黒の王子④
はぁ…はぁ
「なんで…?結構倒したはずなのに…減るどころか増えてないか」
第五通路。
ぜぇぜぇと息をする悪魔族の青年と人間の雌。
あれから私達はかなりの時間スライム相手に暴れていたのだが…相変わらず結界はピキピキと嫌な音を立てている。
状況は変わらず…いや、それどころか悪化しているようにも見える。
「埒が明かない。倒してもすぐに新しいのが生まれる。絶対おかしい」
「やっぱり衛兵呼んだほうが…」
「今ここを離れるのは危険だ」
そんな会話をしながらも、キロルくんは巨大な剣を振り回しスライムを倒していく。
確実にダメージを与えるキロルくんに対し、私は箒でバンバン叩くというかなりダサい戦法。
いや…まあ箒だしね。
「一気に片付けるか…ちょっと離れてて」
ふぅと深く息を吐いたキロルくんがぐるっと剣を回した。
禍々しい気配を感じて慌てて距離を取る。
「黒魔法!」
シュバッと素早く風を切る音と共に大きく剣が振られる。黒い風がキロルくんの周りを囲うように渦巻き、付近のスライムを一気に討伐した。
「すご!必殺技みたい!」
「必殺技なんだよ」
あれがスキルってやつか…!
私もやりたい!
「ちょっとは減ったけど…」
一瞬減ったように見えたスライムだったが、すぐに増殖して再びぬるりと視界を埋める。
どんなスピードで産まれてんの…。
「何度かスキル使えばいけるかな…」
「あ、私も!私もやる!」
「いや今のヨシダは…」
「スキル!掃除!」
キロルくんを真似て箒をブンっと振り回す…が。
…しーん。
あれ?
「掃除はノーマルスキルだろ。さっきから使ってるやつだよ」
「え…この世界箒で叩くことを掃除って言うの?」
「ノーマルスキルじゃないのは一掃ってやつ」
一掃…。
かっこの形が掃除と整頓とは違う…
これが必殺技ってこと?
「使った事ないんならできないでしょ。僕がやるからヨシダは地道に倒してて」
「えー」
ギューイイイ!!
!
その時、一際低く大きな鳴き声が聞こえた。
過去に私が追い詰められた巨大なスライムの声に似ている。
そして鳴き声に遅れてのそりと視界の大半を埋めるように現れた塊。
「え…何これ…」
ギューイイイ!!
騒々しい鳴き声をあげたのはあの時よりもさらにでかい緑…というより黒色に近いスライム状のモンスターだった。
見れば分かる…ボスだ!
「こいつが親玉だ!あれ!」
キロルくんが指差す先は黒色のモンスターの背中側。そこから泡のようにボコボコと緑のスライムが生み出されている。
き、キモぉ!
「あいつから生まれてるんだ!」
「じゃああのボスみたいなのを倒せばっ」
「いくらかはマシになるはずだ!」
「よっしゃあ!」
今度はキロルくんのように箒を剣に見立てて構える。
箒よ!君が武器だと言うのならスライムごときぶった斬って見せよ!
ギューイイイ!!
やかましい鳴き声と共に黒いスライムから生えた触手のようなものが振り下ろされる。
咄嗟に飛び退き壁を蹴る。その反動を利用して箒を持ったまま回転!そして斬撃!ま、箒だけど。
と、なんとなんと!私の斬撃(箒)で触手のようなものがぼとりと切り落とされた!
「やったぁ!箒やるぅ!」
やっぱ勢いだわ!
「ヨシダ、さっきから気になってたんだけど…レベルってやつがすげぇ上がってるよ」
え、レベル?
キロルくんが私を赤い目で見る。
「コマンド開いてくださいな」
ーーー
名前
種族 不明
年齢 18
スキル 〈掃除Lv71〉↑
〈整頓Lv31〉
《一掃Lv.0》
《ーーー》
アイテム 箒Lv74↑
ミール貝5
ゾネルビンの酸20 new!
作業着
役職 新米清掃アルバイターLv49↑
弱点 川 海
ーーー
おお!めちゃ上がってる!
