居場所①
さてと。いかがいたそうか。
昨夜はアンデイルさんを無視して飛び出して来てしまった。明らかに不自然な消え方をしている。
しかもライルさんとのあの激しい言い合いの後だ。
何か言い訳を考えないと…。
ライルさん怒ってるかな…。みんなどうしてるだろう。
途端に消えた私を探して騒動になっているか、もしくはアンデイルさんも対して気にかけず、みんな私が消えたことにさえ気づいていないかのどちらか。
今回ばかりは後者だったら助かるんだけど…。
昨夜はもう必死だったから後先考えずに飛び出してしまったが…もし咎められたら上手く言いくるめられる自信がない。
え、どうしよ。私頭良くないから解決策が出てこない。マシな言い訳が見つからない。
求。ボキャブラリー。
クールオンの入り口の前で頭を抱える。
でも当然そんなところに居続けていたらいずれは…
ガチャリ。
あ。げろまず。
答えるように扉が開く。
現れたのは最も恐れていた褐色のエルフ…。
「らっライルさん!あのこれには深い訳がっ」
「おう、戻ったか。お疲れ」
「いやこれは大親友の彼女の連れの美味しいパスタのご近所さんが……って、え?」
予想に反していつも通りの様子の上司…。
「昨日は取り乱してたが、早朝から連絡通路の掃除とは熱心だな。そんなに早くメラオニアに行きたいのか?」
「…え?」
「少し待ってろ。俺も自分の業務があるから」
「え…えと」
…ん?なんだ?連絡通路の掃除…?
これは…私がいなくなっていたことに気づいていないパターン?ラッキーパティーン?
「アンデとすれ違ったか。あいつ今日の連絡通路当番だから少し前に出てったぞ」
「え…あ、そです、か」
「迎えに行ってやれ。2回も掃除しなくていい」
「は…はい」
ぽかんとする私を置いてイーデア城の方へ行ってしまう背中。
えっとぉ……?
私は…連絡通路の掃除に行っていたことになってるの?え、それはそれでなんで?
アンデイルさんが勘違いしたってこと?いや、でもあのメチャクチャに破壊された私の部屋を見ているはず…
「ほぇ…?」
と、とにかくアンデイルさんを探そう。
辺りを見回して人目がないことを確認。そしてコマンドから箒を取り出して飛び乗る。
大量のハテナを浮かべながら連絡通路へと向かった。
飛行って便利。あっという間に連絡通路に到着。
いつも通り様々な種族が行き交っている通路内。
「アンデイルさーん?」
先輩の姿を探す。
と、溢れかえる多種族の中でやたら同じ道を行ったり来たりしている見慣れた灰色の尻尾が視界に入った。
アンデイルさんだ!
…ってあれ?どうしたんだろ。
なんか切羽詰まった顔で行き交う人の顔を確認している。
「アンデイルさん?」
人混みをかき分けてその尻尾の持ち主に近づいた。
「はっ!」
私の声に気付き、ものすごい勢いでこちらを見たアンデイルさん…の目と口が大きく開かれる。
「人間!!」
「え」
怒鳴り声でそう呼ばれ、ぐわっと飛びかかる勢いで近づいてくる。
思わずビクリと震える。
「アンデイルさ…わっ」
瞬く間に目の前に現れた狼獣人にぐわしと両肩を掴まれる。
その表情は安堵と驚きが混じったものだった。
「お前無事だったのか!」
「はい?」
「昨日いきなり消えただろ!?何かあったのかと思って探してまくってたんたぞ!」
「え」
「どこ行ってたんだ!ここにいるかと思って昨日の夜から数時間ごとに確認しに来てたのに…お前の匂いすらしないしまじで焦ったんだからな!余計な心配かけんな馬鹿!」
え…え?どゆこと?
何故ライルさんは普通だったのにアンデイルさんは取り乱してらっしゃるの?
「えっと…どういうことですか?」
「こっちのセリフだ馬鹿野郎!オレは昨夜確かにお前とドア越しに話してたのに、いざ部屋に入ったらお前の姿がないんだから焦るだろ!」
そ、そうだよね。
そうなるよね。
「す、すみません…ちょっと諸事情があって…。でも、あれ?なんでライルさんは私が連絡通路に行ったと思ってたんですか?」
「それはオレがそう言ったからだ!昨日ライルさんと言い合ってただろ?それでお前がいなくなったなんて知ったら大混乱になるだろ!だから今朝ライルさんより早く起きて人間はもう掃除に行ったって嘘ついたんだよ!」
な、ナイスぅぅ!
命拾いしたぁぁ!
「何ほっとしてんだよ!俺だけ真相を知ってたから死に物狂いで探してたんだぞ!」
いろんな感情が混じっている黄色い目。額には汗が滲んでいる。
死に物狂いで探していたという言葉を裏付けるような表情。
「探してたって…私を…ですか?」
「はあ!?当たり前だろ馬鹿!どうやって部屋から消えたんだよ」
「あーえっと…あ、窓からです」
「窓ぉ?」
「わ、私木登りが得意なので…えっと…木を伝って降りました…」
無理あるかな…。
「はぁ……それならそう言えよ…。急に消えられたらビビるだろうが…マジで焦ったんだからな…」
ため息混じりにそう呟き、その場にしゃがみ込むアンデイルさん。
「……」
…私を探してあんな切羽詰まった顔をしてたの?
力が抜けてしゃがみ込むほど…心配してくれたの?
血相変えて怒るほど…私が消えたことはあなたにとって一大事だったの?
