異変⑤
「帰るぞ」
結局先輩が私の代わりに弁解するチャンスすら与えられず…虚しくイーデアへ帰ることに。
ぴえん。上手い言い訳を考えないと…。
とっとと帰ろうとするライルさんがだるそうに私を見下ろす。
「お前はいつまで座り込んでんだ。さっさと立て」
「もうっ今立ちますよ…っと、わっ」
慎重に立ち上がったつもりがくらりと眩暈に襲われる。
「どうした」
「すみません…」
近くにいたライルさんにぶつかってしまった。
火事の煙って恐ろしい…。
「あの…吉田ちゃんはまだ煙が抜けきってないんです。酷い眩暈がもう少し続きますので…」
奈々恵さんが小さく手を上げて言った。
「貧弱だな」
「うるさいですよ」
「だからメラオニアには行くなってあれほど…」
まーたライルさんがぶつぶつ文句言ってくるーと思った矢先、ひょいっと体が宙に浮く。
ライルさんが物でも持つみたいに軽々と私を持ち上げたのだ。
「らっライルさん!?」
「歩けねぇんだろ」
「でもこの体勢はっ」
「文句あんのか」
「いやあの…あの…」
支えてくれればいいのよ!何もお姫様抱っこしなくたって!
18歳のピュアピュア女子には刺激が強いのよっ!
「じゃ世話かけたな」
「先輩、色々ありがとうございました」
「…ううん。お大事にね。吉田ちゃん」
いつものように微笑んだ先輩。
奈々恵さんと祐樹くんもお大事にーと手を振る。
「キロルくんもありがとう」
「おう。ちゃんと休めよ」
上手く言い訳しろよと意を込めて小さくウインクしたキロルくん。
こくんと頷いて応えた。
「大人しくしてろよヨシダ」
「うい…」
「ライルさん!俺がヨシダちゃん運びますよ!ねっ代わりますよ!」
「黙ってろルンバ」
真っ赤になった私を抱えたままスタコラと連絡通路に向かうライルさん。
チラリと先輩を見ると小さく手を振っていた。
「素敵〜!」
「超イケメンだな…ルーさんもだけどエルフってそういうもんなの?」
残された転生者達。遠ざかっていくクールオンのメンバーを笑顔で見送る奈々恵と祐樹とは違い、ただ冷たい目で見ている北条。
「あの人がミサンガを…あ〜っ素敵です〜!」
「あのサイボーグ超かっけぇ!」
見慣れないイーデアの都会人に興奮気味の奈々恵と祐樹。
「……」
残っていた悪魔族の王子が金髪の青年を睨んでいる。
「そんな怖い顔しないでくださいよ王子様」
「お前…ヨシダに何かしたか?」
「なんの話ですか」
「いや…してないならいい」
ニヤリと口角を上げる金髪の青年。
悪魔族の赤い目を物怖じせず真っ直ぐ見つめる。
「何もしてないですよ。まだね」
「っ」
ぞわりとまとわりつく低く気味の悪い声。
バッと楓を見るキロル。しかし楓は既にキロルを見ていなかった。
「そろそろ俺らも行こうか」
転生者の仲間達に美しく笑いかける。
その変貌ぶりにキロルの白い肌に鳥肌が立った。
悪魔族も鳥肌が立つのである。
「そうですね。行きましょう」
「じゃ俺あっちなんで!また夜に!」
去っていく祐樹。
楓と同じく連絡通路に向かう奈々恵は小さく手招きしている。
「では。またどこかでお会いしましょう。黒の王子様」
「…待て」
背を向けようとした楓の腕を掴んで止めるキロル。そしてさらに距離を詰め、耳元で低い声を出す。
「もしヨシダに何かしたら…お前を殺す」
ただでさえ赤い目がさらに深く光り、口元から覗く牙が鋭くなった。
猛獣の威嚇のように明らかな敵意を剥き出しにするキロル。
さすがの最強種族の悍ましいオーラ。こめかみに汗を滲ませる楓。
しかし少し目を閉じて再び開いた時には動揺など微塵もなかった。
「……俺が死んだら彼女が悲しむ」
楓の重低音がキロルの腹を抉るように響いた。
機械的な笑みが消え、光のない目がゴミを見るようにキロルを写す。
「北条さーん?」
「…今行くよ奈々恵ちゃん。それじゃあさようなら。王子様」
ひらりと翻して去っていく金髪の青年。
取り残されたキロルの黒髪を生暖かい風が揺らした。
クールオン
「ほんっとうに馬鹿だなお前は!」
「すみませんでしたぁ!」
ガバチョ
と、勢いよく頭を下げれば高い位置で結んでいた自分の髪に顔面を打たれる。
「箒で応戦しようとして逃げ遅れたせいで煙を吸っただぁ?ちったぁ考えろ!」
「だって先輩だけに任せたらいけないと思って…」
「あいつは兵士だろ!訓練受けてんだよ!お前は掃除してるだけじゃねぇか!」
「でも誰かに守られるタチじゃないし…」
「はぁぁ…」
咄嗟に考えた私の言い訳に盛大なため息をこぼすライルさん。
…く、クビ?
