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第十二話 闇御津羽神

神威(かむい)属性だと!?」


 体にまとわりつく土に身動きが取れない状態で、凸守は眉根を寄せた。

 つまり高橋もまた、佐藤と同じ属性の眷属と契約していることになるわけだ。


《ハッタリって可能性もある。取り乱すなよ》


 戻って来た黒鶫は、低く落ち着いた声でそう言った。おかげで凸守はいくぶん冷静さを取り戻すことができた。


「グヘヘ。びっくりしただろぉ」


 高橋はすでに勝ち誇ったように笑みを浮かべている。


「言っとくがぁ、『八咫烏(やたがらす)』にはぁ、まだまだいるんだぜぇ、神威属性の眷属と契約した者がよぉ」


「八咫烏? それがお前たちの組織の名前か?」


「そうだぜぇ」


 高橋は上目遣いに凸守を見る。

 今までのようなどこかおどけた調子ではなく、急に狂気じみた表情に変わったため、凸守の背筋に悪寒が走った。


「この世界には表と裏があるんだぁ。テメェらがぬくぬくと暮らしてるのが表ぇ。で、裏の世界にはそれはもうおぞましいことが巻き起こってるんだぁ。

 オイラたち『八咫烏(やたがらす)』は、そんな汚ねぇ世界をリセットするために集められたんだぁ」


 凸守は「フン」と鼻で笑う。


「ずいぶんと大風呂敷を広げたものだな。早い話、テロリスト集団ってことなんだろ?

 ご苦労なことだ。

 まあ、誘拐なんて馬鹿なことをする奴は、しょせんまとも思考回路なんて持ってるはずがないもんな」


「グヘヘ。好きに言えばいいさぁ。ところで探偵ぇ」


 高橋はリズミカルに体を揺らすと、凸守を見る。いかにも楽しげだ。


「お得意の黒鶫(くろつぐみ)で、無効化したらどうなんだぁ」


「なんだ。俺が抜け出すのを待っててくれたのか。意外と優しいんだな」


「ああ。できるもんならなぁ」


 黒鶫、頼む。


 ところが、反応がない。

 いや、正確に言えば微かに《ん?》と聞こえたので、凸守を無視したわけではないらしい。


 どうしたんだ。

 さっさとこの気持ち悪い土をどけてくれ。


《そうしたいところなんだが……さっきからやってるんだが、無効化できないんだ》


 なんだって!?


 凸守は体をよじるが、まとわりつく土が崩れる気配すらない。


「グヘヘ。無理に決まってるだろぉ。オイラの阿夜詩司(あやかし)は、水と土の属性から生まれた眷属だからなぁ」


「まさかそんな……」


「グヘヘ。探偵も佐藤もここで死ぬ。女は楽しんだから殺すぅ」


 尻餅をついて震えている佐藤のところへ歩き出す高橋の背中に、凸守は吐き捨てた。


「やっぱり阿呆だな」


 動きを止めた高橋は、首だけ回して凸守を見る。


「なんか言ったかぁ、探偵ぇ」


「その男の眷属が欲しいんだろ? だったら殺したらまずいんじゃないのか?」


 契約者が死んだ時点で眷属は消える。

 周知の事実だ。

 小学生でも知ってる。

 ところが高橋は「阿呆はお前だぁ、探偵ぇ」とたるんだ頬を揺らすのだった。


神威(かむい)属性の眷属はなぁ、契約者が死んだら一番近い人間と自動的に契約するんだぁ」


 凸守が黙ったまま、口を半開きにしている姿が高橋の自尊心を満たしたらしい。

 顎を上げて「グヘヘ」と笑い声を上げる。


「そんなことも知らねぇのに、デケェ口聞いてたのかよぉ。このボケナスがぁ!」

 