アイテムも増えてる!
…ゾネルビン?もしかしてこのスライムのことかな。
「レベルが上がると強くなるって事?」
「知らん。レベルが書いてあるコマンドなんて初めて見たし。多分レベルが上がるのは外界人、もしくは転生者特有なんだと思う」
転生者特有…。
「ヨシダ!」
「へ?うわっ!」
パネルに気を取られて着地をミスった私は尻餅をつく。そこへスライムもといゾネルビンとやらの触手が落ちてくる。
「ひぃ!」
「こっちだ!」
咄嗟に間に入ってくれたキロルくん。しかし…
「うわっ!」
ゾネルビンの巨体は背後にも迫っていた。
座り込んでいた私の頭上を通過していく触手。そのまま迷いなくキロルくんを捕える。
幸いあの触手は肉体を溶かしはしないようだけど…
「いでででで!」
「キロルくん!」
ぎゅうっとここまで聞こえるほど締め付けられている。
まずいまずい!なんとかしないと!
ギューイイイ!
もう!邪魔しないで!!
呆気に取られる私に小さいゾネルビンが向かってくる。それを箒でダンッと払い退けた。
その時
ピコン
開きっぱなしだったコマンドから機械的な音が聞こえた。
ーーー
役職 清掃アルバイターLv1↑
〜新米清掃アルバイターから清掃アルバイターに昇格しました〜
〜A級以下のスキルが使えるようになります〜
スキル 《一掃Lv1》↑
ーーー
スキル…?昇格?
強くなったってこと?
さっきまでレベル0だった『一掃』もレベル1になった。もしかして…必殺技使える?
「うぐぅ…」
!!
キロルくんの顔色がっ!いや最初から白いか。
でもこめかみに血管が浮き出ている。
苦しそう…どうしよう…助けないとっ!
「ええい!!」
再び箒を剣のように振り回してみるがボスゾネルビンの身体はさっきよりも硬くなっている。ダメージを与えている感覚がしない。
「キロルくん!!」
「し、死ぬぅ…」
いやああ!!死なれたら夢見が悪すぎるぅぅ!
「こんのっ離せ!キロルくんを離せぇぇ!」
びくともしない黒色の身体。
私の攻撃に気づいてすらいない…。
だめだ…っ
どうしよう…私じゃ何も出来ない…
役に立たない…助けられない…どうしようっ!
バサッ
!
…何?
バサバサと持っていた箒の穂先が震えている。
風なんてないはずなのに…。
バサッ
…何か言ってる?
ビビビッと小刻みに震える柄。何か伝えようとしてる気がする…。真っ黒の箒が風もないのに穂先を逆立たせている。
…
一掃…?
バサバサッ
なるほど…そうだね。やってみようか。君の言う通りに。
だから、ちゃんと言うこと聞いてよねっ!
「こっちよ!」
ギューイイイ!!
黒色の巨体がゆっくりとこちらを向く。
目玉のような丸い塊が私を捉える。
「ヨシダ…っ」
箒の穂先をゾネルビンに向ける。知らない感覚を追うように箒を握りしめる。習った覚えのない動きと力の使い方を何故か身体が知っている。
私…強くなってる!
「スキル…」
スッと雑音が消える。冷たい風が足元を踊る。身体がまるで雲のように軽くなる。
タンッと地面を軽く蹴れば、ふわりと身体が高く飛び上がる。
箒の先を天に向け、思い切り振りかぶった!
「一掃!!」
バビュン!と素早く弧を描く。箒から真っ白の風がものすごい勢いで発せられた。
「まっ待て待て待て!馬鹿馬鹿馬鹿!僕もいるんだよヨシダァァ!」
「あ」
どっかーん。
………。
ものすごい爆風と共に煙が巻き上がる。
少し遅れてパラパラと石の落ちる音。さっきまで重くのしかかるように存在していたモンスターの気配がまるでない。
「…き、キロルくん?」
…
「キロルくーん…」
やばい…殺しちゃった…?
「き、キロルくん!死んだの!?キロルくっ」
「危うく死にかけたよ馬鹿野郎」
!
