赤の国②
「ほいよ、メラオニア」
瞬きの合間に景色が変わった。肌を指す空気も香りも変わる。
ここが…メラオニア。
…なんか、想像より静かだ。
他の三国に比べて圧倒的に都市化が進んでいない。
高い建物もないし道もあまり整備されていない。
どこか田舎っぽい雰囲気はあるのに空気は決してまったりしていない。それは戦いの国という先入観のせいだろうか。
「静かだね」
「そりゃあね。すぐ近くで戦争が起きてんだから騒げば危険だし。でも村に入ると少し賑やかだよ」
村?
キロルくんが指差している方を見ると、低い石の塀が並んでいた。その向こうに外側に背を向けたいくつかの古風な建造物が見える。
「あの塀の内側が村だ。メラオニアは一つ一つの村がかなり小さいんだ」
へぇ…物知りだなぁ。
あ、そういえば通路を出てすぐの村にライルさんのお友達がやってる鍛冶屋があるって言ってたよね。
テレポートした場所は通路の出口から少しだけ離れた場所。
ってことは…この石の塀に囲まれた村がそれか。
「ここの鍛冶屋に行けばいいって言ってたよね」
「うん」
イーデア、シプトピア、メラオニアの三国は連絡を取り合っているけど、そこに入っていないブラトフォリスには独特の雰囲気があった…と思っていたけど、こっちのが全然独特だわ。
なんだか妙に肌がチクチクする。
乾いた道を進み、村の入り口に立つ。枝が編み込まれたアーチ状に連なる短いトンネルの向こう側に村の景色が見えた。
高くも低くもない塀、それに沿って村を囲うように建つ背の低い木製や石製の建物。
なんだか御伽噺に出てくるセットみたい。
「行こうキロルくん」
「あーいや、悪いけど僕はここまでしか行けない」
足を止めるキロルくん。
「え、なんで」
「メラオニアは戦争区域。どの村でも外の者が入ろうとすれば必ず調べられる。僕はご覧の通り三国でかなり警戒されている悪魔族だから」
「そんなぁ…」
「ここで待ってるから行っておいで。今持ってる帰還石は自分のだって言うんだよ。お目当てのエルフ族以外にはちょっかいかけるなよ」
「うー…わかった…」
仕方ない。1人で行こう。
トンネルを潜って村の中に踏み入る。
と、すぐさま猿のような尻尾が生えた坊主頭の男性二人組が駆け寄ってくる。槍を持っている。獣人族かな。
「何者だ」
「何者だぁ!」
「あ、えっとイーデアから来た人間です。上司の知り合いに会いに来ました」
「持ち物は」
「持ち物はぁ!」
「えーと…これだけです」
帰還石しか持って来なかったや。鞄くらい持ってこればよかった。
「帰還石か。正規入国してきたと見ていいだろう」
「いいだろうぅ!」
「魔力も魔気も感じない…敵意の匂いもない…」
「ない!」
「何より人間ならばよかろう。入りたまえ」
「入りたまえぇ!」
そういえば獣人族と人間族は仲が良いんだっけ。
思ったよりあっさり入れてよかった。
「あ、あの」
「なんだ」
「なんだぁ!」
「鍛冶屋ってどこですか?」
「鍛冶屋?なぜ鍛冶屋に?」
「なぜだなぜだぁ!」
「だから上司の…」
「あ、先輩」
「ん」
ずっと繰り返していただけの男が急に素の声を出す。
「そういや鍛冶屋で人間が働いてます。そいつに会いに来たんじゃないすか?」
「あー居たなそんなやつ」
人間…ってこの世界の!?
うわー会ってみたい!そういえばこっちの世界の人間に会ったことない!
「鍛冶屋はそこにある石の建物だ」
「建物だぁ!」
「ありがとうございます」
猿獣人さんに教えられた通り小さな村を進むと、カキンカキンと金属を打つような音が聞こえてきた。
これかな…。
音の出所は背の低い小さな石の建物だった。
ここが目的地その1。
ライルさんのお知り合いがいる場所…。
ライルさんの部下ですって言えば分かってくれるよね…。
よし…いざ!
ガチャリとドアを開ける。
同時に熱気がぬめりと顔を覆う。
カウンターのようなところに1人の男。金属を打つ音は奥の部屋から聞こえる。
「おや、お客さんかい?」
扉のところで立ち尽くしていた私に深い声がかかった。カウンターにいた男の人と目が合う。
耳がとんがってる…エルフだ!
「いらっしゃい」
「あ、あのこんにちは」
「おや?君人間かい?」
い、良い声〜
柔らかく笑う色白のエルフ。緑の目が優しくこちらを見ている。金髪の髪をお団子にまとめていて、ライルさんとはまた違う美しさを持った人。エルフってみんな美形なのかな。
あんまり鍛冶屋って感じの顔じゃないけど。
「はい。イーデアでライルさんの元で働かせていただいてます。人間です」
「あー!君があの!」
え、私のこと知ってるの?
キラキラと目を輝かせるエルフさん。
「ライルから君の話は聞いてるよ。なかなか面白い子みたいだね」
「…な、何を言われているんですか…」
「あはは気にしないで。はじめまして、俺はルドルフ」
気になるよっ!
