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先輩③



「吉田ちゃん」

「先輩?」

「お隣いい?」

「あ、もちろんです」


陽が落ち切ったメラオニア。

森の中だと星がよく見える。

この世界の夜空に光ってるあれが星なのかどうかは知らないけど。


2階の廊下から出られるバルコニーでぼうっとしていたら、お風呂を上がった先輩がやってきた。



先輩が帰ってくるのが遅かったこともあり、色々情報共有している間にすっかり夜になっていた。

夜のメラオニアは危険だから今日は泊まって行けと押し切られ、返事をする間も無く部屋やら着替えやらが用意された。

断るにも断れず明日の朝一で帰ることにした。


夜のメラオニアには来たことあるから別に大丈夫なんだけどね。祐樹くんに会いに来た時は真夜中だった。

まあでもここは戦場のすぐ近くだし、外界の敵だって空を飛べるかもしれないから箒に乗っていても安全とは言えない。


せっかく用意してもらったんだし…

クールオンの自分の部屋に張り紙もしてきたから大丈夫でしょ。

明日の仕事に間に合えば問題ない。ライルさん達もそんなに気にしてないだろうし。



見慣れないメラオニアの夜空を眺めていた私の隣に並ぶ先輩。

バルコニーの手すりに肘をついて私に笑いかける。

映画のワンシーンを見てるようなビジュアルの良さ。


「冷えませんか?お風呂上がりに外に出たら」

「メラオニアは寒くないから平気だよ」


それもそうか。

ここの風は生暖かい。


「ここには季節がないんですかね」

「どうだろうね。イーデアだと冷える時は冷えるけど」


確かにイーデアだと夜なんかはかなり冷える日がある。でも半年暮らしているがあまり気温の変化は感じない。



「…吉田ちゃん」

「はい?」


低く落ち着いた声を出した先輩。

そちらを見ると今までより真面目な顔の先輩と目が合う。


「さっき言ってたよね。この世界で居場所を見つけたって」

「…はい」


大事な居場所。

大好きな場所。


「……ここに残ってもいいと思ってるって言ったのは…本音?」


……。


「はい」


残ってもいい…いや、残りたい。

元の世界に戻りたくない。

ここにいたい。ライルさん達とずっと一緒にいたい。



でも…もちろん


「戻らなければならないことは分かっていますけどね」


だから…

ただの願望。


「…そっか」


少し切なく笑う先輩。

何か…言いたげのように見えるが…


「…先輩?」



先輩の少し虚ろな瞳がわずかに揺れて私を捉える。


「……俺はさ」


少しして、静かに口を開いた先輩。

その音が持つどこか不安定な響き。


「現実世界で吉田ちゃんと一緒に働いてたよね」

「はい」

「ちょっと複雑な家庭のことも話してくれたよね」

「…そうでしたね」


なかなか家に帰りたがらない私を見て先輩が勘づいたんだよね。

履歴書にも父親の名前がなかったし、私の掛け持ちしているバイトの数が高校生にしては異常なほど多かったから。

もしかして家族と上手くやれてなかったりする?って…優しく聞いてくれたんだ。


「一緒に働いてる時の吉田ちゃんはすごくイキイキしてて、明るい子だなぁって思ってた」

「カフェのバイト好きでしたから」

「……」


黙ってしまった先輩が身体ごと私の方を見る。

相変わらず真剣な顔で、どこか苦しそうにさえ見える。

…なんだろう。やっぱり何か言いたいのかな。

同じように先輩に身体ごと向き、真っ直ぐ見つめる。



「…ここで居場所を見つけたって聞いて思ったんだ。現実世界のあのバイト先は、君の居場所にはなれなかったんだなって…」



「俺のカフェではないんだけどね。でも同じバイト仲間として3年間も一緒だったのに……俺は、君の居場所になってあげられなかったんだなぁ…って」


メラオニアの生暖かい風が先輩の金髪を揺らした。



「もちろんただのバイトって事はわかってるけどね。それでも…吉田ちゃんが安心して居られる場所にはなれたかもしれなかった」

「…先輩」

「俺はね、吉田ちゃんと一緒に働くのすごく好きだったよ。明るくて元気で、太陽みたいで」


太陽って…

先輩にはそんなキザなセリフすら似合ってしまうのね。


「もし無事に元の世界に戻れたとしても…吉田ちゃんが一緒じゃなかったら…俺は嫌だな」

「……」


先輩の綺麗な手が伸びてきて私の無駄に長い髪に触れた。ゆっくりと手が動いて、私の耳に髪をかける。

先輩の目はバルコニーのランプが反射してオレンジ色に光っている。

その目に、なんだか自分のずっと奥の方まで見られているような気分になる。



「だからさ、ここに残ってもいいなんて寂しいこと言わないでよ」

「…」

「一緒に帰ろう。今度こそ君の居場所になるから」


……。



私は先輩に何かを与えたわけでもないのに…何故この人はこんなにも私を大事にしてくれるんだろう。

前からそうだった。

バイトで一緒になった時も、賄いを作ってくれた時も、いつも私に優しくしてくれた。

優しくされる理由が分からなかった。

信じられないくらい良い人なんだと思ってた。


きっと私があんな家で暮らしているのに、ひねくれたり、ひん曲がったり、自暴自棄になったり…母親のような人間にならずにすんだのは、先輩のような人に出会えたからかもしれない。

