ズレ③
小説の世界と実際のこの世界との大きな違い。
大国イーデア。魔法の国。
何故小説とズレたのか、その原因はなんなのか。
これらの『違い』は果たしてラスボスへの足がかりになるのか。
「あーわからん!イーデアが小説との『ズレ』の原因だとしても、ラスボスのことは結局何もわからないじゃん」
瀬戸口さんがだらんとソファにもたれかかる。
「北条さんにも色々聞いてみましょ。イーデア城に勤めてるんだし、何かわかることがあるかもしれません」
奈々恵さんが少しふくよかな身体をヨイショと立ち上げてカウンターに向かう。
私は持ったままの小説をもう一度見る。
「俺らにとって大事なのは小説との『ズレ』よりラスボスの存在だろ?こっちのイーデアが小説より“まとも”だからってラスボスに何の関係があるんだよ」
森本くんがカーペットに大の字に寝転がって言う。
「馬鹿祐樹。何がラスボスに繋がるかわからないんだから考えられることは全部考えるんだよ」
「そんなの時間がどれだけあったって足りねぇっすよ」
「ラスボスが出てくるのを待ってる方が途方もないよ」
瀬戸口さんが呆れたように言った。
確かにその通りだ。待ってたって仕方ない。
考え得ることは全て考えないと。
せめてこの小説での悪役がわかれば…
「そもそも何でイーデアはこうも違うんだ?」
「私もそれが気になります。何かしら原因になってるものはあると思うんですけど…」
瀬戸口さんと並んで頭を抱える。
「なーあー!俺達が探してんのはラスボスであって世界の真理を暴きたいわけじゃねーだろー?そんなことよりラスボスのこと考えよーぜー」
森本くんが考えるのを放棄してゴロゴロしている。
はぁ。あんたもう黙ってなさいよ。
「そんなこと言ったってラスボスの情報が何もないんだから考えようがないでしょ」
「その小説になんか書いてねーの?」
え。
森本くんが私の手の小説を指差す。
ま、まさかお主…
「読んでないの?」
「俺本嫌いだもん」
はぁぁ!?
読むでしょ!?普通読むくない!?
「普通読むでしょ!?この世界のこと書いてあるんだよ!?」
「奈々恵さんから説明されたから充分。あ、でも『久城光留』についてはちょっと読んだよ」
な、こ、こやつ…
得意気に鼻を垂らす愚か者が1匹。
「…私より馬鹿じゃん」
「なんだと吉田」
「バーカバーカ」
「ああ?」
「喧嘩しないの未成年組」
ライルさん…
私結構しっかり者ですよ…下には下が居ます。
ゴロゴロ転がってきて私の小説を下から見る森本くん。
「それラスボスのこと何も書いてねーの?」
「だーかーら!書いてないから困ってんの!」
「はー?じゃあラスボスの正体知ってんのは作者だけってこと?」
「そうに決まってるで…しょ……」
……ん?
「小説の本編にはラスボスが登場していない。手がかりもない。見つけられてないだけかもしれないけど…」
瀬戸口さんが呆れたように言う。
「なんでラスボスのネタバレしてくれなかったんだろ、この作者。つじさき…せいご?」
……なんだ?
なんか……何か引っかかる気がする…。
「そもそも何で完結させなかったわけ?」
「だーから打ち切りになったんだってば馬鹿祐樹」
何もわかっていない森本くんとイライラし始めた瀬戸口さん。
奈々恵さんは2人のことなど眼中に入れず、カウンターで何やら作業中。
私は手元の小説を凝視する。
打ち切り……
打ち切り…?
「なんで完結してない物語の中に転生したんだよ俺ら」
「そんなの知るか。もう黙ってろ祐樹」
あ。
ちょ、ちょっと待って。
なんか閃いた今…
なんか閃いたよ!?
打ち切り…小説…シナリオ……
「うああっ!!」
とびきりでかい声を上げて立ち上がる。
ビックゥッと身体を揺らす瀬戸口さんと森本くん。
ゴトンとカウンターで何かを落とす奈々恵さん。
「なっ何だよ吉田!驚かせんな!」
「祐樹くん!!」
「え、急に名前呼び?」
「さっきなんて言った!?」
「は?え、驚かせんな」
「ちっがう!その前!!」
「え?えーと…なんで完結してない物語の中に転生…」
「そるぇだぁ!!」
「うおっだからでかい声出すなって!」
完結してない物語の中…
完結してない物語の中!
「完結してない物語!ここは完結していない物語の中だ!!」
私の大声にぽかんとする祐樹くん。
カウンターで棒立ちしてる奈々恵さん。
少し口を開けた瀬戸口さんが大きく頷いた。
「そうか…そういうことか」
「わかりましたか瀬戸口さん!」
「なるほど…ああっだからこうも違うのか!」
そう叫んで同じように立ち上がる瀬戸口さん。
「え、何!どうしたんですか!」
「なんだよ!ラスボスがわかったのか!?」
奈々恵さんがバタバタとカウンターから戻ってくる。祐樹くんも身体を起こす。
ピースが繋がった…
『ズレ』た原因がわかった!
