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アルバイト①



「しっあわせはーあーるいーてこーないっだーからあーるいていっくんだねー」


呑気な歌声と共にリズムよくモップが踊る。

無駄に揺れる茶色いポニーテールにつられて、規則的なルートで磨かれていくタイルの床。


「いーちにーちいっぽ!みっかでさーんぽ!さーんぽ進んで二歩下がるー!」


「お前、黙り方知ってる?」

「おわっ!」


側から見れば決して真面目に掃除しているようには見えない吉田。

その目の前に現れた褐色のエルフ。

相変わらずの表情である。


「ら、ライルさん…おはようございます。珍しいですねこの時間に来るなんて」

「昨日の仕事は終わらせたんだろうな」

「もっちろんですよ!白の広場も青の港もゴミ一つないですよ!」

「当然だ、誇るな馬鹿。さっさと連絡通路行ってこい」

「はーい…」



美形揃いのエルフの中でも、群を抜いて神様に贔屓された完璧なルックスの褐色のエルフ。


黒く艶のある長い髪。切長の整った緑の瞳と高い鼻。バランスの取れた唇とその流れから当然のように造形美の完璧な顎のライン。

おまけにすらっと伸びた文句なしの抜群のスタイルという神様の依怙贔屓の結晶。


ライル・ブラネード


上級魔法をも操る強力な魔力を持つエルフ族でありながら、どういうわけかこの清掃会社『クールオン』の代表を務めている。



クールオンの事務所を出て、絵の具で塗りつぶしたような真っ青な空を見上げる。


「今日もいい天気〜」


活気溢れる街中。

ゲームの中のような世界。


慣れというものは恐ろしい。2ヶ月も生活していれば、こんな非現実をいとも簡単に受け入れてしまえるのだから。

だがそうは言ってもこの世界のことは現在進行形で勉強中。まだまだ知らないことばかりである。




私が転生したこの異世界は、4色の国がメインで成り立つ世界。


一際目立つ立派な王国、白のイーデア国。

全ての魔法が生まれた魔法の国。

私が勤める清掃会社『クールオン』はこのイーデア国に位置する。


どでかいお城が真ん中に聳え立つとても綺麗な国。

どうやらこの世界の中心になっているらしい。

私の乏しい語彙力ではこのなんとも言えない見知らぬ国の都会感を上手く表現できないが、とにかく栄えていてRPGゲームだとオープニングやエンディングの舞台になるであろうメインの国。


私の生活はこの国で営まれている。



そしてイーデア国から枝分かれして存在するのが

青のシプトピア、知恵の国。

赤のメラオニア、戦いの国。

黒のブラトフォリス、闇の国。


この4国以外の全てを外界と呼ぶらしい。

その法則で言うと、私の暮らしていた元の世界もその外界に属するのかもしれない。




…2ヶ月前。

不覚にもこの世界に転生してしまった私は行くあてもなく彷徨っていた。


転生してきましたー!なんて馬鹿正直に言ったところで頭がおかしいと思われるオチ。

実際日本にそう主張する奴が現れたら、私はきっとその狂人と関わらない方法を探す。

自身の境遇を説明することもできず18歳にして野垂れ死を覚悟したのだが…とある日の道中、角の生えた赤い目の親切なおばさまに拾われた。


それはもう面倒見が良く、私の話を聞いてくれるとのことだったので自分が異世界転生してしまったこと、ただのか弱い乙女であることを恐る恐る伝えた。


するとどうでしょう。

なんとこの世界では私のような4国以外の場所から来た者を外界人と呼ぶらしく、外界人の入国は国によっては極刑レベルの大罪になると言う、いと悲しき事実に直面してしまった。


幸いそのおばさまがとても良い人だったので、私のことを衛兵に突き出しはしなかった。

しかし私が恩人であるおばさまの家に入り浸っていては、いずれ巻き込んで危険な目に遭わせてしまう時が来るかもしれない。


そこでおばさまの助言に従い、私はこの世界では希少らしい人間がわずがに生息しているシプトピアの国民という設定で、1人で生活できる環境を整えることにした。



生活。衣食住。

それらを整えるために必要なものはお金。そしてお金を得るために必要なものは労働環境。


というわけで大国のイーデアに出向き、働き先を探していた。



そんな時に見つけたのがこのクールオンのアルバイト募集ポスター。


得体の知れない世界で得体の知れない仕事が溢れかえる中、業務内容が明確に分かったのがこの仕事。

さらに私は掃除が得意だったのでこれ以上向いてるものはないと思い、事務所に突撃したのだ。


そこで出会ったのがライルさん。


この世界で人間は弱小種族らしく、面接の時はあまり良い顔をしてくれなかった。

掃除に強さとか必要なくない?とは思ったけど…。

だがここで負けるわけにはいかないと押しに押しまくった結果、ライルさんは私を受け入れてくれたのだ。


見かけ通りレベルの違う恐ろしい人だが、紛れもなく私の恩人その2である。




とにかく私は異世界で生き抜くため、恩人である鬼上司ライルさんの元、今日も今日とてアルバイトに向かう。


真っ青な空の下!

