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罪悪感①



……やば。やばーい…

どえらい事自覚しちまったよオイラ…

ライルさんに…こ、恋しちまったよオイラ…

恋て…恋って…


「うわーーん!もう!気づきたくなかったぁぁ!」


おばさまに別れを告げ、引きずる足で連絡通路に向かう途中。

いきなりそんな叫び声を上げたせいですれ違った悪魔族の人がビクッする。



気づきたくなかった!

気づきたくなかった!


だって100%無理だもん!

100%片想いだもん!無謀な恋だよ!

だってあのライルさんだよ!?

褐色エルフの最強美男子だよ!?

ほんでもって人間嫌いよ!?

私のこと二足歩行できる馬鹿としか思ってないよ!

惨めなだけだよおおお!


転生して…知らない世界の非人間に…ガチ恋っすよ…

ラブコメディかよ…

いやラブコメディだよ…


ライルさんからしたら私のこの想いほど迷惑極まりないものはなかろう…

だって私はイーデアでは存在すら許されない外界人。大罪を犯し続けている犯罪者だ…。



「……」


左手に頑丈に巻かれたミサンガを見る。

胸がグオッてなる。


「…墓場まで持って行こう。絶対悟られないようにしよう」


できる。私ならできる。

だって現在進行形で嘘をつき続けているんだから。

どうってことない。華麗に隠してみせろ。これ以上…ライルさんに迷惑をかけるな。


「はぁ…」




連絡通路。警備の甘すぎる第五通路を進んでいく。

今朝倒したモンスター達が既に復活している。


「スキル、一掃」


シュバッと箒を振れば跡形もなく消える不備魔力達。


バサバサ


「箒くん…なんでもないよ、大丈夫」


バサッ


「本当に平気だってば。ありがとね。戻ってて良いよ。今日は歩いて帰る」


恋ってもっと楽しいものだと思ってたんだけどな…。

相手が相手じゃ…こんな重荷にもなるんだね。

知らなかったな。…だって初めてだもん。

初めての…感情なんだもん。



連絡通路を抜けるとイーデアの景色が明ける。

既に日が落ちきり夜になっていた。

ブラトフォリスは年中夜みたいなものだから時間の感覚がなくなる。

思ったより更けていた夜に少し驚く。

今何時なんだろ。早く帰らなきゃ。


歩度を早めてクールオンの方向へ歩き出す。

その時だった。


「ヨシダ」


…え?

呼ばれた名前に足を止める。

この声…


「ずいぶん遅い帰りだなぁヨシダサンよ」

「ら、ライルさん?」


会いたいようで…いや、やっぱ今は会いたくなかった人が私の進行方向に立っていた。

夜風に揺れる黒髪。夜の闇に呑まれてしまいそうなほど綺麗。いつもの作業服よりラフな私服…か、かっこいい…。

あーもっなんでこのタイミングで会っちゃうかなぁっ。



「遅くなるなって言わなかったか?」

「す、すみません。今何時ですか?」

「時計も読めねぇのか?さすが馬鹿だな」

「持ってなかったんです」

「もう日付が変わる頃だ」


え、そんなに?

おばちゃんと話し込んじゃったからかな。

緑の目が私を不審に見つめる。


「ったく…時計くらい持ってろよ」

「すみません…」

「ほら帰るぞ」

「はい……ん?」


あれ?ライルさんはなんでこんな時間に…


「ライルさんは何でここにいるんですか」

「……」


私の前を歩くライルさん。

質問には答えてくれない。


「ま、まさか私を心配してだったりして〜」

「んなわけねぇだろ馬鹿が」

「そっそうですよねー!あははー!」

「俺はお前の親でもないしお前もガキじゃねえんだから」

「おっしゃる通りですー!あっははー!」


恥ずかしっえっ恥ずかしっ!

調子に乗った!恥ずかしっ!

いや冗談のつもりで言ったけどね!?

