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第十一話 誤算 

 しゃがれた声の男が指定した場所は、この辺りではあまりお目にかかれないほどの大きな公園だった。

 凸守もここに来るのは初めてで、こんな公園があるのかと驚いたものだ。


 ただし、凸守の驚きは決してポジティブなものではない。


 滑り台やブランコなど、一通りの遊具はそろっている。中でも目を引くのは、公園内の中央にあるロケットを模したジャングルジムだ。高さはビルの二階建て程度だろうか、一際存在感を放っている。


 これだけなら、子供たちにとって良い遊び場になっていたかもしれない。


 ところが、実際にこの公園で遊ぶ子供はおろか、ウォーキングにいそしむ中高年すら見当たらなかったのは、一目で「問題あり」とわかるからだ。


 遊具は塗装が剥げ、赤錆が浮いている。どれもが今にも朽ちて崩れてしまいそうだ。おまけに周りが木々に囲まれているため、外から公園内を見ることができない。そのため防犯面を考えれば最悪だと言える。

 万が一、幼い子供が公園に連れ込まれても、中で何が起こっているのかがわからないからだ。


 中でも最悪なのは、本来なら青空が望めるはずなのに、見上げた頭の上には拘束道路が通っていることだろう。


 日当たりがすこぶる悪く、地面にはところどころに水が溜っている。頭の上からひっきりなしに車が通過する音がするので騒がしい。

 余った土地をなんとか利用しようと無理やり公園を作ったのか。それとも公園が作られた後に高速道路ができたのか──いずれにしても、子供連れの親としては足が遠のくのは無理はない。


 だからこそしゃがれた声の男は、この場所を選んだというわけだ。


「グヘヘ! 時間通りだなぁ、探偵さんよぉ」


 木々の間からずんぐりとした太った中年男が出て来た。

 電話の男だ。

 禿げ上がった頭には脂が浮いている。

 ライダースジャケットにジーパン、足元はブーツといった格好だ。どれもがはち切れんばかりで、もしも衣服がしゃべれるなら、「助けてくれ! 裂けちまう!」といった声が聞こえてきそうだな、と凸守は思った。


「一郎さん!」


 小鳥は手首のところで拘束されている。

 しゃがれた声の男に腕をつかまれて、こちらに駆け寄ろうにも身動きが取らないでいた。それがもどかしいのだろう。体をよじって逃れようとする。

 だが、すぐに小鳥の顔が苦痛に歪む。

 男が小鳥をつかむ手に力を入れたのだ。


「姉ちゃん、大人しくしないと腕に消えない傷ができるぜぇ」


 小鳥が大人しくなったのを満足げに見ると、再び凸守に向き直る。


「グヘヘ。じゃ、早速だが、そっちの兄ちゃんを渡してもらおうか。姉ちゃんと交換だ」


 凸守は素早く周囲を見回す。

 目視で確認する限り、仲間らしい人間は見当たらない。


 どこかに身を潜めているのか。それとも──


 男はまた肩を揺すった。


「グヘヘ、探偵さんよぉ。『まさか一人なのか!?』って顔してるなぁ」


「そうなのか?」


 素直に聞いてみた。

 これは決して答えを聞くためではなく、辺りの気配を探るための時間稼ぎのためだった。

 ところが、凸守の予想に反した答えが返ってくる。


「もちろん、オイラは一人だぜぇ」


 前頭葉から《ケッ!》という鼻を鳴らす音が聞こえた。いかにも憎々しいといった感じだ。


《人を拐うような卑怯な奴の言葉を真に受けるなよ》


 言わずもがなだ。

 手の内を見せるのは愚か者のすることだからな。


 そんな凸守と黒鶫の会話が聞こえたわけではないだろうが、男はたるんだ頬を揺らす。


「信じてねぇみてぇだなぁ。でも、本当なんだぜぇ。なあ、姉ちゃん。オイラは正真正銘、一人だよなぁ?」


「探偵さん、本当です! このオジさんだけなんです!」


《マジかよ!? だとすふと、ずいぶんとナメられたもんだな。それとも単なる馬鹿?》


 信じるなって言ったのはそっちだろ。


《じゃ、小鳥が嘘ついてるってことか?》


 気がつかないように、部下を配置させてるのかもな──そんな能力を持った眷属はいるのか? 


