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プロローグ






 人生とは偶然の連鎖である。


 運命やら奇跡やらそれっぽい言葉に言い換えるロマンチストもいるが。


それは偶然が招いた最終的な結末が“良いもの”でなければ似合わない言葉だと思う。



 これから語られる物語が、そんな綺麗な言葉が似合う結末になるかどうかは分からない。


ですからどうか見届けていただきたい。


 果たしてこの“偶然”が成す物語にどんな結末が待っているのか。



 もちろんこれらは全てフィクションである。






「ふぃ…フィクションだ……」



ガタゴトと何かに突っかかりながらぎこちなく開くエレベーターの扉。

その向こうに広がる景色は決して見慣れたものではなかった。


視界から流れ込んでくる思考が追いつけない程の情報量。



「あー…私死んだのか」



多分、そうだ。

でなければこの状況に説明がつかない。

もしくは夢。


とにかく、非現実だったのだ。




ーー




「遅い遅い遅い!今日は3件だと言ったはずだ!」

「すっすみませんでしたぁ!」


ガバチョ

と、勢いよく頭を下げれば高い位置で結んでいた自分の髪に顔面を打たれる。


未だ着慣れないグレーの作業着。

裾が黒ずんでいるのは立派に仕事を成し遂げた証なのだが…



ギュインと緑の目を吊り上げて般若の如く私を見下ろすエルフ。

褐色の肌に尖った耳、黒く癖のない長い髪を一つに結んでいる。


綺麗な花には棘があると言うが、このエルフはそんな程度のものではない。

たまたま綺麗な皮を被っていただけの鬼なのだ。他人であればまだ綺麗だと思えただろうが…。

人は見かけじゃないんだなぁと改めて実感した。私の成長である。



「俺は昼までには通路の掃除を終わらせろと言ったよなぁ?午後からは白の広場と青の港の掃除があるから確実に終わらせるよう念を押したよなぁ」

「…は、はい」

「今何時だ」

「…16時です」

「今の今まで何してた?」

「れ、連絡通路の掃除を…」


がっしゃーん

と、バケツを落とす褐色のエルフ。

ビクゥッと身体を使って驚く人間。


「バッキャロォォ!!」

「ひぃぃぃ!」

「朝から今までずっと連絡通路だけを掃除してたってのかぁ!?んなわけねぇだろ!どんだけ時間かかってんだよ!どうせサボってたんだろ!こんのボンクラァ!」


ドンと机を叩く。

その無駄に綺麗な緑の目に睨まれた暁には体の芯まで凍る。



だがしかしっ

事実と異なる言いがかりはやめていただきたいっ!

私は自分の責務を全うしたのみである!


「サボってなんかないですっ!マジガチ超絶本気度100パーで掃除してました!」

「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇ!」

「本当なんですライルさん!ピッカピカにしないと気が済まないんです!!」


サボっていたわけではない。

それだけは本当だ。それだけは信じてもらわねば困る。

同じ“怒られる”でも、内容によっては私のカスみたいな自尊心を保護できる場合もある。



だがそれ以上言い訳をする前に、伸びてきた褐色の腕が私の首根っこを捕まえた。


「遺言はそれでいいんだな?」

「い、今すぐ2件掃除してきまーす…」


ボトンと床に落とされる。

このエルフは人の扱い方を知らない。


「終わるまで戻ってくるなよ!人間!」

「はっはいぃぃ!!」



これ以上ないくらいのパワハラを受けてます。

起訴〜起訴起訴〜

起訴案件〜


チラリと上司を見ると緑の目を逆さにして私を睨みつけている。

首がもがれる前にと、大袈裟な音を立てて部屋を出た。




耳の尖った緑の目の美青年なんて現実世界には存在しない。

だが事実、私はその人に叱られている。

なぜならここが非現実世界であるから。


異世界転生とやらである。



この世界は私が18年間地味に生きてきた世界とは違う世界。

いわゆる異世界と呼ばれる非現実的な世界線である。


2ヶ月ほど前、ひょんなことから私はこの世界に迷い込んでしまった。


異世界転生なんて100%フィクションの捏造物語だと思っていたが、何の前触れもなく転生できてしまったことを考えると、現実世界で異世界ファンタジーが流行っていたのは誰かの実体験だったからなのかもしれない。



私が転生したのは4つの国と外界からなる広い世界。


白の国 イーデア

青の国 シプトピア

赤の国 メラオニア

黒の国 ブラトフォリス


そして、外界と呼ばれるその他の世界。


横文字が苦手な日本人の私にとって、この四つの国の名前は記憶するには優しくない。



この世界では数多の種族が共存している。

エルフやら魔法使いやら妖精やら動物やら。

まるでお伽話の登場人物のような非人間があちこちに。


魔法は当たり前に存在するし、どういうわけか日本語でも話ができる。

異世界とやらの可能性は無限大で、兎にも角にも私にとっては非現実的な世界だ。



慣れない異世界での生活。


だが異世界異世界と言えど、今の私にとってはこの世界が現実であることに間違いはない。

ブーブー言ったところで元の世界には戻れるわけでもないし、特に世界線にこだわりもないのでここで生きていくことにした。


学校に通い、大人になり、社会人になって歳をとっていくだけの前の世界での生活に比べれば、ここには驚きと発見がわんさかある。


事実私自身、毎日の生活には心躍らされる日々なのだ。



だがしかし。


わ〜綺麗な世界〜などと言っているだけでは野垂れ死ぬ。

なぜならここが今の私にとっての現実世界であり、空想や妄想とは異なるからだ。


怪我だってするし、寒さ暑さも感じるし、お腹は空くし、ポックリ死ねてしまう。

つまり私はこの世界の住人として生活を営まなければならない。



生活に欠かせない!衣!食!住!

そしてそれらを確保するために必要なものはそう!お金である!


お金がなければ何もできない!

それはどんな世界線でも共通しているらしい。

そしてお金を得るためには労働!それも共通事項!


というわけで、私は先ほどの鬼上司のもとでアルバイトをしているのである。




保険や法律に守られて子供だからという理由で不自由なく暮らせてきた前の世界とは違う。

ここで生きていくために必要なのは自分の力。

同情して手を差し伸べてくれる優しい日本人はここにはいない。


そういう危機感が私をたった2ヶ月で成長させたのだ!!


そう!イェス!私!やればできる子!


何もかも自分でやらなければならないこの生活に私は生きがいを見つけたのだ。

己が成長しているのを実感することはとても有意義で素晴らしいことだ。



というわけで私、吉田(18歳)はこの世界で人間の雌として生きている!



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