない。
でも…だからこそ、絶対は“絶対存在しない”というわけでもないんだ。
言葉って複雑だ。
「とにかく明日は目一杯お祝いしてあげてね」
「おうよ」
結婚かぁ。
思えば他人と家族になるってすごいことだよね。
…家族かぁ。
「なあヨシダ」
「ん?」
「ヨシダは…どう思う?」
「何が?」
妙に視線を泳がせるアンデ。同じところを何度も磨いている。
「他種族同士の…そのー…結婚?とか」
「別に良いんじゃない?」
「えっ」
こちとらまず他種族の存在から認めなきゃだったからね。最初からそういうもんだと教えられればそうなんだと納得できる。だから偏見も何もない。
いいじゃん。種族の壁を超える愛。素敵だよ。
「精霊とドワーフでも?」
「うん」
「ドラゴンとエルフでも?」
「うん」
「獣人と…に、人間でも?」
「別に良いんじゃない?」
本人達がいいならなんでも良いんだよ。
私の淡々とした返答に何故か顔を輝かせるアンデ。
「おっ俺も!」
「おお」
「俺も良いと思う!」
「そうかい」
ブンブンと尻尾が踊り出す。
「どうしたのアンデ」
「なんでもない!早く掃除終わらせようぜ!」
「ふふ、うん」
なんだか楽しそうなアンデのおかげで掃除は爆速で終わった。
クールオン事務所
「ヨーシーダーちゃん」
「ルンバさん、お疲れ様です」
「お疲れ〜」
本日の仕事を終え、アンデのおかげで時間が余ったので事務所の掃除をしていた。そこへ上機嫌なルンバさん登場。
「上がりですか?」
「うん。ヨシダちゃんも?」
「はい。もう上がりました」
「上がったのに掃除してるの?」
「気になっちゃって」
「職業病だね」
確かに。
良い職業病だね。
「手伝うよ」
「えっいいですよ!勝手にやってるだけなんで」
「俺も勝手に手伝うだけー」
にっこりと綺麗な顔を崩して笑うルンバさん。
「ふふ、ありがとうございます」
「何言ってんの。お礼を言うのはこっちの方だよ」
「え?」
ルンバさんの左右で色の違う目が私を見ている。
「ほとんど毎日事務所の掃除してるでしょ?」
「まあ…」
「ありがとね。ヨシダちゃんがいつも頑張ってくれてることちゃんと知ってるから」
……
「もちろん他のみんなもね」
「…私は…別に」
言葉を濁した私にフッと息を溢すルンバさん。
「ヨシダちゃんがここに来てくれてよかった」
「…急にどうしたんですか」
「いつか言おうと思ってたんだ」
机にもたれかかって身体ごと私を見る。
「入ってきたばかりの頃は、俺もアンデも君を拒絶してた。よく知りもしないで人間ってだけで役立たずだって決めつけてた」
「…」
「謝らなきゃなって思ってたんだ」
「…私は気にしてないですよ」
「俺が気にするの。ごめんねヨシダちゃん」
こういう真面目な空気は苦手だ。
なんだか恥ずかしくなってしまう。
それに…私は感謝されるような人間ではない。
「で、さ。ヨシダちゃん」
?
急に声色の変わったルンバさん。
「聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか」
「ヨシダちゃんはなんで黒の王子と仲良いの?」
「え?」
「異常じゃない?あそこまで仲良いの」
話めっちゃ変わるやん。
前置きも余韻もなく変わるやん。
「いつも何してんの?なんでそんな頻繁に会うの?」
「えーと…」
「昨日帰り遅かったよね。何してたの?」
いや…昨日は…えと
「昨日はその…喧嘩してしまって」
「喧嘩!?」
え、ちょいと?
ルンバさんの口角が微妙に上がったのを見逃さなかった。
「ルンバさん…なんか顔笑ってますけど」
「えっ」
「なんで嬉しそうなんですか」
「えー?いやー?」
「ちょっと、何笑ってんですか!」
「笑ってないよー」
「私悩んでるんですからね!」
ぷうっと頬を膨らませてルンバさんの目の前に立つ。
「悩む?なんで」
「なんでって…そりゃ喧嘩してますからね」
「いいじゃん放っておきなよ」
「嫌ですよ!」
「なんでよ」
「友達だからですよ。仲良くしたいに決まってるじゃないですか」
「えー良い機会なのにー」
何が良い機会じゃ。
「大事な友達なんです」
「たまたま出会っただけなのに?」
「ルンバさんと私だってたまたま出会っただけでしょう?それでも私はルンバさんと喧嘩したら悲しいです」
「…それは俺もちょっと悲しいかも」
「そういうことですよ。特別なんです」
「…ふーん」
あまり理解していないような表情をしている。
私の考え方は決して一般論ではないのかもしれない。
「俺はヨシダちゃんみたいに綺麗な人間じゃないからさ…特別は自分1人だけで良いって思っちゃうんだよ」
「え?」
「……君と出会ってからは特にね」
ルンバさんの機械じゃない方の目が不思議な光り方をする。
「どういうことですか?」
「知らなくて良いよ。妖精さん」
「私精霊じゃないです」
「比喩表現だよ。人間はよく使うだろ」
ルンバさんはふっと柔らかく笑った。
「一緒にご飯行こ」
食堂へ行くとアンデとライルさんがいた。
私達を見つけて手招きしている。
「ちっ…せっかく2人だと思ったのに」
「ルンバさん。わかりやすく不機嫌にならないでください」
だらけるルンバさんを連れて合流。
「お疲れー」
「お疲れ様です!久々ですね!みんなでご飯!」
「最近いなかったのはお前だけだけどな」
え、そうなの?
「ヨシダちゃん、しょっちゅうブラトフォリス行っちゃうんだもん」
あー…転生者達と合流してからのことをキロルくんに色々話してたから。
でも…なんだ、居ないの私だけだったのかぁ。
「みんなで一緒にご飯食べられるんならこっちにいればよかったです。ちょっと損しちゃった」
「……」
「……」
「……」
?
黙ってしまった3人。
ルンバさんが両手で顔を覆い、アンデはブンブンと尻尾を振り、ライルさんは明後日の方向に顔を背けている。
「なんですか?」
「…なんでもない」
ライルさんがボソリと答えた。
「ヨシダちゃん好きなもの食べなよ。俺が奢ってあげる」
「あっ俺が奢る!」
え。いやいいよ。
自分で払えるし。
「今日は俺が誘ったんだから俺が奢るの」
「俺明日有休で会えないんす」
「だからなんだよ」
「だから俺が奢ります」
「意味分かんねぇよ犬っころ」
「狼っす!」
ギャーギャー言い合っている2人。
よく見る光景。
「…平気か?」
…え?
不意に声をかけてきたライルさん。
緑の目で私を見ている。
なんだかすごく…優しい目だ。
「…何がですか」
「……いいや」
……。
「忘れるって言いましたよね」
昨日のことは何もかも。
「…忘れられると思ったんだけどな」
…?
「お前のせいだ。馬鹿ヨシダ」
「…え?」
「……なんでもない」
ライルさんの
低く、深く、優しい声も
ルンバさんやアンデの私に対する温もりも
全て
私の罪悪感を…ひたすらに育てるだけだ。




