伝説②
「あー!いた!」
「食堂行ってたんじゃなかったの?」
ライルさんに連れられて事務所に戻ってすぐ、ルンバさんとアンデイルさんが慌ただしく入ってきた。
「あ、すみません戻ってました」
「オレが奢るって言ったのに」
「俺はわざわざ待ってたのにー」
「お前らが喧嘩してたからだろ」
探してたのかな。
2人ともぷくぅと膨れている。
あまりにも似たような顔をしていたので思わず笑みが溢れた。
外界人の伝説を聞きたいとは言ったが、雑談程度で話してくれると思いきや、わざわざ事務所まで戻り何やら分厚い本を出してきたライルさん。
「分厚い本ですね」
「歴史や伝説にまつわる話は数多とあるからな。このくらいの分厚さでも足りないくらいだ」
ライルさんは嬉しそうにせっせと本を開く。こういう話好きなのかな。
「今時書物って…魔法ネットワークに接続できる鏡の一つでも持っておけばいいのに」
ルンバさんがクスリと笑った。
まあ確かにあなたは時代の最先端だよね。サイボーグだし。
「俺は紙がいいんだよ。鏡は好かん」
鏡というのは元の世界で言う携帯電話のようなもので、遠距離間でも連絡を取ることができる。
携帯サイズに限らず形大きさは様々。最近ではこの鏡で魔法ネットワークとやらに接続できるらしい。まるでスマートフォンだ。
「この本には歴史や伝説に限らず、様々な種族や国の特徴、穀物やハゲルトンの育て方、料理方法など様々なことが記されている」
ライルさんの机にバンと置かれた分厚い本。私達はそれを囲うように座る。
パラパラと本をめくる手があるページで止まった。
「ここだ。外界人の伝説」
「…なんでそんなページ?というか何を調べるためにそんなの出してきたんですか?」
「こいつが聞きたいんだとよ」
「…そう」
ルンバさんが少しだけ眉間に皺を寄せてライルさんを見た。
そういえばルンバさん達は食堂での私達のやりとりを知らなかった。それなのにこんなに聞く体勢を整えているのがちょっと可愛い。
「読み聞かせか!」
尻尾をフリフリしているアンデイルさん。
愛しいわ。
「外界人にまつわる話は結構あるんだが…あ、これがさっき話したハゲルトンの言い伝えだ」
「あーハゲの…」
ライルさんが指差したページ。
古風なイラストで和服のようなものを着た人物とピンクの動物が描かれている。
…やっぱりお坊さん説強いな。
「他にも外界から現れたドラゴンや吸血鬼、魔獣に関する話があるな」
ああそっか。外界=私の元の世界、というわけじゃないのか。
外界はこの世界以外の世界全ての総称だから、私の生きていた現世以外の異世界も外界と呼ばれるんだ。その他ってことだもんね。
どれだけの異世界が同時間軸に存在しているかなんて分かり得ないことだからね。
「それから…これは少し話が逸れるんだが」
「なんですか」
「『外界人』ではなく『転生者』と呼ばれる者の伝説があるんだ」
えっ!
「転生者は外界人と同じく外界から来たる者なんだが…自分の足でこの世界に来たのではなく、この世界に呼ばれて現れる者」
「呼ばれる…」
「簡単に言えば、まるで召喚されたかのように突如現れる異世界人のことだ」
そっそれだよ!それ!
私も現実世界から急にブラトフォリスの街中に飛ばされた。通路を通って来たわけじゃない。
ってことは…私は外界人の中でも『転生者』と呼ばれる類ってこと?
まさか転生の概念が本に載ってるなんて…!
やっぱり私がこの世界に転生したことには何か意味があるの?
「だが転生者に関する記録は歴史上一つも存在しない。伝説として語り継がれているだけでその実例はないんだ。なぜ実例のない転生者の話がこの国で語られているのかは謎だがな」
「え、ないんですか?」
「まあお伽話だな」
「えぇ…」
どういうこと?お伽話なの?
じゃあ私は何?
でもそんな話が存在してるってことは、全くあり得ない話というわけでもないんじゃないの。
元も何もなくお伽話だけが浮き出ることなんてないでしょう?
「その転生者の伝説について教えてくれませんか?」
「いいけど…あんまり詳しく書かれてないぞ」
ライルさんの大きな手が分厚い本をめくり、かなり後ろの方のページを開く。
「ここだ。転生者の伝説。別名、反乱軍の伝説」
「反乱軍…?」
え、なんで転生の別名が反乱なのよ。
ライルさんの長い指が未だ読み慣れないこの世界の文字を辿る。
「転生者が現れた時代には必ず大きな禍が訪れる。転生者は世界を救うか滅ぼすかのどちらか。これまでの『当たり前』を壊すため、大規模な反乱を起こす。果たしてその目的は世界の救済か破滅か。転生者同士は少人数で軍を成し、反乱軍として世界の偉大な存在に楯突くだろう…だとよ」
……わからんっ微塵もわからんっ。
救済と破滅って何?禍って嫌だよ!
