黒の王子②
がやがや
賑やかな街の風景。
行き交う人々。
微かに聞こえる古風な音楽。
「ブラトフォリスだぁぁ!」
「ようこそ〜」
ブラトフォリスは他国との交流が一切ないため独特の雰囲気があり、また別の世界に来たような感覚になる。
様々な種族が共存している他の三国とは違い、この黒の国で生活しているのは悪魔族のみ。
だから国全体が悪魔族の生活に適した造りになっているらしい。
今思うと転生したばかりの頃の私は、他国どころか別世界の人間だったから嫌でも目立っていただろう。それでも誰も咎めたり問い詰めたりしてこなかった。
やはりこの国はどこか違う。
「さ!早く行こ!見せたいものがいっぱいあるんだ」
「わっ」
サラサラの黒の短髪から生える小さな黒い角。白い肌によく映える赤い瞳。
どこか気だるげで全部は開いていない吊り目と、そのオーラには似合わない少し尖った歯。整った童顔をしたキロル・ブラックビルさん。
彼は私の手を掴みどこかを指差した。そのままぐんと引っ張られる。
「ぐえっ」
「きっとヨシダがいた頃よりもっと華やかになってるよ」
ち、力強っ…
その後商店街やお城の近くを熱心に案内してくれた。
キロルさんの言った通り、私が住んでいた数ヶ月前よりも建物やお店が増え賑やかになっていた。
ブラトフォリスは雰囲気こそ暗くてじめっとしているが、闇の国と呼ばれるような恐ろしいイメージとはまるで違い、活気付いた華やかな国だ。
田舎時間というのだろうか。何だか時の流れがマイペースで落ち着く。
一頻り振り回され、そのうち私も乗り気になって2人してはしゃいでいたらあっという間に時間が過ぎた。
街自体はそんなに広いわけではないが、街を囲うように黒い森があるため、どこまで国が続いているのかはよくわからなかった。
「行き尽くしたかなー」
「楽しかったぁ!すごいねブラトフォリス!」
「だろ!いい国なんだよ本当は!みんな勘違いしてるだけなんだ」
「そうだよ!全然怖くなんかないもん!」
私の返答に満足気に笑うキロルくん。
「それにしても、私がこの国を出てからそれほど時間経ってないのに見違えるほど発展してるなんてすごいね」
やっぱ魔法とか使うからかな?
来る度に変わるなんて…まるで渋谷駅。
「あーまあね。なんでも最近は僕ら悪魔族の魔力の根源になる魔気が増加してるから」
「魔気?」
「そう。増加の理由はわからないんだけど…悪魔族が使う黒の魔気が凄い勢いで広がってて、おかげでみんな力が有り余ってるんだ」
へぇ黒の魔気なんてものがあるのか。
力の根源…悪魔族専用のMP源みたいな感じ?
「この魔気を扱えるのはブラトフォリスの悪魔族だけなんだ。だから他の三国ではただの邪悪な魔気として、不備魔気とか不備魔力って呼ばれてるらしい」
「不備魔力…?」
聞き覚えのある言葉。
それって…第五通路に出現したモンスターの原因になったやつでは?
「不備魔力って実体化してモンスターになったりするやつ?」
「…え?あーうん。知ってたんだ」
「最近イーデアでニュースになってたの。それに私がその不備魔力が原因で第五通路に出現したモンスターを倒してたから」
あれ悪魔族に必要な魔気だったのか…。
でもそれが増え過ぎて実体化するなんてことあるんだね。そのモンスターって悪魔族からしたらどういう対象になるんだろう。
「ん…ちょ、ちょっと待って。今なんて言った?倒してた?」
「ん?うん。私連絡通路の掃除する仕事してて、第五通路に不備魔力のモンスターが出たから…あ…もしかして倒しちゃダメなやつだった…?」
「そ、それいつ頃から戦ってたの?」
「…1ヶ月くらい前…」
不備魔力って言っても悪魔族からしたら力の根源なんだよね…
うわこれ倒しちゃダメなやつだったんじゃない?
だ、だってだってゴブリンさん達が生きたゴミとか言うんだもん!
「そうか…ヨシダが倒してたのか」
「ごっごめんなさい!」
「え?あーいや全然いいんだよ。むしろありがとう」
「へ?」
「少し前から黒の魔気が急増して何故かそれが実体化してしまう現象が起こったんだ。ブラトフォリスのあちこちでモンスターが出現するようになって、それが国の外にも溢れ始めた」
それが第五通路のモンスター?
「まだ国内なら自分達で片付けられるからいいけど、国外に黒魔気のモンスターが出て、もし万が一他国の種族に危害を及ぼしたりしたら厄介な問題になる。だから第五通路に溢れ出たモンスターを夜中に自分達で退治してたんだ」
あ、そうなの?