クビだけは嫌だ!駄々こねるよ!
「ヨシダ」
「は、はい…」
涙目の私を真っ直ぐ見るライルさん。
なんだか…さっきまでの般若面とは違い、眉間に皺を寄せた苦しそうな表情をしている。
私の両肩を掴み、一呼吸おいてから再び話し出す。
「お前さ…いつか本当に死ぬぞ」
「はい…」
「はいじゃねぇんだよ」
「す、すみません」
「いやだから…謝って欲しいわけじゃなくて…」
緑の目が不規則に揺れる。
なんだろう…。
「お前は…その……だからもっと…ちゃんと」
「…?」
珍しく言葉を詰まらせるライルさん。
「ちゃんと…」
「ちゃんと?」
「ちゃんと…」
ゲシュタルト崩壊してきた…
「あーっ!ちゃんとしろ!!」
「はっはい!ちゃんとします!!」
「違う!」
「ええ!?」
なんなんですか!
「だから!…だからちゃんと…もっとちゃんと……自分を…大事にしろ」
「……え」
予想外の言葉に拍子抜ける。
ライルさんは私の肩を掴んだまま俯いている。顔が見えない。
「お前は自分のことを見てなさすぎる。第五通路のモンスターと戦ってた時もそうだ。怪我しまくってんのに働こうとするし、言わないと飯食わないし、俺より弱いくせに勝手に心配してメラオニアに帰還石届けに来るし…」
……
「もっとちゃんと自分を見ろ。お前には魔力もないし力もない。俺達より何回りも身体も小さい。何故わざわざ危険なことに巻き込まれに行くんだ。何故力がないのに戦おうとする」
本気でわからないと言いたげなライルさんの目が私を見る。
そりゃわかるわけがない。だってあなたは強いから。でも私はそうじゃない。そんなことは自分でも分かっている。
それでも私は弱いからという理由でただ守られる人間にはなりたくない。
いや…そんな人間になってはいけない。
「…役に立ちたいからです」
「…は?」
ただ守られるだけの弱い人間なんて…役立たず以外のなんでもない。
「誰かの役に立たないと…私の価値が…生きてる意味がなくなってしまうから…」
「……」
「私はライルさんの言う通り、弱くて何もできない馬鹿ですから…人より何倍も、何十倍も頑張らないとダメなんです」
なんで産んだんだろうと…親にさえ言わせてしまうような…どうしようもない人間だから。
「命を削るくらい頑張って、ようやく一人前なんです。そんなこともできない私なら…居ない方がいい」
そう、学んできたんだ。
……
…ん?
ズゴゴゴォ
と聞こえるはずもない効果音を気配として感じ取る。
な、なんか悪寒がすごいんだけど…
恐る恐るライルさんを見る。
「えっちょ、なんでそんな怖い顔してるんですかっ」
ズゴゴゴォっという文字を背後に従えたお怒りのライルさん。
と、それだけではなく背中側からもピリッとした恐ろしい気配を感じた。振り向くとルンバさんとアンデも似たような怒りのオーラを出していた。
「み、皆さん?いかがした!?えっ」
なんか言った?私なんかまずいこと言った!?