背後からそんな声が聞こえて振り向く。
「キロ…どひゃっ!?」
「お手本のようなリアクションありがとう」
ジトっと私を見るキロルくん…は上半身の服が弾け飛び、真っ白だった肌の色は褐色になっている。しかも…背中から伸びる大きな翼…。
まるで悪魔のような、暗くギザギザの羽根。
「この姿にならないと攻撃に巻き込まれそうだったんでね。自分の翼で守ったんだよ」
「ご…ごめん」
「まあ今回は許す。おかげでモンスターは全滅したみたいだから」
「その格好は…」
「悪魔族って言うくらいだからね。これが本来の姿」
黒い肌、真っ赤な瞳、鋭い牙と爪、立派な角、長い尻尾、そして大きな翼。
絵に描いたような想像通りの悪魔の姿。
「…怖いか?」
…確かにその姿形は悍ましい悪魔そのもの。
しかし漆黒の中で光る赤い瞳は…どこか美しい。
それに長いまつ毛がかかる瞼も、少し気だるげに淡く光る目も、牙が見える整った口元も…まんまキロルくんだ。
「想像通りの悪魔って感じ。でもちゃんとキロルくんだから」
「…」
「全然怖くないよ」
「……そう…か」
感情の読めない瞳。
広がっていた翼が降りてくる。
私の返答にどこか安心しているようにも見えた。
「さっきは助けてくれてありがとう」
怖くなどない。こちとら異世界に転生してきた身だ。今更驚かない。
ゆっくりと距離を詰め、悍ましい爪の生えた彼の手をそっと取った。
「キロルくんがいなかったら私死んでた」
「…」
「ありがとう」
恐れてなどいないことが伝わるよう、なるべくいつも通り笑った。
「…俺を見ても怖がらないなんて、やっぱり外界人って変わってるね」
「そう?だってライルさんの方が怖いし」
「誰」
「鬼」
「へぇ…」
私を見るキロルくんの赤い目が少し細くなった。
「こちらこそ助けてくれてありがとう…って言いたいところだけど、お前のせいで死にかけた」
「うぐ…し、死ななかったからいいでしょ…」
「ま、それもそうだな」
なんかこの姿になってるキロルくん…さっきまでとは雰囲気が違う…。
マジマジとその非人間の姿を観察する。
「ヨシダのスキル…尋常じゃない威力だな。とてもA級程度には見えない。外界人だからなのか?…ねぇ聞いてる?」
なんかかっこいいな。
めちゃめちゃクール。ザ・闇の者って感じ。
「…何?そんなに見て」
「いやぁ…初めて生で見る悪魔だから」
「興味ある?」
「ちょっと」
「じゃあ…もっと近くにおいで」
「え?」
ぬっと近づいてくるキロルくん。
赤く光る目が私を真っ直ぐ見つめて、きて……
なんだか…変な…気分に……
「ねぇヨシダ…お前も悪魔族になりなよ」
「…へ」
「ブラトフォリスで暮らそうよ…俺の家いっぱい部屋あるから。バイトなんてしなくても生きていけるよ」
「キロルくん…の?」
「俺はね、実はブラトフォリスの王子なんだ。ヨシダのこと父さんに話してあげるよ。そしたら一緒に暮らせる」
「…おーじ…なんだっけそれ…」
なんだかフワフワして…頭が回らない…
「おいで、ヨシダ」
「…うん」
大きな爪の生えたキロルくんの手に自分の手を乗せる。彼の翼が私の背中を包み込む。ふらつく足で彼に近寄る。
「そう、いい子だね」
「う、ん…」
「さあ行こう」
「い、こ」
キロルくんの長い指が私の額に触れた。その瞬間、ふっと身体の力が抜ける。だらんともたれかかればキロルくんが私を軽々と持ち上げた。
あれ…私……何かしなきゃいけなかったんじゃ…ないっけ…
その時、私達以外の誰かの気配を薄らと感じた。
「失礼、黒の王子さん。それウチの馬鹿なんだけど」
…?
「返してもらってもいい?」
…ライル、さん?