じゃあ倒してよかったのね?
「でもある日を境に夜中に通路に行ってもモンスターが現れなくなった。魔気が安定してモンスターが生まれなくなったんだってホッとしたんだけど…それがちょうど1ヶ月くらい前だったから。そっか、ヨシダが倒してくれてるんだね」
「立派な掃除対象だったからね」
「でも結構手強いでしょ?」
「だんだん数増えるし、強くなっていくから最後の方は大変だったけど…1番強かった奴は上司が倒してくれたから」
何気なく言った私の言葉に眉を顰めるキロルくん。
「最後の方…?…あ、あのさヨシダ」
「ん?」
「なんで過去形なの?」
「え?」
「もしかして…今はもう…倒してない?」
キロルくんがなんとも言えない不安な表情を私に向ける。
な、なんだか嫌な緊張感が伝わる。
「一週間くらい前に…上司に第五通路は担当外だって言われて…それ以降は、覗いてもない…かな」
「……」
「……」
お互いのこめかみを冷や汗が流れ落ちた。
「ええぇぇ!」
「うぇぇぇ!?」
途端、糸が切れたかのように喚く私達。
「ウッソだろ!?マジで!?1ヶ月もモンスター出なかったからうちの衛兵達も第五通路のパトロールなんてもうしてないよ!?」
「なな何!?何かいけないの?」
「いけないに決まってるだろ!僕らは魔気が安定してモンスターはいなくなったもんだと思ってた!でも実際は昼間の時間にヨシダが倒してたからいなかっただけで、モンスターの出現自体は収まってたわけじゃない!それでそのヨシダが今はもうモンスター退治をしていないと言うことは…」
「そ、それはつまり…」
「…今、第五通路には大量のモンスターが発生してる可能性が高い…」
……。
「ええっ!なんで!?普通誰か気付かない!?第五通路使う時に気づくよね!?」
「僕ら悪魔族はテレポートが使える!わざわざ第五通路なんて通らない!しかもよっぽどブラトフォリスに他種族は来ない!あそこを使う物好きなんて滅多にいない!」
「そ、そんなぁ…」
誰も使わない通路ってこと?
何それぇ…
「最初にモンスターが出現した時に結界を張ったから多分通路外に出ることはないと思う…でもあまりにも量が多いんだったらわからない」
「昨日連絡通路の掃除をした時は中央通路含めどこも異常はなかったよ。確認してない第五通路は知らないけど…」
担当外だって言われたらわざわざ近寄らないもん。
第五通路は人気もないし…ゴブリンさん達もノータッチだからなぁ…
「通路に行ってみる」
方向転換して通路の方向を赤い瞳で見るキロルくん。
「キロルくん!」
「ん」
「私も行く。連れてって」
「…よし!」
ーー
イーデア国 クールオン事務所
「……遅い。なんで材料拾いに行くだけにこんな時間がかかるんだあのバカは」
褐色のエルフは苛立たしげに組んだ足を揺らしていた。
何度も時計を見ては舌打ちをする。
「あれ?まだ戻ってないんすか?帰ったら事務所の掃除するってここに箒置いて行ったのに」
獣人のアンデイルが吉田の箒を持って言った。
サイボーグのルンバも退屈そうに時計を見ている。
「ヨシダちゃんが出かけたの午前中でしたよね。もう夕方ですよ」
「どっかで油でも売ってんのか」
「いや、ヨシダちゃんは仕事に関しては真面目な子ですよ。ライルさんも知ってるでしょ?」
「……」
「…何かあったのかもしれない」
「何かってなんだよ」
ルンバは少し不安の表情を浮かべて吉田の黒い箒を見た。
「ライルさん、ヨシダちゃんどこまでお使いに行ったんですか?」
「シプトピアの海岸だ」
「え…シプトピア?」
ルンバの顔色が変わる。
その様子を見たライルの眉がぴくりと動いた。
「なんだよ」
「あー…ヨシダちゃん言わなかったみたいだから俺が言いますけど…あの子、水がダメみたいですよ」
「は?」
「泳げないし怖いんですって。だからシプトピアが苦手だって言ってました。自分の国だけど」
「…まさか貝殻拾いに行って溺れるか?流石のバカでも陸と海は見間違わんだろ」
「どうでしょうね。彼女ハプニングを寄せ付けますから。主人公体質ってやつ?」
「…はぁ」
少しの間をおき、大きなため息をつく。
そしてめんどくさそうに徐に立ち上がるエルフ。
「ライルさん」
「…なんだよ」
「俺も行きます」
「…勝手にしろ」
エルフとサイボーグが去り、取り残されたアンデイル。
「あれ?あいつの箒なくなった…。今まで持ってたのに…」