《思い当たる奴はいない》


 だとすると、本当に一人で来たってことか。だとすると、それはそれで面倒な話だな。


 単独でこの取り引きをやり抜けるという根拠があるのだろう。相当、自分の眷属に自信がある証拠だ。


 凸守は表情を引き締めて顎を引いた。


「ところでお前は何者だ。なぜ佐藤を狙う」


「オイラか? オイラは『高橋』だぁ。『八咫烏(やたがらす)』のメンバーだぁ」


「八咫烏?」


「おっといけねぇ、しゃべり過ぎたなぁ。『あの方』に叱られちまうなぁ」


 眉根を寄せる凸守を嘲笑うかのように、高橋と名乗った男は口に手を当てている。下手な芝居をしているところを見ると、わざとバラしたようだ。


 ある程度情報を与えたとしても、この場を乗り切れると考えているらしい。


「いけねぇいけねぇ。オイラは口が軽くていけねぇなぁ」


 おどけて体をくねらせている。ダンスをしているつもりらしい。

 だが、こちらだってなんの策もなく乗り込んで来たわけではないのだ。


 すぐにその馬鹿な考えを後悔させてやるからな、と凸守は表情を引き締めた。


「面倒な話は終わりだ。さっさと終わらせようじゃないか」


「賛成だなぁ」


 凸守はおもむろに佐藤の首根っこをつかむ。


「じゃ、取引だ。その子を返してもらおうか」


 佐藤は目を剥く。


「ちょ、ちょっと待ってください! 探偵さん! 話が違います! ここに探偵さんの仲間が来て、敵を倒してくれるんじゃ──」


「あれは嘘だ。そうでも言わなきゃ、君はここに来ないだろ?」


「そんな……」


「俺の依頼人は、あくまでも彼女なんだ。この業界は、依頼人を死なせたとなったら看板に傷がつくんでな」


「だからって、僕を売り飛ばすんですか!?」


「俺が受けた依頼は、婚約者である君を探すことだ。生死は問われてない」


「嫌だ嫌だ嫌だ!」


「みっともない真似はやめろ! 婚約者が助かるんだから本望だろ!」


「この人でなし! 訴えてやるからな!」


 凸守は抵抗する佐藤を引きずりなら前進して行く。チラリと前方をうかがうと、高橋までおよそ五メートルといったところか。


 ここから「仕掛け」を施した佐藤が全力で走れば、高橋に触れることは可能なはずだ。

 

 行くぞ。


 耳元でつぶやくと、緊張した面持ちでうなずく。同時に前頭葉から《あいよ》と返事が聞こえた。


 闇属性 黒鶫(くろつぐみ)──


「グヘヘ。探偵の眷属を兄ちゃんに『譲渡』して、オイラの動きを封じようってか?」


 凸守は目を見開く。


「た、探偵さん……作戦がバレてます……」


 高橋の言う通り、闇属性と光属性は他人に眷属を一時的に譲渡することが可能なのだ。

 つまり佐藤も黒鶫の能力が扱えるようになるというわけだ。


 ただしこの「譲渡」には、ルールがある。


 他人が凸守の眷属──つまり黒鶫を使えるのは六秒間だけだ。

 制限時間が過ぎると、黒鶫は自動的に凸守のところへと戻って来る。当然、佐藤は黒鶫の能力は使えない。


 だからできる限り高橋に近づきたかったというわけだ。


「走れ!」


 こちらの作戦を知られたからといって、やることは変わらない。

 黒鶫を譲渡された佐藤が触れてしまえば、高橋の脳は靄に包まれ、行動不能になるからだ。


 凸守は佐藤の背中を押す。


「は、はい!」


 つんのめりながらも高橋に向かって行く。


「グヘヘ。確か、『右手』だったよな?」


 伸ばした佐藤の手が触れようかというその瞬間、高橋が前蹴りをくり出した。


 つま先が佐藤のみぞおちにめり込む。


「グフ!」


 佐藤はその場に倒れ込み、吐瀉物をぶちまける。


「一郎さん!」


 小鳥が駆け寄ろうとする。が、すぐに高橋が引き戻す。


「おっと、お嬢ちゃんはこっちだぜぇ」


 高橋は引き寄せたその勢いのまま小鳥を横に投げつける。軽い悲鳴を上げて小鳥がよろめいた先には、凸守がいた。


「うっ!」


 佐藤に気を取られている隙に、死角から襲い掛かろうとしていたのだが、想像以上に高橋は場慣れしていたようだ。

 凸守は小鳥を受け止めるのに精一杯で、敵を目の前にバランスを崩してしまう。


 そのため対応が遅れた。


()()() 阿夜詩司(あやかし)


 足元の土が盛り上がって来る。

 咄嗟に凸守は小鳥を自分の背後に投げ捨てるのだった。


「な、なんだこれは!?」


 まるで生き物のように足を這い上がってくる土。やがてそれは凸守の首から下を埋め尽くす。

 凸守はあっという間に全身を拘束されてしまうのだった。


 高橋は得意げに「グヘヘ」笑う。


「どうだい? 探偵ぇ。オイラの『神威(かむい)属性』の威力はよぉ」

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