異変①
事件が起きたのは朝。
「起きて!みんな起きて!」
奈々恵さんの切羽詰まった声と騒がしい足音で目を覚ました。
起ききらない頭を無理やり起こしてふらつく足で部屋を出る。
私が借りた部屋は一番奥から二番目の部屋。
隣は先輩。反対の隣はバルコニーだ。
ノロノロドアを開けると起きたてなのに爽やかな先輩がいた。
「吉田ちゃん!今呼びに行こうと思ってたんだ」
「なにゆえ…」
「基地が攻撃されてるんだ」
「へ、ここが?」
「多分外界の敵だ」
え…なんで?
だってここは私達以外入れないはずじゃ…
先輩に連れられて一階に降りる。
既に起きていたみんなが深妙な顔つきをしている。
「北条さん!外に敵が!」
「わかってるよ。多分外界の奴らだ」
「なんで?ここ結界があるはずでしょ?」
「とにかく敵の様子を確認しよう。祐樹、一緒に来て」
「うす!」
「奈々恵ちゃんはシールド、誠は敵の分析」
「はい」
「了解」
わ、私も!
「先輩!私も行きます!」
「え?」
「私戦えます!」
「でも…」
「北条さん。吉田強いっす」
祐樹くんが先輩を見て頷く。
「…わかった。でも気をつけて」
「はい!」
「コマンド」
「コマンドオープン!」
先輩と祐樹くんが剣とハンマーを取り出す。
「箒くん!」
バサッ!
私の手元にスライドしてくる箒。
先輩に続いて出口へ向かった。
キッキッキッ
キッキッキッ
「なんだ…これ」
外に出ると私達の小屋をぐるりと取り囲うように謎の生物が散らばっていた。狼ほどの大きさだがモグラのような姿をしているモンスター。
「…下から来たのか」
先輩が地面を見て顔を歪めた。
所々に大きな穴が空いている。地面を掘って潜ってきたんだ。
だから結界を突破できたってこと…?
キッキッキッ
キッキッキッ
耳障りな鳴き声をあげるデカいモグラ。
「うわっ!きもっ!」
遅れて出てきた瀬戸口さんがヒィッと飛び上がる。
そういえば彼の弱点に動物と書いてあった。
「誠、奴らの特徴わかる?」
「うえ…ちょっと待って。スキル、解析」
瀬戸口さんの目が青く光る。
目の前の何もない空間を睨みつけている。
瀬戸口さには何か見えているのだろうか。
「エンモグラ。炎属性のモグラ型モンスター。めちゃめちゃ強いわけではないけど攻撃力が高い」
エンモグラ…
とてもモグラには見えない大きな体と真っ黒の毛並み。赤い目と鋭い牙、大きな爪。尻尾の先に火が灯っている。
うわーザ・モンスターって感じ。
「倒すなら急いだ方がいい。こいつら群れる習性があるからどんどん仲間を呼び寄せるぞ!」
辺り一体を埋め尽くすモンスター。
次々穴から新しいのが出てくる。
「コイツらどんだけいんだよ!」
祐樹くんがハンマーをぐるっと回して構える。
「誠は中に戻って」
「喜んでー」
同じように白く長い剣を構えた先輩。
「3人でやれるんすか?量やばいっすよ!」
「仕方ない。奈々恵ちゃんと誠には攻撃技がない」
「まだ増えてるんすけど!?」
祐樹くんが辺りを見回しながら青ざめる。360度囲まれている。かーなーりキモい。
「この森に住み着くつもりかもしれない。俺達を追い出したいみたいだね」
先輩が口を歪めて目だけで左右を確認する。
ものすごい量だ。切れ目がわからない…。
どこまで広がっているか確認しないとっ!
「瀬戸口さん!」
「うお、なに?」
小屋に戻ろうとしていた誠さんを呼び止める。
「コイツらって空飛びますか?」
「え?いや、飛行属性はないよ」
うしゃ!