ライルさんがこっち向いてなくてよかった。多分今の私羞恥って顔に書いてある。


「常時馬鹿だなお前」

「失礼なっ」


…よかった。いつも通り会話できてる。

どうやら私は嘘をつくのも、隠し事をするのも…下手なわけではないみたいだ。



「ライルさんはこんな遅くまで何してたんですか?」

「昔の知り合いと飲んだ帰りだ」

「へぇ」


ライルさんも飲みとか行くんだ。

あんまり想像つかないや。


「お酒好きなんですか?」

「別に。エルフにアルコールはほとんど効かない」

「そうなんですか」

「大人の付き合いだ」

「あー」


どの世界線にもそういうのってあるんだ。大人って大変。


「イーデアにも飲みに行けるようなお店があるんですね」

「場所は固まってるけどな」

「あっそれアンデに聞いたことあります。確かイーデア城の裏側に『ひかげ横丁』っていう飲み屋街があるとか」

「ああそこだ。店の数は少ないけど」

「へぇ……ん?」


イーデア城の裏側?

あれ?


「ひかげ横丁って…ここから真反対じゃないですか?」

「……」


連絡通路とイーデア城は南北でかなり離れていたはず…。



「…」

「…え」


不自然に歩度を上げるライルさん。

置いていかれそうになり早足で追いかける。

ま、まさか…


「あの…もしかして…本当に私を…」

「道を間違えただけだ」


スパンと飛んできたぶっきらぼうな声。

道を間違えた…?


「ライルさんが?」

「……酔ったんだ」

「さっきアルコールはほとんど効かないって」

「……ぶっ飛ばすぞ」

「なんで!?」


急に足を止めるライルさん。

ぶつかりそうになりよろめく。

恐る恐るライルさんの顔を覗き込もうとすると、はぁーと盛大なため息が溢れ出た。


「ルンバが…お前がまだ帰ってないって言ってたから…」

「え?」

「……俺じゃなくて…ルンバが心配してたから」


顔は見えない。私のいない方向を見ている。

真正面からでないとこの夜の闇の中では彼の表情は分からないだろう。

でも…わずかに耳が赤いような気がして…


「…ライルさん。やっぱりちょっと酔ってます?」

「……かもな」



……。

心臓がグオッてなる。


…逆にさ、これだけ優しくて、不器用で、強くて、私をちゃんと見ていてくれるこの人と一緒にいて…

どうやって恋をするなというんだ…。

どうやって好きになるなというんだ…。


気づいてしまったせいで、私の未熟な心は弱い風に吹かれるだけでとんでもなく加速してしまう。

初めての感情が、初めての動揺が、未熟な私をどんどん彼色に支配していく。

ああ。お願いだからこれ以上私の中に入ってこないで欲しい。

どれだけ手を伸ばしたってあなたには届かないのだから。自分が惨めで愚かで…どうしようもなくなってしまうから。



「…ありがとうございます」

「別に…心配したのは俺じゃないけどな」

「…ふふ」

「何笑ってんだよ」

「いいえ…いい、え…」


あ、やばい。


「…ヨシダ?」

「あっそういえば今日キロルくんと喧嘩しちゃったんです。もー困っちゃいますよねー!喧嘩なんて久しぶりに…したから…」

「おい」

「ていうか王子様と喧嘩しちゃう私やばいですよね!身の程を知れっていうか」

「ヨシダ」

「やっぱり馬鹿って最強なんですかね」

「ヨシダ」

「おわ」


パシッと言葉を遮るようにライルさんの手が私の左手を掴んだ。

今度は私が不自然に顔を背けていたのだが…ぐっと手を引かれて体がくるりと回る。

そりゃこの人は私より断然力があるのだから逆らいようがない。

ライルさんの緑色の目が私を真っ直ぐ見ている。

夜の闇の中でも…真正面からならお互いの表情がはっきり見えてしまう。



「…何泣いてんの?」

「…泣いてないです」

「泣いてるだろ」

「泣いてないです!」

「じゃあこれはなんだ」


ライルさんの親指が私の頬に触れる。

ビクッと身体を使って驚く。


「濡れてるけど」

「…ヨダレです」

「目から?」

「目からも出るんです」

「……」


止まれ止まれ。

なんでこういう時に限って私の顔をしっかり見るのよ!さっきまでチラリとも見ようとしなかったくせに!