「説明します!今私が気づいたことを!」
持っていた小説を掲げて3人を見る。
早まる鼓動を落ち着かせるように大袈裟に息を吐いた。
「いいですか?まず、ここはこの小説の中の世界で間違いありません」
「違いがいっぱいあるのに?」
「はい。ここは、この完結していない小説の中の世界です」
「完結していない…?」
奈々恵さんが顎の下に手を添えて首を傾げる。
「それが『ズレ』の原因、イーデアがこうも違う理由だ!」
「はいおそらく!」
興奮で立ち上がる私と瀬戸口さん。
大体同じくらいの身長の私達は正面で向かい合う。
「もし物語がちゃんと完結していたらこの世界は小説と全く同じだったかもしれません。何故ならシナリオが完成してるから」
高揚したまま言った私の言葉に頷きながら、今度は瀬戸口さんが口を開く。
「でもシナリオは完成しなかった。つまりここには物語の目指す最終地点が存在しない。シナリオが途中で終わってるんだから道が逸れていくのは当然のことだ。だって道は途中までしかないんだから」
そう!その通り!
「作者の頭の中にはゴールがあった。だから小説はあの展開になっていた。でもここにはそのゴールがありません。だから私が先ほど上げた小説とこの世界との四つの違いは、一般的に考えた時の『まとも』な方向へイーデアがズレて行った結果なんです」
交互に声を荒げる私と瀬戸口さん。
次第に理解し始めた奈々恵さんがなるほどと高速で頷く。
祐樹くんのみぽかんとしている。
「そしてこの世界のイーデアが小説とズレた結果“まとも”になったということは、小説でのイーデアは“まとも”ではなかったということ」
瀬戸口さんの低い声。
そう、これが核心。
「そういうことです。つまり、小説内でのイーデアは“そういう立場”だったんです」
「そういう立場って…?」
私と瀬戸口さんの激しい考察討論の合間に不安気に入ってきた奈々恵さんの声。
「“まとも”ではないということは…物語が展開される上で重要な役割を果たす…言うなれば、悪役です」
最強種族である悪魔族にやたら喧嘩を売っていた小説内のイーデア。
悪魔族が何か問題を起こしたわけでもないのに、物語の始まりから『悪魔族=敵』という概念があった。
それはイーデアがそう仕向けたから。
さらに国境整備も曖昧。メラオニアを見捨て、戦争には不干渉。しまいには国外の生き物であるはずの外界人を野放しにしておく始末だ。
これのどこが“まとも”と言えようか。
世界の軸となる大国にしてはあまりにも無能すぎる。
「ってことは…まさか…」
「小説内でのラスボスは…」
そう、ラスボスは…
「わかったぁぁ!!」
ずっと黙っていた祐樹くんが派手に立ち上がった。
思わずビクッとする。
「ラスボスは……辻崎聖悟だぁ!!」
・・・。
「ちょっと失礼しますね。スキル、麻酔」
にっこり笑った奈々恵さんが人差し指を立ててくるりと円を描く。
ピンク色の靄が祐樹くんにまとわりつく。
「え?ちょ、なんで俺……」
バタンとその場に倒れてスースー寝息を立てる祐樹くん。
便利なスキルぅ…
「えと…話を戻しますね。おそらく小説内でのラスボスはイーデアの国王です。もちろん答え合わせはできませんが可能性は高いです」
「僕もそう思う。でもそれは小説内での話。小説のゴールがイーデアの国王を倒すことだったとしても、この世界にはそのゴールが存在しない。だからそもそもの国の歴史も違うし、世界の在り方も大きく異なっている」
そう。シナリオに終わりがなかったことでこうして新しくなった世界。
小説とは物語そのものが変わっている。
だから…たとえ小説内のラスボスがわかったとしても……
「今の世界が小説より“まとも”なのであれば…この世界のイーデアの国王はラスボス…というか倒すべき悪役ではないかもしれません」
完結していない物語の中の世界。
ここには最初から収まりどころを提示したシナリオがなかったのだから小説と異なっているのは当然のこと。瀬戸口さんの言った通り“道”が途中までしかなかったから。
まず小説との『ズレ』の原因の答えがこれ。
小説が未完結だったから。
そして小説との大きな違いであるイーデア。
物語が完結していないという理由で『ズレ』が生じたのであれば、その『ズレ』の主軸になっているイーデアは作者の頭の中で大きな役割を持っていたはず。
その仮説とこの世界のイーデアの“まとも”具合から考えると…
小説内でのラスボスはおそらくイーデア。
イーデアの国王。
しかし問題はそこではない。
ラスボスがイーデアの王様だというのはあくまで書かれなかった小説の話。
そして小説と実際のイーデアが『違う』ということは…小説ではラスボスであるイーデアの王も、この世界では『違う』可能性がある。
いや、まだ違うだけならいいが…
最悪の場合…
「この世界にはそもそもラスボスが存在しないという可能性もあります…」
「…そうだね」
「イーデアの王様がちゃんとした国を作ってるんだったら悪じゃないですからね」
小説のような荒れた世界に転生しなかったのはいいが…これはこれでまずいな。
「あーっもう!どうすりゃいいんだよ!」
「小説の情報は私達のラスボス探しには何の役にも立たないってことでしょうか…」
髪をくしゃくしゃにする瀬戸口さん。
頬を抑えて絶望する奈々恵さん。
呑気に寝息を当てる祐樹くんを見る。
「…猿でもわかるように説明できるかな」
「何だか騒がしいね。何事?」
!
その時、聞き慣れない深い声が玄関から聞こえた。
「北条さん!」
北条さん!?
奈々恵さんが叫んだ名前に思わず身体が硬くなる。
最後の1人…
緊張して声のする方を見る。
「遅くなってごめんね。仕事が長引いてさ」
玄関の暗がりから出てくる…1人の……
……え?
「…え……」
「あ、北条くん。こちら祐樹が言ってた5人目ちゃん」
瀬戸口さんが私の肩を叩く。
「……」
「……」
白の衛兵の服を着て、玄関から入ってきたスレンダーな男性…。
「……吉田ちゃん?」
「…先輩……?」