愛用している箒を握り、向かうは私の担当場所!

『連絡通路』である!



『連絡通路』


とってもわかりやすいこの名前は、その名の通りそれぞれの国をつなぐステーション的な場所だ。

この世界のど真ん中に位置し、この連絡通路を囲うように4つの国が存在している。


イーデア以外の国のことはイマイチよくわかっていない。

だが私にとって重要なのは国の中身ではなく、それぞれの入り口となるこの場所なのだ。


毎日何百人…いや何百匹?という種族が行き来している連絡通路は、たった1日でも充分掃除のしがいがあるほど汚れる。


私の異世界生活の一日はこの連絡通路の掃除から始まるのだ!




心の中で意気込んで箒を高く掲げる。


異世界転生した人間…

ふっ…私超主人公じゃん。


「邪魔」


え?


クールオンの建物の前で箒を掲げていた私にかかる冷たい声。

応えて振り向くと、見慣れた灰色の髪が視界に入った。…あと私を睨む黄色い目も。


「あ、おはようございます。アンデイルさ…」

「どけ」

「あ、すみませどぅふ」


私が退く前にドンと肩をぶつけられる。

私よりも一回り以上大きいアンデイルさんにぶつかられては当然真っ直ぐ立っていることはできない。大きくよろめく。


「ちょっと…」


ギンッと黄色い目に睨まれ、言いかけた言葉を飲み込む。

私を一瞥した後、チッと舌打ちをしてクールオン内にズカズカと入って行った。


「…輩〜」



アンデイル・ボックス


同じくクールオンで働く、獣人族狼獣人の先輩である。


パッと見た感じはまるで人間だが、大きな尻尾と鋭い牙、人型の耳とは別に頭に生えている動物のような耳はまさに獣そのものだ。

野生的な灰色の髪と闇をも照らす黄色い瞳が特徴的なこれまた人外さん。


普段は人型で、人間オンリーの世界で生きてきた私からしたら初見はコスプレかと思った。

だがコスプレでは到底表現できない、このなんとも言えない野生感…。これが獣人族である。



ま、一目瞭然だが私は好かれていない!

残念!


さっ掃除行こ。




ーー




クールオン事務所



「おはざす」

「おう」


無愛想な挨拶と共に現れたのは、灰色の髪が目立つ狼獣人。

一瞬緑の目を向けた褐色のエルフはすぐさま事務作業に戻る。


「……」

「……」


お互い無関心である。



アンデイルはそそくさと荷物を片付け、バタンと自身のロッカーを閉める。

そしてわずかに黄色い目を泳がせながらライルを見た。


その視線に早々に気づいたライルが首を傾げる。


「あの人間…まだやめないんすか」

「…?」

「もうすぐ1ヶ月っすよ」


珍しく喋りかけてきたアンデイルに少し驚くライル。

数秒手を止めていたが、再び手元に視線を戻す。


「そのうち音をあげるだろ」

「…思ったより粘りますね」

「まあな」

「今日も連絡通路の掃除行ったんすか」

「ああ」

「あの広い通路を?1人で?」

「入ってからずっとそうだ」


どうやら連絡通路は1人で掃除するには途方もない広さのようだ。

アンデイルの引き気味の表情がそれを物語っている。


「…すげぇっすね」

「馬鹿はある意味最強だからな」


珍しく会話が弾んだようだ。

アンデイルの灰色の尻尾がわずかに揺れていた。



「あいつがやめると言うまでは置いてやればいい。どうせ長くはもたん。今までもほとんどの奴がそうだった」


ライルはまるで関心がなく、手を動かす速度を緩めないまま呟いた。


「そっすね。まあ連絡通路なんて広いし汚いし危険だし、あの人間がやってくれるんなら上々っす」

「…危険?」


アンデイルの言葉にピクリと眉を動かしたライル。

会話を終わらせたつもりだったアンデイルはノッキングする。


「う、うす。あれ、知りませんでした?最近ブラトフォリスにつながる第五通路にモンスターが出現するらしいっすよ。まあ誰もあの通路なんて使わないからあんま実的被害はないらしいっすけど」

「…モンスター?なんで」

「不備魔力っすよ。増加やばいじゃないすか。それであまりの量に不備魔力が実体化してモンスターになる問題が発生してるって。この前ニュースでやってました」


「…あいつは知ってんのか?」

「人間すか?さあ…でも毎日行ってるんなら知ってるんじゃないんすか?あ、でも第五通路はクールオンの担当区域じゃないか…。どうなんすかね」



想像以上にライルと会話ができたアンデイルの尻尾はもう抑えられることもなく、かなり大きく振られていた。


だがその様子には微塵も気付かないライル。

その緑の瞳はわずかに不安の色に染まっていた。



「……」



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