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第十話 チクタク

「君は何者なんだ」


 凸守は直球を投げ込んだ。

 まわりくどい言い方をしても意味がないと思った。何よりこの状況をオブラートに包む言葉を、凸守は知らなかったからだ。


「な、何者って言われても……」


「婚約者から君のステータスを見せてもらった。確か固有眷属は火属性だったはずだ」


 だが、水産工場では水属性に変わっていたのだ。


「どうして雷や闇や風の三、いや少なくとも四体の眷属を使えるんだ? こんなことは普通、ありえないだろう」


「僕は、眷属の属性を変化させられるんです」


 ちょうど信号が赤になったので、車を停車させた。


 これが飲みの席ならきっと、何を馬鹿なことを言ってるんだと相手にしなかっただろう。

 だが目の前で見ているだけに、簡単に笑い飛ばすことができなかった。


 佐藤はまるで捨て犬のような顔で、凸守を見上げている。


「火属性の時もあれば、水の時もあったりで……正直、僕にも何がなんだか……」


「つまり複数の眷属と契約してるわけじゃなくて、一体の眷属が属性を変化させるってことか」


「たぶん……」


 八つの頭を持つ八岐大蛇。

 複数の眷属を操る──先ほど凸守が考えた仮説と合致する。


「どの属性になるかは、自分ではコントロールできないのか」


「はい……ただ、ここ数年は火属性の眷属で安定していたんで……」


「八岐大蛇はなんて言ってるんだい?」


 すると佐藤は眉尻を下げた。


「何も言わないです。特にここ最近は口数が減っていて……ただ、『お前たちは神がミスした人間だ』って、繰り返すばかりで──」


 凸守は頭の中に「どういうことだ」と問いかける。眷属のことは、眷属の聞くのが一番だ。


《佐藤のことを信用してないんだ。というより、契約を解除しようとしてたんだろ? 臍を曲げたんじゃないのか。とにかくオレたち眷属は、信用してない奴には力を貸さない、それだけだ》


 ということは、お前は俺を信用してるってわけか──と言おうとして、やめておいた。


 今さら照れくさくて口に──いや、頭に思い浮かべるのがはばかられたからだ。


「なぜ、眷属との契約を解消したいんだ。眷属を手懐ければ、属性も自在に操れるんじゃないのか。そうだとしたら、かなり便利だと思うが」


 少なくとも仕事に困ることはないはずだ。いや、困らないどころか、引くてあまたになるに違いない。


「眷属を操る訓練なら、学校で教えてもらえる。場合によっては警察で相談してもいいと思うが」


 黒鶫に言わせると、八岐大蛇は機嫌を損ねているらしいため、あるいは謝罪すれば意外と簡単に操ることができるのではないだろうか。


 佐藤は頭を激しく振った。


「アオさんから言われてるんです。この眷属のことは、誰にも言わない方がいいって」


 アオさんというのは──と、佐藤の言葉が続いたので、凸守はそれを手で制した。


「婚約者から聞いてる」


 記憶をなくしたた佐藤が街中でさまよってた時に世話になった人だ。確か路上生活者だったはず。


「で、アオさんはなぜ、八岐大蛇のことは人に言わない方がいいと?」


「警察や政府に知られると、捕まって実験体にされるからって」


 凸守は眉根を寄せたが、佐藤は真剣そのものだった。


「僕みたいな特異体質の人間が、過去に何人も捕まっているらしいんです。で、誰も戻って来てないそうで──そんな危ない眷属と契約したまま小鳥と結婚したら、きっと彼女に迷惑がかかるから……」


「だから眷属と契約を解除できる医者を探すために、『天国』に行ったわけか」


「はい……あちこちで聞いて回っていたら、急に怖い人たちに絡まれて。無我夢中で逃げようとしていたら、怪我をさせてしまったんです」


 苦笑するしかなかった。


 佐藤が言ってるのは、いわゆる都市伝説やオカルトといった類の話だ。

 この手のものは、凸守だけでなく誰もが子供のころに幾度となく耳にしている。


 新たな属性を持つ眷属を発見するため、秘密の施設で人体実験している、複数の眷属を組み合わせて養殖している、宇宙人の眷属を奪って誰かに埋め込んだ──といった具合に、挙げれば枚挙にいとまがない。


