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第四話 戸惑いの入り口

 鐵工所を出ると、凸守は路上駐車していた車を見て足を止めた。


「チッ!」


 舌打ちした理由は、フロントガラスに駐車禁止の切符が貼られていたからだ。


 言うな。


 凸守は口を歪め、指でおでこを突いた。


《なんだよ。何も言ってねえだろうが》


 嘘つけ、言わんこっちゃないって言うつもりだっただろう。


《お前はどう思ってんだよ》


 やはり車を隠しておくんだ……。


 前頭葉からカラカラと笑う声が聞こえて来た。


 すぐに戻って来るつもりだったため、路上駐車していたのだ。それにこの辺りは鐵工所以外に建物と呼べるものは、民家が三軒ほどある程度。だから大丈夫だろうとタカをくくっていたのだ。が、見事にアテが外れたらしい。それとも運悪く駐禁取り締まりの強化月間にぶち当たってしまったのか。とにかく見逃してはくれなかったようだ。


 と、その時、「フン!」と鼻を鳴らす音が聞こえた。


 振り返ると、少し離れた民家の前に、つっかけにエプロン、手にはチリトリとホウキを持った姿の中年女がいる。ちょうど踵を返して、自宅に入ろうとしていたところだった。

 女はドアの中にまん丸の体を滑り込ませた後、こちらを一瞥する。凸守と目が合うと、ギョッとしたような表情を浮かべ、そそくさとドアの向こうへと変えていった。


 なるほど、あのオバさんが通報したというわけか。


《完全に怪しげな親父だと思われたな》


 まあ、普段は鐵工所の人間くらいしか行き来しない道路だろうからな。見知らぬ車があれば、住人としては警戒せざるを得ないんだろう。


 凸守はフロントガラスに貼られた駐禁切符を乱暴にはがして丸めると、上着のポケットにねじ込んだ。


 運転席に座ると、外気に温められた車内の空気が体にまとわりつく。その不快さに顔をしかめた。


 窓を全開にする。

 充満した暑い空気をある程度逃してやらないと、このボロ車のエアコンではいつまで経っても涼しくならないからだ。


 助手席に放り投げていたスキレットを拾って口に運ぶ。


 ここに来る途中、依頼人の小鳥から受け取った前金で買ったウイスキーを入れておいたのだ。

 喉から食道、それから胃にアルコールが走り抜け、焼けるような感覚が頭をスッキリさせた。


 やはり二日酔いには迎え酒が効く。

 

 エアコンのスイッチを入れると、カビ臭い風が吹きつけくる。

 車内が冷えるまでは、もう少しかかりそうだ。

 その間を利用して、鐵工所で聞いた話を整理しておくことにした。


 ポイントは、全部で三つだ。


 一つ目。

 佐藤は真面目で、今まで無断欠勤などしたことがない。だから姿を消す理由にも心当たりはない。これは小鳥の証言を裏付けるものだ。

 ということは、佐藤が消えた理由は結婚詐欺といった類ではないと考えていいだろう。


 二つ目。

 子供のころの記憶を失っている──というより、世間ズレしているといった印象だ。いずれにしても、どこかで隔離されていたか、それともわからないフリをしている?


 そして三つ目。

 どうやら佐藤は、自分の眷属との契約を解消したがっている節がある。


 社長の梶だけでなく、他の従業員にも話を聞いた結果、全員が概ね同じ内容のことを言っていた。だからこの三つに関しては、ほぼ事実だと考えて問題ないだろう。


《引っかかるのは、やはり三つ目だろうな》


 前頭葉の意見に、凸守はうなずいた。


 多少の個人差はあるものの、十五歳前後に眷属と契約することになる。

 これは『固有眷属』と言って、一生モノだ。

 契約を解除することはおろか、他の眷属と交換することさえもできない。


 前頭葉曰く《迷惑なこったな》とのことだ。


 それは眷属としての立場でか、それとも契約者側の意見を代弁したのか──凸守はあえて深く突っ込むのはやめておいた。


 とにかく、世間ズレをしている佐藤がそのことを知らなかったとしても不思議ではない。だとしても、どうしてわざわざ固有眷属との契約を解除したがっているのかという疑問は依然として残ったままだ。


 確か佐藤の眷属は「火属性」だったはず。


 火、水、風、土、雷は「基本属性」と呼ばれ、この属性の眷属は非常に扱いやすい。

 就職するのにも困らないと言われている。

 現に佐藤は「火属性」の眷属と契約していたからこそ、鐵工所で働くことができたわけだ。


 神さまが設計ミスをした人間──


 佐藤が言っていたという言葉と、何か関係があるのだろうか?


 ここで考えていても答えは出ない。

 凸守はもう一度スキレットをあおると、車のアクセルを踏み込んだ。タイヤが甲高い音を鳴らして、車は勢い良く走り出すのだった。


 次の目的地は、迷うことなくすぐに見つけることができた。

 現在佐藤が勤めている鐵工所からそれほど離れていなかったからだ。だが、凸守は眉根を寄せざるを得なかった。


 そこは魚介類を扱う卸業者だったからだ。


 あちこちで従業員たちが手から出した水を水槽に注ぎ込んでいる姿が見える。

 なみなみと水が注がれた水槽には、次々と魚が放り込まれていく。

 コンクリートの床は水浸しになっていて、長靴にエプロン。それからゴム手袋をつけた従業員たちもみな、ずぶ濡れなって働いているのだった。


 火属性の眷属と契約している佐藤にとって、もっとも不向きな会社だと言えるだろう。


 もしかして焼いたり炊いたりといった加工を担当していたのか?


 ざっと会社の中を見る限り、そのような場所は見当たらない。


 では、火属性の眷属と契約した佐藤は、ここでどのようにして働いていたのだろうか。


 凸守の疑問は、予想だにしていなかった事実によって解決するのだった。


 責任者から面接の時に預かっていたステータスのコピーを見せてもらった。


・氏名 佐藤一郎

・年齢 二十三


 名前の横にある写真は、凸守が知る佐藤だ。年齢が三歳若いだけで、小鳥から見せられたステータスと同じだ。


 凸守だけでなく、前頭葉の辺りでも息を呑むのがわかった。


・眷属 ()()() 分水梁(ぶんすいりょう)

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