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黒の王子①



「おかーちゃおかーちゃ」

「どうしたの?私の坊や」


イーデアとシプトピア間に開通しているアトランティスライン。

海底から陸、そして空までもを自由自在に走る摩訶不思議な列車。


本日私はライルさんのお使いのため、この列車でシプトピアに向かっている。


「ドラゴンさんだよ」

「本当だねー」


目の前に座る親子の獣人族。キャッキャと窓の外を眺めている男の子が可愛い。

空を走る列車に並列して飛んでいるのは赤く巨大なドラゴン。

ほーんと映画みたいな世界。



「おかーちゃおかーちゃ」

「なーに?」

「あのドラゴンさんどこ行くのかな」

「さあねぇ。ドラゴンの翼は大きいから、空の彼方を越えて別の世界に飛んで行くのかもしれないね」


ほっこり。

坊や、ドラゴンに憧れる気持ちはわかるぜ。大きくなれよ。


「おかーちゃあのドラゴン食べたい。捕まえて」

「野生のドラゴンは骨ばってて食えたもんじゃないから養龍場で育てられた肉肉しいのにしましょうね」


…うん。平和だなぁ。




シプトピア。

相変わらず水々しい美しい国。


今日は不備魔力を除去する洗剤を作るために必要な貝殻を拾いに来た。

あんまり海の近くは好きじゃないんだけど…あの鬼上司にそんな弱音は言えない。


「よし、さっさと済ませよ!」


麻袋を持って海岸へ向かった。



必要なのはミール貝という貝殻。

ライルさん曰く星空のようにキラキラしている貝らしい。


波際に沿って海岸を歩く。いろんな貝殻が落ちている。その中で一際目立つ、日光を反射して輝く黒い貝殻を見つけた。


「これだ!うわ…本当星空みたい」


貝の外側は夜空のように深い黒色、内側には金色の小さな光が点々と輝いている。

まるで掌サイズの星空。とても綺麗。


これを集めれば良いんだね。

10個くらいって言ってたから予備も含めて15個くらい持って帰るか。



しばらく人気のない浜辺で貝殻を拾いながら歩いていると、向こう側から黒いフードの人物がこちらに向かって歩いて来ていることに気づいた。


あの人も貝殻拾ってるのかな。

俯きながら貝殻を手に取っては捨て、また拾ってはよく観察してを繰り返している。同業者かしら。


お互いに向かって歩いていたので当然鉢合わせる。

興味本位でその人物を視線で追うと、向こうもフードの奥から私を見た。


わぁ…綺麗な子…

フードではっきりは見えないが真っ赤な瞳に長いまつ毛、雪のように白い肌。女の子かなぁ。

薔薇のような深い真紅の瞳と目が合って思わずどきりとした。


「ど、どうも」


ぺこりと頭を下げる。

なんか神秘的なオーラが出てるよ…。何の種族の人だろう。

あまりまじまじ見ては失礼なのでそそくさとすれ違う。


しかし、私の足は思わぬ言葉に止まらざるを得ない結果となる。



「あれ?なんで外界人がこんなとこにいんの?」


聞こえた声は想像より低く、男性のものと思われる響きだった。

あーなんだ、綺麗な顔をした男の子だったの…か…って…


「どうぇっ!?」


衝撃的な言葉に耳を疑う。

ものすごい勢いで振り向くと、赤い目の男の子は喜怒哀楽のない冷淡な目で私を見据えていた。


なっなななっ

いっ今なんて言った!?



「あんた外界人だろ?」

「なっなな何を!?たっ戯けたことをっ!?がが、が外界人?ナニソレ?オイシイノ?」

「は?てか外界人ってこの国入れなくない?何してんの?」


真紅の瞳が私を下から上まで流れるように見て首を傾げる。


げ、げぇろおお!!

何この人っなんで!?なんで私が外界人だってわかったの!?

いや…まずい。これはまずい…

こ、此奴をどうにかせねば…。やるか?殺るしかないのか…っ?


「すごー外界人ってなんか…」

「わーわーわー!あのっ!ちょっとこっち来てください!」


淡々と言葉を続けようとする青年の腕を掴み、岩陰に連れ込む。

冷や汗がこめかみを伝った。



「やだーナニしよーってんのー?」


男の子が相変わらず感情のない声と顔で揶揄うように言う。


「何もしないです!それより!なっなんで私が外界人だとわかっ…思うんですか」

「あーそれは僕の魔法」

「魔法…?」


当然のように答えた青年を無駄に瞬きを繰り返す目で見つめる。


「鑑定眼。知らない?物でも人でも見たものの全てを知ることができる魔法だよ」


え…何それ。超困る。


「種族や相手の使う能力も見えるんだよ。アンタの種族が不明になってるからさ。不明ってことはこの世界の生き物じゃないってこと。つまり外界人」


う、嘘でしょ…

そんなことある?

こんな能力持ってる人いたら隠すなんて無理じゃん!


でも異世界だもんね!?ファンタジーだもんね!?

そういう魔法が存在してたって不思議じゃないよねぇ…


ああ…終わった…。

吉田の人生…ジ・エンド。



「ご、後生ですから逮捕だけは…死刑だけは勘弁してください」

「逮捕?そんなめんどくさいことしないよ」


バッドエンドを覚悟した上で懇願するように男の子の前で手を合わせる。

しかしサラリとそう言った青年。

温度差にノッキングする。


「それにこの国では外界人の存在は御法度みたいだけど、僕の国ではそこんとこそんな厳しくないし」


え…僕の国?