チッ流されてしまった…っ。
「…吉田です」
「ヨッシーちゃんね。今日はどうしたの?おつかい?」
ヨッシー…私のこと?
初対面であだ名つけるタイプ?
「そんな感じです。あの、ライルさんの居場所ってご存知ですか?作戦会議に呼ばれたって聞いてるんですけど」
「それなら赤の城だね。この国は狭いからすぐに行けるよ。ちょっと待って、地図がある」
ルドルフさんは綺麗に笑ってガサガサと引き出しを漁りだす。
よかったぁ…良い人だ。イケメンでいい人だ。
ほっとして肩の力を抜く。
「ルーさーん!これっていつまでだっけ」
と、奥の部屋から男性と思われる低めの声が飛んできた。もしかして…猿獣人が言ってた人間?
「いつだったかなぁ…確か急ぎではなかったはずー」
「覚えといてくださいよ」
「ごめんごめんモーリー」
モーリー?こっちの世界では人間の名前ってそんな感じなの?
「だーからその呼び方はやめてくださいって言って…」
だんだん声が近づいてきたと思ったら、奥の部屋から汚れたエプロンをつけた男の子が出てきた。
私を見て目を丸くしている。
私より少し背が高く、見慣れた日本人によく似た姿。
「あ、モーリー。人間の女の子が来てくれたよ」
「…人間」
「ど、どうも」
「もしかして同族に会うのは久しぶり?」
「そう…ですね」
だ、大丈夫だよね…別に変じゃないよね?
転生者要素ないよね?
モーリーと呼ばれた男の子の視線は真っ直ぐ私を捉えている。
「ごめんちょっと地図探してくるから話してて」
「えっ」
「は?ちょっと、あ、ルーさん!」
ルドルフさんは軽く手を上げて奥へ入っていく。
え、えぇ…気まずいよ。キングオブ気まずいよ…。
虚しく引き止められなかった男の子がゆっくりと私に振り向く。
「…」
「…」
初めてこの世界の人間を見たけど…やっぱ普通だね。
まあ多くの種族が人型になってるし。
少し吊り目の茶色い瞳。短髪の黒髪。黄色人種。どっからどう見ても日本人。同い年くらいかな。
「えと…すみません。座って待っててください」
「あ、はい」
「……」
「……」
ま、間が持たない…マガモタナイヨッ!!
自己紹介…自己紹介くらいする!?同族だし!
「あの…えっと人間…です」
「え…あ、はい」
何言ってんの私ぃぃぃ!!
「俺も…人間です」
「そ、そうですよね」
何これ〜泣。
モーリーさんが不審そうに私を見ている。
だよね!そうだよね!変なやつだもんね!
「怪しい者じゃないです!ただあの、メラオニアに初めて来たのでちょっと慣れてないだけで」
「ああそうだったんすね。まあ安全な国じゃないし、普通は来ることの方が少ないっすよ」
苦笑いをするモーリーさん。
「ふ、普段からメラオニアに住まれてるんですか?」
「えっあーはい…あ、でも生まれはシプトピアです。人間が居る国」
「そ、そうですよね!私もそうです!」
やっぱり人間はシプトピア生まれが普通なのか。
「あの…あなたは普段はどちらに」
「あ、私はイーデアでアルバイトしてます」
「イーデアで?そりゃすごい」
「ルドルフさんのお知り合いの部下なんです」
「あーそれで」
「はい…あっすみません申し遅れました。吉田です」
「……よしだ?」
?
モーリーさんの動きがピタリと止まる。
な、なに。
「お待たせ!やっと見つかったよ」
と、異様な空気になったところへルドルフさんが帰ってきた。さっきよりも煤汚れている。
「この地図を見ればすぐわかると思うよ」
「ありがとうございます」
「あとこれ。お近づきの印にどうぞ」
そう言ってルドルフさんが差し出したのは赤色の瓶。
「魔力増加ポーション!結構効くんだよ」
「はあ…」
でも私魔力ないんだけど…
もしかしてルドルフさんってちょっと天然なのかな。地図探してただけなのに顔まで汚れてるし…
「ルーさん。俺ら人間に魔力はないよ」
「え?あーそっか!忘れてた!」
…?
なんかモーリーさんの雰囲気が変わった。
間を持たせようとお互い余裕なく喋っていた時とは違い、かなり落ち着いていてクール…なんだかキロルくんの時とデジャヴ。
「人間に魔力増加ポーション持たせたって意味がない……豚に真珠だよ」
「え?」
「ふふ、確かにそうですね。でもお気持ちは頂きます」
「……」
「そっかーごめんね。じゃあライルにでも渡しといて」
「はい。ありがとうございます。色々お世話になりました」
「気をつけてね」
ルドルフさんとモーリーさんに頭を下げて鍛冶屋を出る。
よし、任務完了!早くライルさんのところに行こう!
「可愛い子だったねー」
「……」
「ていうかさっきの何?何が真珠だったの?」
「…豚に真珠です」
「ぶた?なにそれ」
「……ですよね。普通そうなりますよね」
「なんだよーもったいぶらないでよモーリー!」
「だーかーら!モーリーじゃなくて森本です!」