そんな回りくどい言い方しないでさぁ転生者は誰々で、何々のために転生させられた人ですーみたいに書いてよ!
転生者は悪者なの?ヒーローなの?どっちなんだいっ!ヤー!
「まあ伝説っていうか…予言みたいな感じだな」
「結局転生者って何者なんですか」
「んなことわかるわけないだろ。とりあえず反乱軍って言われるくらいだからあんま良い奴ではないんじゃないか?」
えー…じゃあ私やっぱり転生者じゃないかもー。だって反乱軍なんかじゃないし。
少人数で軍を成すってことは一度で転生してくるのは1人じゃないってことでしょ?
私ぼっちだもん。多分違うよね。
「そもそも転生なんてあり得ないだろ。なんで急に人生変わるんだよ。そんなことが簡単に起こるような世界確実にバグってるよ」
アンデイルさんが鼻で笑った。
本当にね。軽率に人生変わられたらたまったもんじゃないよ。
事実私は転生?というか生きている世界線が大幅に変わってしまったんだけどね。とても迷惑。
「まあお伽話でしょ?女の子はそういうの好きだもんねー」
ルンバさんが美しく笑いかけてくる。
肉体の右手が頭の上に乗った。
無駄に距離が近いのでちょっとだけドキドキしてしまう。
「ろ、ロマンがあるので…」
「ライルさんも好きだよねー伝説とか歴史とか」
「別に好きなわけじゃない。興味があるだけだ」
「そういうのを好きって言うんですよー」
ライルさんがコホンと一つ咳払いをする。
「まあ他にも知りたいことがあったらこれを見ろ。この本は事務所に置いておくから好きに見ていい」
「ありがとうございます」
と言ってもまだこの世界の文字を全部は覚えてないからなぁ。勉強しないと。
看板とかメニューくらいなら読めるようになったけど…18年間使ってこなかった文字だ。
私の脳みそは幼児の時より柔らかくない。早く慣れよう。
「今日は解散だ。もう夜も遅い、さっさと寝ろ」
「はーい」
ライルさんは分厚い本を棚の上に置いた。
今度見せてもらおー。
「あ、オレまだ掃除道具片付けてないや」
アンデイルさんが入り口に置きっぱなしの連絡通路用掃除道具を見た。
あ、私も片付けないと…
自分の箒と塵取りを持ってロッカーに向かう。
それを見たアンデイルさんがピンッと尻尾を張った。
「あっ!そうだライルさん聞いてくださいよ!人間の使ってる箒なんか変なんすよ!」
「箒?」
またその話?
私の箒を指差すアンデイルさん。
別に変じゃないよ。私はちゃんと倉庫から持って来たやつ使ってるだけだよ。
「ほらこれ!うちの倉庫にある箒と違う」
「あ、ちょっとアンデイルさん」
私から箒を取ってライルさんとルンバさんに見せた。
「なんだこれ。どっから持って来た?」
「倉庫ですよ。一本壊しちゃってド叱られた後に自分で直したんです」
「…こんな箒うちにあったか?」
「あったから持ってるんですよ」
アンデイルさんから箒を受け取り、まじまじと見るライルさん。
「なんか黒いな。それに細い。柄も他の箒に比べて綺麗で真っ直ぐだ。うちの箒の柄は大体ひん曲がってるんだが」
「あー…そういえば最初の方は曲がってた気がします。でも使ってるうちになんか真っ直ぐになりました」
普通だったらあり得ないけど…ここ異世界だし?魔法とか当たり前の世界だし?
そういうこともあるのかなってあんまり深く考えてなかった。
でも確かに一度折れた柄を無理やりくっつけた割にはだいぶ使いやすい形になった気がする。
「形が変わったってのか?」
「はい」
「んなことあるわけねぇだろ」
あ、そうなの?そこは現実的なの?
「私はただ毎日これで掃除してるだけです」
何も変わったことはしていない。それは事実だ。
汚したわけでも壊したわけでもないんだから別にいいでしょ。
「ルンバ、その箒に生体反応か魔力反応ってあるか?」
「生体反応?」
ライルさんが私の箒をルンバさんに差し出す。
生体反応なんてあるわけないじゃん。箒だよ?
「スキャンしてみましょうか」
ルンバさんの左目が機械的な音を立てて光る。
スキャンとかできるんだ。
「んー普通の箒みたいですけど」
「へぇ…不思議なこともあるもんだな」
ルンバさんから箒を返してもらう。
触り慣れた細い柄。私の相棒である。
ピピピ
ん?
途端、ルンバさんの方からそんな音が聞こえた。
「どうしたルンバ」
「いや…なんだろ。勝手にスキャンが反応した。故障かな」
「メンテしておけよ」
「…はい」
さあ片付けて寝よーっと。
「………」




