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回想 その一

「チッ、どこが締まりがいいんだよ。騙しやがって!」


 男はズボンのチャックを上げる。

 でっぷりと肥えた腹が邪魔をして、苦戦しているようだ。

 どうにかズボンを履き終えると、くたびれた財布から札を三枚取り出しベッドを見る。


 そこには、支柱に手錠をかけられた痩せ細った少年がいるのだった。うつ伏せになっていて、ピクリとも動かない。


 男は軽蔑を含んだ眼差しを向ける。


「『名器』って聞いてたが、話とはずいぶん違ったからな」


 フン、と鼻を鳴らすと、男は二枚をベッドに放り投げた。一枚は財布に戻す。


「親父に言っとけ。今度お前みたいな『ガバガバ』を寄越しやがったら、タダじゃ済まないってな!」


 うつ伏せで横たわっていた男は、靄がかかる頭で、ドアが乱暴に閉められるのを聞いていた。


 散々掘りやがったクセに、何言ってやがるんだ!


 枯れ枝のような両腕で支えながら、どうにか体を起こす。

 尻から垂れてくる不快な体液を、ティッシュとは名ばかりの硬い紙で拭った。


 ふとベッド脇の壁に取り付けられた、ヒビが入った鏡を見る。

 そこには瞼が腫れ、唇が裂けた負け犬の顔があった。アバラには骨が浮き出ていて、あちこちにはタバコの火傷や打ち身のアザがある。


 負け犬。


 鏡に映る顔には、そう書いてある気がした。


 この世界に生まれた者は、母親の子宮から出る瞬間に「眷属(けんぞく)」と呼ばれる神の使いとやらと契約しなければならない。


 それは一生を左右するギャンブルだ。


 光属性の眷属と契約できれば、一生食うのには困らないと言われている。回復(ヒール)系の能力を持っている場合が多いからだ。

 ただしほとんどの者は、火、水、土、風、土の基本五属性と呼ばれる眷属と契約することになる。基本五属性は汎用性が高い分、一般職に就くには困らないものの、飛び抜けて裕福になれるかと言うと難しい。

 中には基本五属性の眷属を徹底的に鍛え上げ、平均以上の能力を手に入れる者もいるらしいし、二体目の眷属と契約できる者も存在する。が、そんなのは天賦の才に恵まれた一握りの人間だけが許された芸当だ。


 つまり運か才能、もしくはその両方がない限り、ほとんどの者は平凡な人生を送ることになる。


 では、闇属性の眷属と契約した奴は?


 隠す、奪う、葬る──といった能力に、一体どんな需要があるというのだ。

 戦争をしていたころなら重宝されたらしいが、平和に溺れたこの国では、単なる嫌われ者でしかない。

 噂によると、意図的に二体目の眷属と契約することができる方法が開発されたと聞いたが、眉唾ものだ。仮に可能だとしても、どうせ莫大な金が必要になるだろう。


 なんにせよ、息子を男娼として売り飛ばすような親の元で、しかも闇属性の眷属と契約して生まれてしまった者は、もはや「人生詰んだ」わけだ。


 少年の物思いから覚ますように、ドアがノックされた。


 また客を取ったのか。

 あのクソ親父め!


 悪態をついてみたものの、少年に拒否することはできない。

 手錠が彼の自由を奪っているからだ。


 ベッドを素早く整える。

 あちこちに散らばっているティッシュを拾ってゴミ箱に放り込む。


 次はどんな変態親父だ。

 まあ、俺には関係ないけれど。


 闇属性の眷属と契約して生まれて唯一良かったと思うことは、自分の頭の中に靄をかけられることだ。


 黒紫色の靄が頭の中に広がり、その間の記憶はまるでない。


 だから「ナニ」を咥えさせられていようが、突っ込まれようがわからないのだ。終わった後の口や尻に残る体液や縮れた毛の処理は、今だに慣れないけれど。


「どうぞ」


 そう言うと、ドアはゆっくりと開けられる。


 珍しいな、と少年は思った。


 大抵は「いつまで待たせるんだ!」と、蹴破らんばかりに男が入って来る。そして有無を言わさず突っ込んでくる輩もいるのだ。


 少年は目を見開いた。


 やって来たのは女だったからだ。


 いや、自分とほとんど年齢の変わらない少女だ。

 野球帽をかぶり、スタジャンを着ている。両手は上着のポケットの中だ。

 少女はスニーカーを履いた足でツカツカと部屋に入って来ると、ベッドに座る少年を見下ろした。


「君、名前は?」


「は? な、なんでそんなことを聞くんだ」


「ダメなの?」


「ダメじゃないけど──親父がよく通したな」


「親父? ああ、階下(した)にいたオッサン、アレ、君のお父さんなんだ」


 少女はドアの方へと視線を向け、すぐに振り返って肩をすくめた。


「『あのガキ! どうやって逃げやがったんだ!』って言って、慌てて出て行ったけど。君が逃げたと思ったんじゃない」


「まさか……」


 手錠をかけられているため、逃げようがない。


 少年の考えがわかったのか、少女は血色のいい唇を持ち上げた。


「クスリでもやってんじゃないの。幻覚を見てるみたいで、目がぶっ飛んでたよ。君のお父さん」


 父親は確かにまともではなかったが、クスリには手を出していないはずだ。そもそも金づるである少年を残して、いなくなるとは考えられなかった。


「まさか君が……」


「そんことよりさ」


 少女は少年の隣に腰を下ろす。


「ステータスを見せてよ。私、人を探してるんだ」


 さあ、という感じで少女の目に促されるように、少年は手錠に繋がれていない方の手を宙にかざす。


 そこに半透明の板が現れ、文字が浮かび上がるのだった。



・氏名 凸守(でこもり)龍太郎(りゅうたろう)

・年齢 十七

・眷属 闇属性 黒鶫(くろつぐみ)



「へえ。闇属性なんだ」


 少女は楽しげにそう言うと、少年と同じように手のひらを空中に向けた。



・氏名 斉藤羊(さいとうよう)

・年齢 十七

・眷属 闇属性 百舌鳥(もず)



 少女はニッコリと笑った。少年はドキリとする。


「初めまして。リュウちゃん」


 少女は、とてもいい匂いがした。

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