「シプトピアの人じゃないんですか?」

「違うよ。外界人極刑〜って騒ぐのは白青赤の国の話。僕の国じゃ別にそんな気にされてない」

「…ってことは…あなたブラトフォリスの人?」

「そうだよ。わかるだろ?目赤いんだし」


あ、目が赤いとブラトフォリスの人ってことなの?

そういえば恩人のおばさまの目も深い赤色をしていた。

目の前の男の子とおばさまの姿が重なる。


「この赤い目を見ると大抵の奴らから煙たがられて怖がられるから、こうやってフード被ってないと出歩けないんだよ」

「そうなんですか…」


色々あるんだなぁこの世界も。



…って!そんな呑気なこと言ってる場合じゃない!

ブラトフォリスだと外界人は極刑じゃないの!?


「ブラトフォリスでは外界人の存在って犯罪じゃないんですか!?」

「うん、法律にはないよ。まーでも外界人に良いイメージがあるわけでもないから、その存在自体はあまり喜ばれるようなことではないかな」


そうなの…。

え、何で外界人ってそんなイメージ悪いの?


「過去の歴史に友好的な外界人なんていなかったからね。人並みに警戒はするけど…何せうちの国王が極度のめんどくさがりだから、実害がない限りは取り締まったりしないんだ」


じゃあ…彼に正体がバレた現段階ではまだセーフってこと?極刑は免れる?


「私のことを訴えたり捕まえたりはしないってことですか?」

「なんで僕が赤の他人を捕まえなきゃいけないんだよ」


呆れたようにため息混じりで言った。

相変わらず感情の見えない表情で淡々とした声色。

どうやら本当のようだ。


よ、よかったぁぁぁ!!



「でもこの時代によく見つからずに入国できたね。引くほど外界人に厳しいのに」

「ああ、それは多分私が外界通路を使ってないからです。元の世界から気がついたらこの世界に飛ばされてて…」

「飛ばされた?え、それって転生ってこと?」

「え?…あ」


や、やべぞ…

これ言ったらダメなやつ?

もしかしてイレギュラー?


「え…えーと…」

「すげぇ…伝説だと思ってたけどまじでいるんだ」

「いやあの…」

「まあぶっちゃけ転生者と外界人の違いよくわかってないんだけどね。でも扱いは同じでしょ?」

「そ、そう…なのかな?」

「まあブラトフォリスでは転生者に関する法律もないし、訴えたりしないから安心してよ」


よ、よかった…

ブラトフォリスの人ってなんか寛容だな。非現実を受け入れるのが早い。

そういえば恩人のおばさまも私が転生してきたって言ってもちょっと驚いただけだった。黒の国は孤立してるから他の三国とはちょっと考え方が違うのかな。



「ブラトフォリスなら安全ってこと…」

「まあそういうことになるね。来たことある?」

「あっはい!最初に飛ばされたのがブラトフォリスだったので!もはや故郷みたいな感じです。1ヶ月ちょっと生活してたので」

「へぇブラトフォリスに飛ばされるなんて災難だね。みんな毛嫌いする闇の国なのに」


闇の国かぁ。

確かにずっと夜だから暗かったけど…


「でも街は栄えてて賑やかだしみんな優しいし、良い国ですよね。私は好きです」

「え…」


え?

赤い目を丸くして私を見る男の子。

その瞳が次第に輝いていく。


「だっだろ!?そうだろ!?いい国だろ!」


お、おお。急にイキイキし出した。

故郷褒められて喜ぶなんて…なんて純粋なの。


「なんだよお前!いいやつじゃん!」

「あ、どうも」


さっきまでの無表情とは打って変わり、キラキラと笑いながら私の手を取る。



「僕キロル!悪魔族のキロル・ブラックビル!」


悪魔族…。

歯を見せて笑うキロル・ブラックビルさん。

その白い歯は人間のものよりギザギザしていて二つほど大きく尖った牙のようなものが見えた。


「吉田です」


激しい握手を交わした。



「ヨシダ!今からブラトフォリス来いよ!案内するから!」

「えぇ…いや仕事中ですし…」

「仕事ってそのミール貝集めること?だったら僕の家にいっぱいあるからいくらでもやるよ!」


私の持っていたミール貝を指差して言った。

なんだか急に子供みたいだ。そのキラキラの瞳に押される。


「な?ちょっとだけ!」


んー…まあその方が効率よくミール貝は集められる。

それに…私の正体をいとも簡単に見破ったこの人をすぐさま野放しにするのは不安…。


そして何より…この世界での故郷ブラトフォリス。

あの国では私の存在を受け入れてもらえる。

もしかしたら近い将来、この国に移住しなければならなくなるかもしれない。

偵察はしておくべきか…よし。


「分かりました」

「よっしゃ!」


国民の案内があるなら何より安全だしね。



「よし、じゃあ行こうっと」

「うわっちょ、なんで抱えるんですか!」


握っていた私の手を強く引き、そのまま抱え上げられる。


「テレポートするから」

「テレポート?」

「悪魔族の能力」

「へえ」

「しっかり捕まっててよ」

「は、はい!」


キロルさんの首にギュッと捕まった。

その衝撃でパサリとフードが取れ、真っ黒のサラサラの短髪から生える悪魔のような角が見えた。


「ブラトフォリスへ!」



あたりが紫の光に包まれた……。



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