「ヨシダちゃん…それマジで言ってんの?」
「はえ?」
ルンバさんの落ち着いた声。珍しく少しも笑っていない。無機質なその目に体が凍る。
「……」
アンデはただ静かに黄色い目で私を睨みつけている。
なっ何か言ってよアンデ!貴方そんな静かなキャラじゃないでしょ!?
「馬鹿だとは思ってたけど…ほんっっとどうしようもない馬鹿だな」
ら、ライルさん?
どうしちゃったのみんなぁ!
はぁっと雑なため息をこぼしたライルさんが再び私を真っ直ぐ見る。
「俺はお前に危険なことをするなって言ってんだよ。身の丈に合ったことをしてればいいって言ってんだよ」
「は、はいっ」
「それはつまり、お前がわざわざ命を削らなくとも充分役に立ってるってことだろうが!」
「……へ?」
ど…どゆこと?
「役に立ってなかったらとっくにクビにしてる。俺は役立たずを雇い続けるようなタチじゃねぇ。でもお前はクビにしてねぇだろ?あ?してねえだろ!」
「し、してねぇです!」
ライルさんの気迫に思わず背筋が伸びる。
「俺はお前に強さなんか求めてねぇんだよ。だって俺が強いし。だからお前がわざわざ死にかける必要はない。そんなことしなくてもお前はちゃんと役に立ってるだろうが!勝手に価値がないなんて決めつけてんじゃねぇよ!」
な…何を…
「ヨシダちゃん」
「は、はい」
ライルさんに反して落ち着いた声を出すルンバさん。
「ライルさんはヨシダちゃんは無理に頑張らなくてもそのままで充分だって言いたいんだよ」
…え
「ヨシダちゃんは今のままでちゃんと役に立ってるんだから、価値がないなんて決めつけるのはやめろって言いたいんだ。ね?ライルさん」
「だから最初からそう言ってるだろうが」
言ってたかな…。
ぽかんとする私をいつもより鋭い目で見るライルさん。
「お前を雇ったのは俺だ。俺は役立たずや価値のない奴を見抜けず雇い続けるほど目が腐ってるわけじゃねぇ。お前が自分を否定するのはお前の上司である俺を否定してんのと同じだ」
「え」
「いい度胸だなヨシダァ」
「えっ」
ライルさんがすごくイライラしてる。
なんで…?私が自分のことをどう思ってたってみんなには関係ないはずなのに…
どうしてそんなに怒るの?
「居ない方がいいなんて言うな。そんなこと、ここにいる誰も思ってない」
「……」
ライルさんがみんなを見る。
大きく頷くルンバさん。
「俺はヨシダが居なかったら嫌だ」
アンデがボソリと言った。
なんで…そんなことを言うの。
どうして、私をそんな簡単に受け入れてくれるの?
どうして、私でさえ知らない私の価値を…貴方達が知ってるの?
なんか…変な感じがするよ…
目から頬を伝って顎へ落ちる雫。
感情と比例していない涙腺に戸惑う。
「だから、もっと自分を大事にしろ。お前が居なくなったら俺達は困るんだよ。お前は優秀なクールオンのメンバーだろ?」
ライルさんの親指が私の涙を拭う。
「……は、い」
人間は何故涙が出るのか…分からない時があるらしい。
「ヨシダちゃん。次自分は居ない方がいいなんて言ったら監禁するからね」
「えぇ…」
ルンバさんが私の後ろに立ってボサボサの茶色い髪を撫でる。
「ヨシダは魔法なんか使わずにすげぇ掃除するじゃん。あれで役に立ってなかったらなんなんだよ」
「アンデ…」
アンデが私の隣に屈んで微笑む。
「もう余計な心配かけんなよ、ばーか」
「…ありがとう、ございます」
暖かい。
暖かくて、苦しい。
「あーライルさん泣かせたー」
「え、俺のせい?」
「ヨシダ、ハンカチあるぞ。鼻ちーんするか?」
「アンデ…子供じゃないんだから」
やっぱり、私は
出会いに恵まれている。
恵まれ過ぎて…怖いくらいだ。




