伝説①
「ただいま戻りましたー」
「戻りましたー」
連絡通路の掃除を終え、アンデイルさんと2人並んで事務所に戻る。
2人だったのにいつもより時間がかかった。
「遅かったな」
「おかえりヨシダちゃん」
「あれ?ルンバさんまだ残ってたんですか?」
いつもは仕事を終えたらさっさと帰ってしまうのに。勤務終わりに会うなんて珍しい。
「ヨシダちゃんと食堂行こうと思って」
「え?」
「ダメっすよルンバさん。今日はオレが人間にご飯奢る約束してるんで」
アンデイルさんが今までの態度のお詫びということで食堂でご飯をご馳走してくれるらしい。
食堂とは、ここら一帯に集まるいろんな会社に勤めている人達専用の料理店みたいなもの。
私がよく掃除しているのがここだ。
奢ってくれるなんて太っ腹〜!
「は…どういうこと?なんでアンデとヨシダちゃんが仲良くなってんの?」
「それは…まあ色々ありまして」
「オレら同盟関係なんすよ」
そう得意気に言ったアンデイルさんの尻尾が私に巻き付いてきた。
ふ、ふわっふわだぁ…
「ヨシダちゃん…君っていう人間は…なんでそうも軽いのかな?」
「え」
「ついこの前俺と仲睦まじーくなったばかりだというのに?もう次に手を出してるのかい?」
怪し気に微笑むルンバさん。目が笑ってない。
「あのぉ…」
「こっちにおいでヨシダちゃん」
い、行きたくなーい。
よく分からないけど行きたくなさすぎるー。
「今日はオレが人間と約束したんすから横入りはダメっすよルンバさん」
「黙れ犬っころ」
「なっ狼っす!!」
「ほらヨシダちゃん、そいつ狼だって言ってるよ?男はみんな狼だから危険だよ。こっちにおいで」
え、ルンバさん男じゃないの?
「俺は大丈夫だよー機械だから」
「半分は男じゃないすか!」
だよね。
ギャーギャー口論を始めるサイボーグと狼。
なかなかに珍しい光景。
仲が悪いわけではないと思っていたけど…あまり喋っているところを見たことはなかった。
それを横目に見ていたライルさんがボソリと呟く。
「事務所が騒がしいなんて…珍しいこともあるんだな」
「え?」
「…お前のせいだよ」
「え、なんですかそれ」
“せい”という割にはなんだか温かい表情をしている気がした。
「それより、ちゃんとアンデイルと打ち解けたみたいだな」
「え?」
私の隣に立つライルさん。
相変わらず言い合っている2人を見たまま言った。
「同僚間の関係性改善も、より良い職場づくりには必要不可欠だからな」
一瞬私に視線を移してニッと口角を上げた。
「もしかして…わざとアンデイルさんと私をペアにしたんですか?」
「んー…白状すると、あのお堅いサイボーグにあそこまで懐かれたお前が、気性の荒いアンデイル相手にどう出るか興味があったんだ」
「なっ…しくまれたっ」
「結果、見事アンデイルも手懐けたか」
手懐けたって犬じゃないんだから。
狼だけど。
今回は私…というか、むしろアンデイルさんの方から打ち解けてくれた。
豆知識にあんなに喜んでもらえるとは思わなかったし、魔法が使えないという共通点が大きかったのかもしれない。
「お見事。褒美に俺が飯奢ってやる」
「へ?」
ライルさんが私の頭の上に肘を置いた。
思わぬ言葉に私の素っ頓狂な声が響いた。
「行くぞ」
「え、でもあの2人は…」
「ほっときゃ落ち着くだろ」
「えぇ…」
in食堂
「な、なんだこのメニューは…」
《イカ墨ドラゴンステーキ》
《ハゲルトンと妖精草のムニエル》
《ハゲルトンの衣揚げ》
《ハゲルトンと人肉のスープ》
etc.
めっちゃ“ハゲルトン”推してくる…
というか…え。見間違いじゃないよね…。
じ、人肉とかあるんだけど…
他種族と共存してるとこういうことあるの?
同族が当然のように食材になってんの…きっっつ!
メニュー表を唖然と見つめる。
だが…ここで腰を抜かして驚いてはいけない。
なぜならこのメニューはこの世界では極一般的。この世界の者であれば受け入れられて当然なのだ。
他種族が共存していれば同族が食べられることもあるだろうよ…。
私達だって当然のように同じ地球に生きる鶏やら牛やらを食べてきたじゃないか。それと同じだと思おう。この世界の“普通”に染まること。私に常々求められている。
「なんでも食え」
「あ、ありがとうございます」
そう言われてもなぁ…
「お前は痩せすぎだ。ちゃんと飯食ってんのか」
「あー…食べられそうな日は」
「…は?なんだそれ。そうじゃない日は?」
「いやぁ…」
「は?食ってないのか…?」
「えーと…お金がなくて」
「……」
…。
「て、てへ」
「てへじゃねぇよ馬鹿野郎!ただでさえ弱いんだから体力くらい付けとけボケ!」
「ひぃぃ!」
「ホームレスの次は乞食か!そんな奴を雇ってるなんて思われたら俺が恥かくだろうがよ!」
「クビだけはやめてくださいいぃぃ!」
「だったら食え!」
「食いますぅぅ!」
ーー
ドン
「え」
「ハゲルトンだ。知ってんだろ」
「わ、わぁ…ハゲルトンだあ…」
知らんよ。初耳よ。何そのダサい名前。
残飯で貰えるのは基本パンだけだったから。
見た目はただのお肉だけど…何の肉?
