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居場所③



吉田。18歳。人間の雌。



地球に存在する日本という国で暮らす、極一般的な高校生。

馬鹿がつくほど明るく、誰にでも心を開く騒がしいお人好しな人間だった。


そんな彼女の生活はとても忙しいものだった。


日中は高校へ通い、その後は連日バイト。

自分の学費、生活費諸々を全て自力で補っている、現代にしては珍しい女子高生だった。



学校では特定の友達を作らなかった。

その理由は、彼女は毎日高校に通えるわけではなかったからだ。

決して不登校ではなかった。しかし生活していくために必要である“お金”。それを十分所持していない彼女は学業よりもバイトを優先しなければ生きていけなかったのだ。


それでもある程度働けば自分の生活を支える程の賃金なら十分足りるはず。しかし現実の彼女の生活は悲惨なものだった。



その原因となるのは彼女と唯一血のつながる家族である母親だった。


決して良い親ではなかった。

子供のことよりも自分を優先する人間だった。

働いている姿を娘はほとんど見たことがなかった。

家賃光熱費食費、生活に必要なその全ては高校生の娘が補っていた。


しかし彼女は母親を恨むことも責めることもなかった。

それは彼女自身が己に母を恨む権利などないと、長らく思い続けているからだ。




吉田がまだ幼い少女だった頃。

近所の川へ父親と遊びに行った。

過去の家族はとても暖かいものだった。しかしそれは束の間の幸せに過ぎなかった。


父親と2人、母親に見送られ川遊びへ行った日。

帰って来たのは…娘だけだった。


夏場の山の天気は荒れやすい。それはその日も例外ではなかった。

雨雲が空を覆い、途端に荒れ始めた川。


水に攫われた娘を救うため、父親は勇敢にも危険な川へ飛び込んだ。

やっとのことで娘を岸に上げた頃には、父親の体力は既に限界を向かえていた。


瞬きの合間に…娘の視界から父親の姿は消えた。永遠に。



引き摺る足で家に帰ると、母親は携帯電話を握りしめ、顔面蒼白で玄関に立ち尽くしていた。

嗚咽混じりに説明した娘の言葉を聞き、母親は呟いた。



『…私…なんであんたを産んだんだろう』



その言葉はまるで呪いだった。

幼いながら、彼女は全てを理解した。


母親が愛していたのは自分ではなく父親だったこと。

自分のせいで母の最愛の人を帰らぬ人にしてしまったこと。

自分がとんでもない罪を犯したこと。

一生をかけても償えないこと。


その言葉は、まるで呪いだった。



以降彼女は水を嫌い、愛とは無縁の生活を送ることになる。

永久に解けることのない呪いに苛まれながら。




……。


「別に何も抱えてなんかないですよ。不思議なことを言いますね」

「……」

「ご存知の通り私は馬鹿なので、何かを抱えて生きていけるほど器用ではありません」

「…そう、か」

「戻りましょうライルさん。陽が暮れる前に」


ライルさんはなんとも言えない表情で私を見ている。

しんみりするのは嫌いだ。やめようやめよう。


「やっぱりその袋私が持ちます。手ぶらになっちゃったので」


貰ったミサンガを左手につけたので手が空いてしまった。

ぼさっとしているライルさんから麻袋を奪い取る。


「あ、おい」

「帰りましょ」



……。


現実世界での私の家は信じられないくらい窮屈な空間だった。

あの家は私の家ではない。母親1人の家。

私は母親の中でまるでいないもののようだった。


私は狭い部屋に閉じこもって、ただ息を潜めて生きていた。

母の機嫌が悪い時は鉢合わせると怒られるから。



高校に行ってもたまにしか登校しない私は蚊帳の外。

幸い猫を被るのは得意だったので、当たり障りのない明るい性格を演じることは容易だった。


でも…どこに行っても窮屈だった。


唯一の居場所はバイト先。

でもその環境も著しく変わる。

たまに顔色が悪いよと心配してくれる人はいたが…バイト先が同じだけの他人の心配なんてたかがしれている。笑って流すのが板についてしまった。



だから…別に悲劇のヒロインぶるわけじゃないけど、居場所という居場所を見つけたことなど一度もなかった。

自分が生きている意味は過去の罪を償うため。

それだけ。


しかし何の前触れもなく異世界に飛ばされ、母親とは違う世界を生きる今、私は自分の罪から背を向けることを許されたような気がしたのだ。

10年以上背負ってきた罪から、決して許されることのない罪から…逃げる道を、神様が与えてくれたんだと勝手に思っている。


私は決して強くないから、その都合のいい逃げ道に喜んで進路変更した。



お母さん、もういいでしょ?

もう私のことなんて何とも思ってないでしょ?

憎いとすら思わないでしょ?だってもう怒ることもしないじゃない。

家で顔を合わせたってまるでいないかのように扱うじゃない。


私のことを忘れることができるなら…きっとそれが一番のあなたの幸せだよ。


私を見るとお父さんを思い出すんでしょ。

だから私のことなんて忘れてよ。それがあなたのためだから。

その代わり…私は一生あなたを忘れず背負っていくから。


そう、この世界に来てから何度も思った。

意味もなく手を結んで、星かどうかもわからない夜空の光に向かって願った。



ライルさん。

私が抱えているのは許されることのない大罪。

私を縛り続けているのは母親の呪いの言葉。


でも、こんなの誰かに共有するものじゃない。

話したって過去は変わらない。

だから、1人で背負っていく。


あなたには…何の関係もない話だから。




何か言いたげな様子のライルさんの前を歩く。

左手に巻いたミサンガを何度も見る。


ライルさんに出会って初めて見つけてしまった。本当に居たいと思う場所。私を受け入れてくれる人達。帰りたいと思える居場所。



私、今までで一番充実してるの。何一つ失いたくないの。

だから、嘘をつくの。


重いの嫌いなの。シリアスとか向いてないの。

だから、嘘をつくの。


幸せは永遠じゃないって知ってるから、幸せで居ても許される瞬間を少しでも長引かせたいの。

だから、嘘をつくの。



いつか、ふと目を覚ましたら…現実世界の窮屈な自分の部屋の天井が見えるんじゃないかって…いつも何処かで怯えている。

だからたまに私らしくない表情をするのかもしれない。


でもライルさんはそれに気づいていた。

気をつけないと。明るくて馬鹿な人間で居ないと。


もう二度と…捨てられたくないから。

もう二度と…透明人間にはなりたくないから。




とっても綺麗なミサンガ。

誰かから何かをもらうってこんなに嬉しいものなんだね。


ライルさんもルンバさんもアンデもキロルくんも。

この世界には素敵な人がたくさんいる。

私の生きる、新しい世界。



いつかこの夢にも終わりは来る。

同胞である転生者に出会った時、それは分かっていた。


でも、だからせめて

それまではどうか、このまま。



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