「どうした」

「……」



…好きだと自覚してしまったから、あなたに心配されるのが辛い。

嘘をついているから…ずっと騙しているから、優しくされるのが苦しい。


好きな人に本当の自分のことを何も話せないのが辛い。

好きな人を欺き続けているのに、無条件に優しくされるのが…苦しい。


そして何よりも…

大嘘つきの私が…騙されているあなたを

好きになってしまったのが…申し訳ない。


お願いだから突き放して。

お願いだから嫌いにさせて。

お願いだから優しくしないで。


でも


お願いだから…そばに居させて。



「う…うぅ……」

「…どうしたヨシダ」

「うあ……」

「喧嘩したのが辛いのか?」


違う


「何か酷いこと言われたのか?」


違う


「どこか痛いのか?」


違う


「話してみろ」


……



「優しくされるのが……怖い…」

「……」

「優しくされると…苦しい」

「……」

「何もかも…失ってしまいそうで…」


ただ…怖い。


いつかふと目を覚ましたら、現実世界の自分の部屋の天井が目に入って…また、私を居ないもののように扱う母親と同じ家に、死ぬほど窮屈な息苦しいあの場所に…

戻ってしまうんじゃないかと

全部夢なんじゃないかと


幸せを感じるたびに思うんだ。

優しくされるたびに思うんだ。

手の内にあるものを大切に思えば思うほど…失った時の事を考えてしまうんだ。



「…ヨシダ」

「…すみませ…忘れてください…すぐいつも通りに」

「ヨシダ、俺は今やっぱり酔ってる事にする」

「…え?」

「明日目を覚ましたら何もかも忘れる」

「ライルさん?」

「だから…お前もそうしろ」


何を言って…


「っ!」


ふわりと、慣れない温もりが体を包んだ。


ライルさんの匂いがする。

ものすごく近くにいる。

私の背中に回るライルさんのゴツゴツした手。

ぎゅっと、ちょっとだけ苦しいくらいの強さで…

ライルさんが私を抱きしめている。


「ライルさ…」

「お前が何を抱えているかは知らない。でも…あまりにもお前らしくない顔をされると…困る」


何故…関係ないはずの貴方がそんなに苦しそうな声を出すんだろう。


「慣れろ、ヨシダ」

「…?」

「優しくされる事に慣れろ。お前が言ったんだろ。助け合いがどうのって偉そうに語ってたじゃねぇか。それと同じだ。お前は充分誰かに優しくしてきたんだから、優しくされる権利がある」

「……」

「だから、受け入れろ」



私は優しくなんかない。

優しい人間は、恩人に嘘をつき続けるような事はしない。

この本音を…本当の私を

貴方は絶対に受け入れられない。



「ありがとうございます…ライルさん」


イェスともノーとも言わず…

ただ弱い私はいっときの温もりに縋るように、ライルさんの背中に手を回した。


「明日になったら忘れますから…ライルさんも…絶対に忘れてくださいね」


そう告げて、罪悪感に押し潰されながら、ライルさんに抱きついた。



嘘をついてごめんなさい。

好きになってごめんなさい。



「…お前、ちっさいな」

「ライルさんが大きいんです」

「…弱そうだな」

「ライルさんが強いんです」

「……簡単に壊れそうだ」

「…それは…見かけだけじゃわからないものですよ」



私は壊れそうなのではなく

とっくに壊れてるんだよ。ライルさん。



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