得体の知れないものを口に入れるほどは飢えてないからっ。今のところ禿げてそうだな程度の情報しかないよそれ。
「お前も食え」
「いやぁ…私はパンでいいですよ…」
「良質なタンパク源だ。食え」
「私三度の飯よりパンが好きなんで」
「結局飯じゃねぇか。切ってやるよ」
「けっ結構です!」
「お前箒より脆くなるぞ」
それは嫌だけど…でもなぁ…
私を無視して素早く切り分けるライルさん。
「はい」
げ。
「に、人間はハゲルトンあんま食べないっていうか…その…」
「あ?ハゲルトンは例外なく全種族が食べられる唯一の食材だろうが」
「え、そうなの?じゃなくて!もちろんそうですけどね!知ってますけどね!」
「はい」
「ひぃ」
…って…ん?
これ?これハゲルトン?
え、これって……
「ぶ、豚肉…」
「なに?」
「いや…え、これがハゲルトン?」
「は?見るからにそうだろ。良質な肉だ」
どっからどう見ても…豚肉…だよね。
匂いも豚肉なんだが…。
「食え」
「…は、はい」
これなら食べられそう…
ライルさんの圧すごいし…
「…いただきます」
ちょっと抵抗を感じつつ、恐る恐る口に入れてみた。
食べ慣れた食感、食べ慣れた味…
「これ…豚肉ですよね」
「ぶた?なんだそれは」
え、この世界豚存在しないの?
獣人族はいるのに?あ…でも確かに豚獣人って見たことないかも。どういう基準なんだ?
イカはイカなのに豚はハゲルトンなの?
なんっなのよこの世界。
「美味いか?」
「は、はい!とっても」
「だろ?」
この世界のことは未だよくわからないが…
「落ち着いて食えよ。逃げやしない」
「ふぁい」
「…ふは、馬鹿面」
冷めてないご飯は美味しいということは、どの世界でも変わりないようだ。
「ハゲルトンの言い伝え知ってるか?」
がっつく私を見て不意にライルさんが呟いた。
言い伝え?伝説的な?
知らないよ。今の私は食べることに忙しい。
「ただの豚じゃないですか、興味ないです」
「まあ聞けよ。歴史の勉強だ」
えー…話したいのかな。
珍しく前のめりなライルさん。
私の返答を待つことなく喋り出す。
「昔、まだここが4つの国に分かれていない頃、外界から別世界の種族が迷い込んだんだ。ピンク色の不思議な動物を連れた、不思議な力を持つ異世界の種族だった」
はあ…ありがちな話ですね。
…ん?外界?異世界…?
え、それって…
「それで!?」
「うお、興味ないんじゃないのかよ」
「あります!超あります!」
異世界から迷い込む…
私と同じ!!
「あ、そう。まあそれで…その外界人が作物も育たない飢餓状態だったこの国を不思議な力で救ったんだ。魔法でも術でもない、その外界人が使った力は知識というものだった。穀物の育て方、水の運び方、川や海を生き返らせる方法。世界はみるみる潤っていった」
知識…。
この世界で一番知識を持つ種族といえば…人間。
「やがて時が経ち、外界人は自分の世界へ帰る時が来た。そしてその外界人が最後の贈り物としてこの世界に残したのが、自分の連れていたピンクの動物、ハゲルトンだったんだ」
ここでハゲルトンか。
…要するに豚を連れた人が知識で世界を助けて、豚を置いてったってことね。
え、そのありがたーい豚を食べたってこと?
「外界人が残した言葉は、この世は諸行無常。全ては変化し、やがて消滅していく。命をいただき命を受け継ぐ。それが生きとし生けるものの定め」
え……ばりっばり仏教じゃん。
お坊さんが法事の時に話してくれるありがたいお話じゃん。
「その外界人はみんなからハゲと呼ばれていたから、そこから名前を取ってハゲルトンになったんだ」
いやハゲって…名前じゃなくて悪口では?
その人…多分だけどお坊さんでは?
「それから残った者達が大切にハゲルトンを育て、こうして全ての種族が食べられる唯一の食材として広まったと言われている」
「へぇ…」
ハゲルトンのトンは豚ってことねぇ。
もしこの話が本当だったら…その大昔にこの世界に訪れたという外界人は、私同様転生者だったのかな。
「その話は伝説なんですか?実際に存在した記録とかないんですか?」
「さあな。なにしろ大昔の話だからなぁ。まあ外界人に関する伝説は他にもいくつかあるけど」
「教えてください!」
「気になるのか?」
「え、えぇまあ…ロマンがあるので…」
私の濁った返答に、少し目を開いて大きく頷いたライルさん。
「わかった。来い」
「え?あ、はい!」