ならばっ
「箒くん!」
私の手から飛び立った箒がくるっと上空でまわり、再び私の足元に向かって飛んでくる。それに飛び乗って空に舞い上がる。
「さすが吉田!かっけぇ!」
「吉田ちゃん…飛べるんだ」
先輩が口をあんぐりと開ける。
「どこまで広がってるか見てきます!私は奥から倒してきますから、こちらをお願いします!」
「わかった!気をつけて!」
先輩に軽く手を上げて森の奥の方へと向かった。
「やば…半端ない量じゃん…」
小屋からかなり離れたところまで飛んできたはずなのに切れ目が見つからない。
森をほとんど埋め尽くすような黒いモグラの大群。
たった一晩でこんなに…。
キッキィィー!
やばっ!
群がるモグラの絨毯。そのうちの1匹が突然上を見上げて私を見つけた。
その鳴き声に反応してゾロッと大量のモグラが上を見上げる。
き、きもー!この量はキモい!
キィィ!!
耳障りな高音の鳴き声。私を見上げるエンモグラ達が大きく口を開けた。
「紫…?」
口内が徐々に紫色に光り出している。
なんか…嫌な予感がするんだけど…。こういう予感は残念ながら当たってしまうものである。
紫に光る口内…それを捉えた瞬間、ゴオッと火の柱が私に向かってきた。
「ええっ!馬鹿馬鹿!ここ森の中だよ!?火はダメぇぇ!」
そんな願い虚しく発せられた炎は留まることなど知らない。
それを真似るように他のモグラ達も口内を紫に光らせる。
「スキル!整頓!」
かぁっと目元が赤くなる。
四方八方から飛んでくる炎。熱風の隙間を潜り抜けて避ける。
キィィ!キィィ!
けっ!当たんないよーだ!
攻撃の前に光り出す紫の口内。それを把握できればタイミングが分かる!荊よりはるかに容易に避けられる!
だか避けてばかりでは片付かない。そろそろ反撃だ!森での火遊びは御法度です!
攻撃には箒が必須。しかし空を飛んでいると足元にある箒は使えない。
だから…っ
「箒くん!」
バサッ!
ぐんっと上空に舞い上がり地面と距離を取る。
スキル使ったらすぐに乗る…スキル使ったらすぐに乗る!!
そう言い聞かせて足元の箒を掴み上げる。当然落下して行く身体。素早く構えて思い切り振りかぶる!
「スキル!一掃!!」
箒で弧を描くと同時にものすごい勢いで白い風が地面に向かっていく。
だがその結末を見届ける余裕はない。すぐさま箒を足にセットする。
「ええいっ!」
バサッ!
思い切り体を反りあげて地面ギリギリで飛び上がった。
「ひぃ…これ怖いわ…」
バサッ
「ありがとう箒くん。ナイスアシスト」
と、モグラ達は?
一掃の衝撃で巻き起こった煙が徐々に晴れていく。
先ほどまでウジャウジャとエンモグラに埋め尽くされていたはずの森の地面が見えてきた。
「わお…え、もしかして私ってめちゃ強い?」
きーこらきーこら鳴いていた大量のモグラが跡形もなく消えている。
倒したってか…消した?え、私消したの?
「あ、違う……下か!」
少しして再び地面から這い上がってくるエンモグラ。
地面の中に隠れてたんだ!
ずる!やめてよそれ!
でも…あれ?
穴から出てきたエンモグラの数はさっきよりもかなり減っている。
「倒せてはいるみたいだね」
バサッ
「よっしゃあ!やるよ箒くん!」
あの時のゾネルビンと同じ。
この量だと1匹1匹倒してても埒が明かない!
森の地面に大きく開けられた穴を睨む。
掃除と同じだ。菌や汚れの元を断つ!!
バサバサ!
