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第十五話 神威属性の秘密

 栗花落の体は漆黒の炎に包まれる。


 一瞬にして事務所の中は、人肉が焼かれるなんとも言えない不快な臭いに包まれるのだった。


 男はニタリと頬を持ち上げている。

 してやったり──表情がそう言っていた。


「どうでしょう。生きたまま焼かれる気分は。なかなか経験できることでは──!」


「よくしゃべる奴だな」


 燃え盛る炎に全身を焼かれているにも関わらず、栗花落はまるで怯む様子はなかった。


 男は目を見開く。


「なんという精神力でしょう。貴方、素人じゃなさそうですね」


「ああ、正義の味方だ──しばらく眠ってろ!」


 右手に帯びた電流を叩き込むべく、大きく振りかぶる。


 次の瞬間──


 目の前で起きた現象について、凸守は自分は何が起こったのか、しばらく理解することができなかった。

 陳腐な表現をするのなら、夢を見てるいるような、といったことになるのかもしれない。

 小鳥も同じ気持ちだったのだろう。背後で「え!?」とつぶやくような声が漏れ聞こえてきた。


 凸守たちがそれほど驚いた理由は、目の前にいたはずの栗花落が()()()しまったからだ。


 マジシャンが手の中のコインを消すように、まさに一瞬の出来事だった。

 いや、これがマジックなら、コインは観客の視界から見えなくなる瞬間があるはずだ。手や布、あるいはカップなどで覆い隠され、「ワン、ツー、スリー」の合図でそれらをどかすと、コインは消失している、といった具合だ。


 ところが──今回は違う。


 凸守たちが見ている目の前で、栗花落の身体は忽然として消えてしまったのだ。


 が、不可解な出来事はそれだけではない。


 ドカン!


 何かが激しくぶつかる音。慌てて振り返る。と、床に倒れている栗花落が。


 先ほどの音は、壁に激突した時のものだったわけだ。


《一体何が起こってんだよ!》


 前頭葉の悲痛とも言えるような言葉は、そこにいる凸守や小鳥の心境を端的に表現していた。

 それは栗花落も同様のようだ。

 何が起こったのかわからないといった様子で、眼鏡のレンズの奥の目が所在なさげに揺れている。だがそれはほんの数秒のことで、すぐにヨロヨロと立ち上がるのだった。

 もちろん全身には例の炎が依然として燃え盛っている。

 あれだけ激しく壁に激突したにも関わらず、火力には衰える様子がまるでない。

 不可思議な事象も相まって、普通ならとてもではないが、このまま逃げ出してもおかしくはなかっただろう。

 にも関わらず、怖気付くどころか、栗花落はむしろ俄然やる気になっているようだ。


「ナメやがって!」


 ツユさん! と、凸守は駆け寄る。


「神威属性 八岐大蛇! 水属性 白鳥を呼び出せ!」


 大量の水が栗花落の頭から降り注ぐ。


 水が蒸発する時に出る水蒸気で周りに靄がかかるが、それはすぐに消えて視界がクリアになる。その時にはきっと炎は消えているはず、そう信じて疑わなかったのだが……。


「な、なぜだ……」


 凸守は目を剥く。

 何事もなかったかように、黒くて邪悪な炎は依然として燃え続けているからだ。


「水属性 琥珀鳥!」


 今度は小鳥が眷属を使う。

 右手から出した水を浴びせるが、消化できる兆しはない。


「無駄な努力ですねぇ」


 振り返ると、男が事務所の壁にもたれていた。

 余裕綽々といった感じだ。

 と、その時、凸守は違和感を覚えた。

 事務所のドアが、少し開いているのだ。

 単なる閉め忘れか、それとも退路を確保するために開けているか、あるいは──


 もしかして、誰かいるのか?


 凸守はドアの隙間にキラリと光る二つの目を見た気がした。ドアの隙間から、覗いたのかもしれない。

 だが、残念ながら今はそれを確認している余裕などなかった。


「ワタシの『神威属性 天照(あまてらす)』が創り出す炎は、対象物を燃やし尽くすまで消えないんですよ」


 小鳥が口に手を当てて息を呑んだ。


「神威属性って……あの高橋っておじさんと同じ眷属──」


 その言葉を聞いて、凸守の脳裏に光が射す。ふと見ると、栗花落が苦しげに唸り声を上げている。気丈に振る舞ってはいても、全身が燃やされているのだ。残された時間は少ない。