人の温もりとやらを教えてくれる人がいたから、それを決して忘れることがなかったのもしれない。


ライルさんに助け合いがどうとか思いやりがどうとか、そんないかにもな言葉をぽんぽん言えたのは…ちゃんと私がそれらを知っていたからだ。

そしてそれらを知っていたのは、この人のおかげかもしれない。



「先輩」

「…なに?」

「私、いろんなバイトしてましたけど…あのカフェが一番好きでした」

「…」


確かにあのカフェでの私は…先輩の言う通りイキイキしていたかもしれない。

私が居る意味が、あそこにはあった。


「先輩とシフトが一緒になると忙しいからちょっと嫌でしたけど…それでも先輩と会えるのは嬉しかったです」

「…吉田ちゃん」

「私が明るくあれたのは先輩のおかげです」

「……」

「ありがとうございます」


これが私の素直な気持ちだと伝わるように笑う。

先輩は少しだけ目を大きくして、私の髪に触れていた手を下ろした。

生暖かい風が今度は私の髪を大きく揺らす。




「…吉田ちゃんと連絡がつかなくなった時…ものすごく不安だった」

「え?」


私を凝視していた先輩がボソリとそう言った。

さっきと声色が変わったかなり低い声。

少し目を細める先輩。

薄い瞼がランプの灯りを遮断して、先輩の目から光が消える。


「…先輩?」

「何かあったのかと思った…吉田ちゃんの身に…何かあったのかと…」


…?

先輩の手が再び近づいてくる。


「ずっと探してたんだ…」

「…あの」

「………やっと…見つけた」


「先輩…?」



バサッ!


!!


「うわ!」

「っ」


途端に目の前を横切った何か。

聞き慣れた風を切る音。


「箒くん!?」


どこから現れたのか、私と先輩の間に入ってきたのは箒くんだった。


え、また勝手に出てきたの?

私の異変やピンチを察知して出てきてくれてるんだと思ってたけど…今はなんで出てきたんだろ。

ねぇそれ困るからね?ライルさん達の前で出てこられたら非常に困るからね!



「びっくりしたー…え、これ吉田ちゃんの?」


先輩が少し反った状態で目をぱちくりさせている。


「すっすみません!すぐしまいます!」

「へぇすごいね…意思があるの?」

「そうみたいです」


バサッバサッ


私と先輩の間で穂先を逆立たせる箒くん。

ちょっと何をそんな威嚇してるの!

失礼だからやめなさい!


バサッ!


暴れる箒くんをコマンドに押し込む。

もう…なんだったの?



「優秀な箒だね」

「え、優秀ですか?勝手に出てきたりしますけど」

「…いや、優秀だよ」


そうかな…


「きっと俺が女の子を夜遅くまでこんなところに引き留めてたから怒ってたんだよ」

「え?」

「変な話してごめんね」

「いっいえいえ!あの、先輩の言葉嬉しかったです!」


居場所になってあげたいと思ってくれていたこと…

すごく嬉しい。その気持ちだけで充分だ。


「それは良かった。本当の気持ちだよ」

「…ありがとうございます」



……。


「先輩」

「ん?」


「私、ちゃんと帰ります。生まれた場所に。居るべき場所に」


…本音を言うとやっぱりここには居たいけど…

でも、私はこの世界に歓迎される生き物ではない。

見つかれば極刑。いつまでも嘘をつき続ける事はできない。

だったら…戻ろう。先輩もこう言ってくれてる。


それに…現実世界でも私が生きている意味はあった。

先輩が私に価値を感じてくれていた。

私はまるで“居ない”人間ではなかった。



「…そう言ってくれてよかったよ」


先輩の光のない目が笑った。


「さ、もう遅い。明日は朝イチで帰るんでしょ?」

「はい」

「話に付き合ってくれてありがとう。もう部屋に戻りな」

「おやすみなさい」

「うん…おやすみ」



ーー



翻して去って行く茶色い長い髪の人間。

生暖かい風がその背中を見つめる金髪を揺らす。


「誠」


ボソリと呼んだ名前。

それに応えるように彼女と入れ違いで現れる小柄なそばかすの男。


「なに」

「吉田ちゃんの周辺について調べろ。仕事場も生活も、関わりのある奴ら全部だ」

「りょうかーい」

「キロル・ブラックビルについても」

「悪魔族の第二王子?簡単には調べつかないと思うけど」

「二度言わないと分からない?調べろって言ってんの」

「…わかったよぉ」


ため息をついた栗毛色の髪が小さく揺れる。



「吉田ちゃんがここに留まりたいと思う種になっているものは…全て潰しておかないとね」

「…重」

「やっと見つけたんだ。逃がすわけがない」

「ずっと探してたもんねー…」


整った口を怪しげに歪ませる金髪の青年。


「でも早速計画狂ったんじゃない?はっきりとここには住まないって言ってたよ。せっかく豪華な部屋まで用意してたのにね」

「…構わないよ。例え全てが計画通りに進まなくても」

「えー?」



「結果彼女が俺の手に入れば…その過程なんてどうでもいい。大丈夫。全て上手く行くさ」


「……重ぉ」



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