「行くよ!一掃!!」
イーデア クールオン
「ヨシダがいない?」
事務所に集まるクールオンのメンバー。
褐色のエルフが眉を顰めた。
「そうなんすよ。いつもならもう掃除してる時間なんすけど…。呼びに行ったらヨシダの部屋の前にこの紙が貼ってありました」
「なんだこれ字汚いな……友達に会いに行く?あいつ友達いんのか?」
獣人のアンデイルが人間の部屋に貼ってあった紙を見せる。
それを後ろから覗き込むサイボーグ。
「あの人じゃない?黒の王子」
「あー…あいつか」
「でも掃除に遅刻するなんてらしくないっすよね」
「…」
顔を見合わせる三人。
揃って嫌な予感がする。
「まさか…またなんか巻き込まれたか?」
「ヨシダちゃんトラブルメーカーですからねぇ…」
ライルとルンバがため息をつく。
「じゃあ助けに行かないと!」
アンデイルはすぐに作業着を脱ぎ始める。
「待てアンデ。助けってどこ行くつもりだ」
「ブラトフォリスっすよ!黒の王子のとこ!」
「落ち着け。まだトラブルって決まったわけじゃない」
「決まってからじゃ遅いっすよ!」
「……」
見るからに焦っているのはアンデイルだが、ルンバもどこか落ち着きがない。立ったり座ったり忙しない。
ライルも口を一文字に結び、視線を再び人間の残した張り紙に向ける。
「……明日には戻ります…か」
バランス悪く書かれた字を読み上げた。
「…はぁ」
ため息をついた割には決して遅くないスピードで席を立ち、作業着を雑に脱ぐライル。
「俺も行きます」
「俺も!」
「…ブラトフォリスだ。安全じゃない。不備魔力も充満してる。何かあったとしても十分に力を出せないぞ」
「それはライルさんも同じでしょう」
「俺は魔力がないんでライルさんや精霊の気を持ってるルンバさんほどは弱体化しないっす」
何を言われても行く気だろう。
ルンバとアンデイルは既に出る準備ができている。
「…俺らの早とちりの可能性もあるが…行くのか」
「行きます」
「何もなかったならそれに越した事はないっすよ。でも何かあってからじゃ遅い。ヨシダは俺達みたいに戦う種族じゃないんすから」
2人の硬い表情を見てふっと鋭い息を吐いたライル。
「帰還石持っていけよ」
3人が事務所の出口へ向かう。
ドアに手をかけた瞬間、ひとりでに扉が開いた。
反対側から誰かが開けたようだ。
「あ」
扉の向こうにいた人物を見て固まる3人。
それもそのはず、今まさに会いに行こうとしていた吉田の友達、悪魔族の第二王子がその場にいたのだ。
「お前…なんだ帰ってきたのか」
ライルがほっとして力の抜けた声を出す。
しかし…
「は、帰ってきたって?」
「…え?」
「なぁヨシダは?」
黒の王子、キロルが冷たい目でライルを見る。
後ろにいる2人を確認して、その場に姿のない人間を探す。
「…一緒じゃないのか?」
「一緒じゃないから探してんだよ」
「……」
「こいつじゃないの?」
3人の顔が曇る。
ただならぬ空気にキロルは首を傾げた。
「ヨシダは?無事?」
キロルが言ったその言葉にさらに眉間に皺を寄せるライル。
「無事…ってなんだ?」
「ヨシダちゃんに何かあったの?」
「え…もしかしてヨシダ…ここにいない?」
「俺らも探してんだよ」
アンデイルの返答に同じように眉間に皺を寄せるキロル。
「……」
「なんか知ってるんだったら教えろ。今すぐだ」
ライルの低い声。
空気がピリつく。
「僕がヨシダにつけた加護が…」
「加護…?」
「反応があったんだよ」
「まさか…加護が使われたのか!?」
アンデイルが喰ってかかる。
その首根っこを掴んで後ろに引くライル。
「いや…まだ使われてはいない。でもあの加護は付けられた対象が危険な目に合うと僕にそれを知らせる信号が送られてくる」
その信号が来た。彼女が危ない。
そう言わずともキロルの鋭い目がそう語った。
「……ヨシダが危険な目にあってるってことか」
「…おそらく。加護が反応するレベルのピンチかもしれない」
その言葉に冷たい汗が各々のこめかみを伝った。