 言い終わるや否や、高橋は佐藤の頭を蹴り上げる。


「グフッ!」


 佐藤は血反吐を吐いて倒れる。

 次に高橋は、佐藤の髪の毛を鷲掴みにするのだった。


「さぁ、オイラが殺すか? それとも『聖水』を噛み砕いて自分で死ぬかぁ? 好きな方を選べぇ」


「せ、聖水?」


「なんだぁ。テメェ本当に何も知らねぇんだなぁ」


 高橋は佐藤の口を無理やり開けさせる。


「オレたち『天津神の子』はなぁ、奥歯の下にカプセルが埋め込まれてんだぁ。

 奥歯を強く噛み締めると、カプセルが割れて激薬が一瞬にして体内に回って死ねるんだぁ」


 振り上げた拳は、佐藤の顔面を捉える。

 佐藤の鼻から蛇口をひねったように血が吹き出すのだった。

 出血の量から見て、おそらく鼻骨が折れたのだろう。


 凸守は叫ぶ。


「佐藤! 何でもいい、眷属を発動させろ! でなきゃ本当に殺されるぞ」


 佐藤は震える手を高橋に向けるが、何も起こらない。


「グヘヘ。情報じゃあ、ちゃんとした訓練を受けてねぇんだろ? いざって時に眷属は働かねぇようだなぁ」


 再び拳を振り上げる──が、次の瞬間、高橋の頭に木の枝が振り下ろされる。木の枝は砕け散った。


 小鳥だ。


 拾った木の枝で高橋の頭を殴ったのだ。


「一郎さんから離れて!」


 高橋は髪の毛が薄くなった頭を撫でる。

 残念ながらダメージを与えるまでは至らなかったようだ。それどころか、怒りを買ってしまったらしい。


「泣かせるなぁ、お嬢ちゃん。

 婚約者のために自分が戦うってかぁ。

 いいぜぇ。殺す順番を変更してやるぅ。

 お望み通り、オメェから殺してやるよぉ。その前に、たっぷりとかわいがってやるからなぁ。感謝しろよぉ」


 小鳥は一瞬怯んだようだが、気丈にも手に持った木の枝を構える。


「一郎さんを殴るクソヤローなんか、私がやっつけてやるわ!」


「馬鹿! 逃げろ!」


 凸守は佐藤を見る。


「起きろ! 彼女を守るんだ!」


 凸守の言葉がどこまで効果があったかはわからない。ヨロヨロと立ち上がる佐藤。

 せめて小鳥を連れて逃げてくれればと思ったが、残念ながら目の焦点が合っていない。明らかに戦意喪失といった感じだった。


 クソ! 黒鶫、なんとかしてくれ!


《してるよ! でもコイツはダメだ!》


 凸守は必死にもがくが、体の自由を奪う土はビクともしない。


「離してよ、この変態!」


 視線を戻すと、小鳥はあえなく高橋に捕まってしまっていた。


「大人しくしてしてろぉ。婚約者の前でじっくりかわいがってやるからよぉ」


「クソ! 彼女に手を出す──」


 凸守は目を見開く。

 目の前に、顔面を血に染めて頬を腫らした佐藤がいたからだ。


「何をしてる!? 俺なんかどうでもいい。彼女を助けに行け!」


「僕では駄目みたいです」


「何を言ってる! 今彼女を救えるのは君だけだ!」


「僕が死ねば、八岐大蛇は一番近くにいる人に移動するんでしたよね?」


 佐藤が何をしようとしているのかがわかった。


「そんなものは奴のデタラメだ! 馬鹿なことを考えるな!」


「小鳥のこと、頼みます……」


「佐藤!」


 パチン、と何かが弾ける音が凸守の中耳に届いた。


 次の瞬間、眼前にいた佐藤の目から光が失われる。


 以前にも見たことがある目だ。

 凸守の脳裏に蘇る。

 妻の羊が拳銃で頭を撃ち抜いた時と同じ目をしていたのだ。


 死んだ──


 頭で考えるよりも早く、電気信号のように凸守の頭の中にその事実が思い浮かんだ。


 凸守を覆う土にもたれかかった佐藤は、力無く地面に倒れる。


「佐藤!」


 叫んでも応答はない。

 すでに事切れているのは疑いようもないことだった。


「何を騒いでるんだぁ。せっかくのお楽しみなのにぃ──」


 小鳥を押し倒していた高橋が立ち上がる。そして倒れている骸を見て、あんぐりと口を開けるのだった。


「死んじまったのか!? てことは!?」


「探してるものは、俺の中にある」


 高橋はハッと振り返ると、細い目をいっぱいに開いていた。

 自由になった凸守が、いつの間にか背後に回り込んでいたからだろう。


「た、探偵! どうやって抜け出しんだぁ!」


 体型に似合わず素早く後ろに飛び退くと、地面に触れる。


「泥属性 阿夜詩司(あやかし)! もう一回、探偵を泥まみれにしてやれ!」


 先ほどと同じように地面が盛り上がってくる。凸守の足を這い上がって来る。


「神威属性 八岐大蛇! 闇属性の闇御津羽神(くらみつはのかみ)を呼び出せ!」


「な、なにぃぃぃ!?」


 凸守は「左手」を振ると、体をよじ登ってきた土はいとも容易く消えてなくなるのだった。

 それはあたかも、体についた埃を取り除くように、だ。


「テ、テメェ! 勝手にオイラたちの神威属性の眷属を使うんじゃねえよ」


「さっきまでの余裕はなくなったようだな」


「う、うるせぇ! オイラをナメんなよぉ!」


 殴りかかってくる高橋。

 だが、その拳を交わすと、凸守は高橋の頭を右手でつかむ。


「黒鶫。この男の記憶を闇の中に隠せ!」


《あいよ》


 すると右手から湧いて出た黒紫色の靄は高橋の頭を包み込む。やがて高橋はその場に膝をつく。全身から力が抜け、虚な目はただ空を見つめているのだった。


「い、一郎さん……」


 小鳥が倒れている佐藤の横にしゃがみ込み、体を揺すっている。


「い、一郎さんってば! 起きてよ!」


 凸守が小鳥の華奢な肩に手をかけるが、すぐに振り払われてしまった。


「嫌! 嫌よ! こんなの嫌!」


 佐藤を抱きしめた小鳥はあたりをはばからず声を上げて泣き崩れるのだった……。

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