 信号が青になったので、車を走らせる。


「どうやら君は、そのアオさんとやらに、からかわれたようだな」


「え?」


「警察と関わりたくなかったんだろう。だからそんな話をしたんだ。だから君を保護しても警察に届かなかった。厄介ごとになるのを避けたかったからだろう」


 路上生活者なら、警察を嫌っていても不思議ではない。

 記憶をなくした男を保護したとなれば、当然、「アオさん」という人物も、事情聴取を受けることになる。

 それを避けたかったというわけだ。


 おかげで佐藤は「砂漠」から命を狙われる羽目になったのだから、迷惑な話だと言うしかない。


「ちなみに、アオさんは今どこにいるんだい?」


「ある日突然、いなくなってしまったんです」


 なるほど。

 厄介ごとになる前に姿を消したわけか。


「あの……」


 ふと見ると、佐藤はまるで捨て犬のような顔で凸守を上目遣いに見ている。


「探偵さんは、僕のことを警察に通報するんでしょうか」


 まだ都市伝説のことを信じているようだ。

 確かに神威属性の眷属といういわゆる「亜種」と契約しているともなれば、騒ぎにはなるだろう。


「いや、警察に行くつもりはないよ」


「本当ですか!?」


 若い夫婦の静かな生活を邪魔するのは、気が引けたのだった。


《お優しいこったな》


 黒鶫が茶化してくるが、それは無視することにした。


 ただ、頭の中には法華津の顔が浮かんでいた。

 きっと怒り狂うだろう。

 とはいえ、そもそもこの件は警察が取り合わなかったのが悪いのだ。

 佐藤は「砂漠」と多少モメたものの、犯罪を犯しているわけでもない。警察だって些細な喧嘩で通報されても困るはず。


 言わば警察の手間を省いてやっているのだから、むしろ感謝してもらいたものだ。


 そんなことを考えていたら、佐藤が「あっ、ここです」と、指差した。


 古びた二階建てのアパートだ。

 モルタルの壁はくすんでいて、あちこちにひび割れが目立つ。かなり年季が入っている。「天国」にこのアパートがあっても、決して驚かな買っただろう。


 ここが彼らの住処というわけだ。

 質素なところだが、身寄りのない若者たちなのでこんなものだろう。


「狭いところですが、上がってお茶でも飲んでいってくださいよ」


 赤錆びた外階段を登りながら、佐藤は振り返った。

 警察に連絡しないことに恩義を感じているらしい。先ほどまでの警戒心がすっかり消えてしまっているようだ。


 凸守は首を横に振る。


「いや、結構。調査料をもらったらすぐに帰らせてもらう」


 一度治ったはずの二日酔いが復活してきたのだ。微かに手が震える。こめかみ辺りが、脈打ちはじめた。


「そんな! せめて小鳥が仕事から帰って来るまで──」


 佐藤はドアノブに手をかけたまま言葉を切る。


「あれ? 鍵が開いてる」


 ゆっくりとドアを引くと、佐藤は部屋に入って行く。凸守もその後に続いた。


 狭い玄関を上がると、目の前には六畳一間の部屋。

 西側の壁には押し入れ、反対側は板張りになっていて、シンクとコンロが見える。おそらくキッチンなのだろう。


 外観を見て抱いた印象を裏切らない。室内もまた実に質素だった。


「これって一体……」


 佐藤が絶句してるのだった。

 脇から覗き込むと、そのリアクションに合点がいった。

 部屋の真ん中にあった小さくかわいいテーブルの上に、一枚の紙が置かれていた。


 そこにはこう書かれていた。


"女は預かった。返してほしければ、佐藤一郎と交換だ"


 と、その時だ。


 凸守のスマートフォンが鳴った。


 非通知だ。


「誰だ?」


『グヘヘ。手紙は見たか、凸守探偵』


 ずいぶんと耳障りなしゃがれた声だった。

 凸守は急いで部屋を出る。

 道路を見渡すと、黒スーツを着た男を車に乗り込むところだった。

 男が振り返る。

 オールバックにサングラス。凸守を確認したはずだが、反応は示さずそのまま体を車内に体を入れると走り去ってしまった。


 電話のタイミングが良過ぎると思っていたら、やはり監視していたというわけだ。


 迂闊だった。


 「砂漠」に見つからなければいいと思っていたため、「天国」から離れた途端に注意が散漫になってしまっていたのだ。


「目的はなんだ」


『グヘヘ。わかり切ったこと聞くんじゃねぇよぉ。そっちにいるオロチの兄ちゃんに決まってるだろぉ。女と交換だぁ。今から言う場所に来いよぉ。住所はなぁ──』


 しゃがれた声に加え、語尾をだらしくなく伸ばす話し方だ。せいでかなり聞き取りにくい。凸守は聞き逃さないようにするのがやっとだった。


『時間はねぇぞぉ。一時間遅れるたびに女を切り刻んで兄ちゃんの家に送りつけるからなぁ。まずは耳にするかなぁ』


「待て。女は無事なんだろうな」


『今のところなぁ。だが、警察に届けるとわからねぇぞぉ』


「声を聞かせろ」


 電話の向こうから、『ほれ、話せ』という汚い声の後に、聞き覚えのある女の声がする。


『一郎さん!』


 婚約者の名前を叫んだだけで、すぐに不快な声が取って代わる。


『時間がねぇぞぉ。チクタクチクタク。たいむいず、まねぇだぁ』

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