じん…と、何かが胸を覆う。
温かくて、柔らかくて、それでいて少しだけ苦しい何か。
「……心配かけてごめんなさい」
「ほんっとだよ馬鹿…」
「…ありがとう…嬉しい」
「はあ?なに、が……」
アンデイルさんの目の前に屈み、その人型の手を握る。パッと顔を上げたアンデイルさんと至近距離で目が合う。
私を…心から心配してくれる人がいる。
アンデイルさんも…ライルさんやルンバさん、キロルくんも。
果たして私にそんな価値があるのかはわからない。
だけど……やっぱり…涙が出そうな程、嬉しい。
「私がいなくなったって誰も気づかないと思ってた」
「…そんなわけねぇだろ」
「気にしないと思ってた」
「だからそんなわけねぇだろ」
グッと、大きな彼の手を強く握る。
「心配かけてごめんなさい。探してくれてありがとう」
「……別に…無事なら…いいけど」
アンデイルさんは素っ気なく顔を背けてしまったが、私が手を握っていることは許してくれた。
ピクリと、私よりも二回りほど大きな手が少しだけ握り返してくれたような気がした。
「どこ行ってたんだよ」
「知り合いに会いに行ってただけです」
「昨日言ってたメラオニアの?」
「はい。あ、これライルさん達には言わないでくださいね」
「じゃあ…なんであんなに部屋がめちゃくちゃだったんだよ」
「心と身体が大乱闘してました」
「もう平気なのか?」
「…はい。おかげさまで」
にっこりと、アンデイルさんからもらった温もりを返すようになるべく優しく笑う。
私の顔を少しだけじっと見た後、アンデイルさんはふぅと息を吐いた。
「よ、ヨシダ…」
え…?
あ、今名前…
アンデイルさんがなかなか呼んでくれなかった私の名前。その整った口から確かにそう聞こえた。
「貸し1だからな…ヨシダ」
不貞腐れたような、どこか照れたような…そんな顔をしている。
「ふふ、必ずお返しします。アンデイルさん」
「…アンデでいい。みんなそう呼ぶ」
「…アンデさん?」
「さんもいらない」
ええ…でも先輩だし…
「アンデがいい。敬語もやめろ。堅苦しいのは嫌いだ」
「じゃ、じゃあ…アンデ」
「ん」
ブンブンと尻尾が揺れている。
ふふ…可愛い。
確かにこれは貸し1だ。
彼のおかげで丸く収まりそう。
よしっ!
「アンデ!ちゃっちゃと連絡通路の掃除終わらせちゃお!ライルさんもう終わったもんだと思ってるから」
「っおう!あ、じゃあオレ今日あれやる!濡らした紙でゴミ集めるやつ!」
「よし!やるぞー!」
やっぱり…私はここにいたい。
元の世界になんて戻りたくないよ、森本くん。
やっと見つけた居場所なの。どうか…奪わないで欲しい。
……なんて、無意味な願いを心の中で呟いた。
クールオン事務所。
「は?もういい?昨日あんなに駄々こねてたのに?」
「すみません…冷静になったら別に急ぐことじゃないなって…」
「はあ…そう。まあ俺はどっちでもいいけど」
「せっかく予定空けてくださったのに…申し訳ありません!」
事務所に戻るとライルさんがメラオニアに行く支度をしていた。
既に昨夜用事を済ませてしまった私は今更行く意味もなく…むしろまた森本くんと会ったら色々めんどくさい。
申し訳ないがメラオニアに行く必要はないことを伝えた。昨日あんなに取り乱しておいて流石におかしいかと思ったが、ライルさんは割とあっさり返事をしてくれた。
「あれ?お出かけはやめたの?」
ルンバさんが仕事を終えて戻ってきた。
「やっぱいいらしいっす」
「え、なんだったの昨日のは」
ですよねーそうなりますよねー。
「久々に同族に会ったので興奮してしまって…もう落ち着きました」
「でも会ったのって一週間前でしょ?今更感極まったの?」
「に、人間って不思議ですよねー」
「へぇ。まあヨシダちゃんは変わってるからね」
みんなあんまり気にしてないみたいでよかった。
普段私が馬鹿なおかげで助かった。
「でもそうなると午後からの予定が空くな。メラオニアに行くために調整してたからもう全員仕事ないだろ?」
みんなで行くつもりだったの?遠足みたいだね。
「午後休っすか?」
「それはそれでありがたいけど」
「そうするか。今日は午後休だ」
「やりぃー!」
アンデが一目散にロッカーに向かう。
「じゃあなヨシダ!」
「アンデ、今日はありがとう」
「お、おう…。お疲れ」
「お疲れ様!」
何故か尻尾をピンッと張ったアンデがそそくさと事務所を出て行った。
「ちょっと待ってヨシダちゃん何今の。え、なんでアンデのことアンデって呼んでんの?え?君らそんなに仲良かった?」
「ルンバさんめんどくさいです」
「俺というものが…俺というものがありながら…っこの浮気者ぅっ!」
ぴえんと泣き叫びながらルンバさん退場。
このノリいつまでやるんだろう。
事務所に残ったライルさんと私。
特にこの後の予定はない。部屋の掃除でもするか。
「ヨシダ」
「はい?」
「お前この後暇だろ」
「暇…ですけど」
「ちょっと付き合え」
…え。
「お、お出かけですか…?」
「元はと言えばお前のわがままで予定を開けたんだ。埋め合わせくらいしろ」
「よ、喜んでぇ…」
え……ええ?
お出かけ?ふ、2人で?
2人でお出かけなんて…
まるで…まるで、でぇ…デートでは…
「ヨシダなんで顔赤いんだ?」
「っ!なっなんでもないです!」