「これが神威属性の眷属が創り出した炎なら」


 一か八か、凸守は左手を出す。


「神威属性 八岐大蛇! 闇属性の眷属 闇御津羽神(くらみつはのかみ)を呼び出せ!」


 黒紫色の靄がかかった左手で炎に触れる。


「この邪悪な炎を消し去れ!」


 思った通り、盛大に燃えていた炎が消えてなくなるのだった。


「やはりそうか!」


「所長、これは一体……」


「高橋の神威属性の阿夜詩司が創った泥も、大蛇で呼び出した闇属性の眷属で消せたんだ。だからこれも、もしかしてと思ってな」


「すごい! さすがです!」


「神威属性 天照!」


 凸守と小鳥はハッと前方を見る。男がまた粘りつくような笑みを浮かべていた。


 そして再び嫌な臭いが鼻をつく。


「ぐわああああ!」


 消したはずなのに、栗花落の体が再び黒い炎に包まれているのだった。


「クソ! 神威属性 八岐大蛇! もう一度、闇属性の眷属、闇御津羽神(くらみつはのかみ)を呼び出せ!」


 ところが、凸守の左手には何も起こらない。


「なぜだ!?」


「残念ですね」


 男がゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。


「神威属性の眷属はのんびり屋さんでしてね。一度使うと、『六十六秒間は使用不可』なんですよ」


「そんなルールが……てことは、あと三十秒くらいか!」


 数秒がもどかしい。凸守が腕時計に目を落とす。


「そんな時間を与えると思いますか?」


 しまったと思った時には遅かった。

 男が目の前にいて、膝がモロに鳩尾(みぞおち)に入る。

 凸守は吐瀉物をぶちまけて床に倒れた。


 この男、格好だけではない。

 傭兵としてのスキルを持っているようだった。

 小鳥を見る。


「さて、お嬢さん。質問です」


 小鳥は後ずさる。


「こちらの男性が燃えるのを待ってから、探偵さんを殺しましょうか? それとも先に探偵さんを殺しましょうか? お好きな方を選んでください」


「こ、小鳥、逃げろ……」


 凸守が男の足にしがみつく。


「おやおや。まだ動けるようで」


 男は凸守の足を振り払う。


「痛めつけ足りなかったようで──おっと!」


 すんでのところで男は身をひるがえす。

 栗花落が電流を喰らわすために、右手を振り回していたのだ。


 が、最後の力を振り絞った攻撃は、残念ながら空振りに終わってしまった。


 男は体勢を立て直すと、ゆっくりと手を打つ。拍手をしているつもりなのだろう。


「素晴らしい! 貴方は尊敬に値しますよ。できればワタシたちのお仲間に迎えたいところです」


「こ、断る……」


 栗花落は膝から崩れ落ちる。

 常人ならとっくに動けなくなっていただろう。だが、さすがに限界ようだ。


 男は小鳥に向き直る。


「さて、お嬢さん。どうします? 殺してほしい方を選んでください」


「や、やめて……」


「はい?」


「デコ所長を殺さないでよ! それに天照を止めてよ!」


「それは無理な話で──」


 男はそこで言葉を止めた。


「なぜ、天照の炎が止まっているんです?」


 栗花落の体にまとわりついている黒い炎は、まるで画像を一旦停止したかのように、ピタリと止まっているのだった。


 男は小鳥を見る。


「お嬢さん。もしかして──ステータスオープン」


 小鳥の頭の上に、文字が浮かび上がる。



・氏名 小鳥遊小鳥

・年齢 二十四

・眷属 水属性 白琥珀鳥

・サブ眷属 ()()()() ()()


「素晴らしい! お嬢さんも『月詠(つくよみ)』を発現させたのですね!」


 男は声を上げた。

 初めて感情がこもっていた言葉だったような気がする。


「お嬢さん、ぜひワタシたちの仲間に──あれ?」


 凸守が男の頭を鷲掴みにしているのだった。


「闇属性 黒鶫。この男の記憶を霧の中に隠せ!」


 凸守が唱え終えると、男の目は虚になる。


「小鳥! 床のカーペットをめくれ!」


「え!? は、はい!」


 指示通りにすると、そこには一メートル四方の扉が現れる。開けるとそこには階段が伸びているのだった。


「逃げるぞ! 俺の黒鶫は一時的に相手の動きを止めるだけだ。すぐに復活する!」


 凸守と栗花落、そして小鳥は事務所から緊急退避するのだった。

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