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第九話 神威属性 八岐大蛇

 凸守のスマートフォンに残っている妻の羊の写真を見せてみたが、やはり佐藤の反応は同じだった。

 泣き出しそうな表情で「すみません。覚えていないんです……」と繰り返すばかりだ。


 これ以上は時間の無駄だと判断した凸守は、諦めることにした。


 結局、彼女が自死した理由は、依然として謎のままだというわけだ。


 重苦しい沈黙が流れた。


 凸守は車を走らせながら、素早くルームミラーとサイドミラーに視線を向ける。

 今のところ、誰にも尾行されている気配はない。

 どうやら「砂漠」の連中たちからうまく逃げられたようだ。

 しつこいほどに確認した後、助手席に視線を移動させた。そこには佐藤が座っていて、両手は膝に置かれている。緊張しているようだ。


 無理もない。


 数分前まで、大勢のならず者たちに囲まれていて、リンチを受けそうになっていたのだ。平常心でいられる方が不自然だろう。

 おまけに見知らぬ中年男が突然現れて、婚約者から依頼を受けたと言い出したわけだ。その上、見ず知らずの女のことについて質問攻めにされている。


 佐藤の立場になって考えてみれば、気が休まる瞬間がない。


 先ほどまでは興奮状態だったから気がつかなかったのかもしれないが、よくよく考えてみて、この状況がいかに異常なかを嫌というほど噛みしめているのだろう。


 先ほどからチラチラと運転席の凸守を盗み見ている。


 本当にこの男と一緒にいていいのか? 車に乗って大丈夫か? 


 佐藤からそんな声が聞こえてきそうだった。

 頭の中では、グルグルと思考が回転しているに違いない。


 そんな沈黙に耐えられなくなっのは、凸守の前頭葉だ。

 ようやく水面から顔を出して呼吸することを許された人間のように、「ブハァ!」と息を吐き出す音が聞こえた。


《少しは気の利いたジョークでも言って、緊張をほぐしてやれよ》


 馬鹿か。


 無責任なことを言う奴だ。


 凸守とて佐藤の複雑な心中を察してはいる。

 ただ、生憎とこのような空気を一変させられるような小噺は持ち合わせていない。何より、凸守はそんなキャクターではないことを、黒鶫だって知ってるはずだ。


 だったらお前が何か話せ!


《残念でした。眷属のオレに、人間どもを喜ばせる義務はない》


 意味不明だ。

 都合のいい時だけ「眷属」だなんて言いやがって! 今まで散々こっち側の話に口出して来たくせに。


 視線を感じて凸守は言葉を切った。

 正確には頭の中での会話を中断したわけだが──助手席から、佐藤が呆けたように凸守を見ていたのだ。


 凸守は「コホン」と咳払いをする。


「なんでもない。気にしないでくれ」


 どうやら小鳥と同じで、佐藤もまた「感じの良い人間」のようだ。

 凸守が一人ではないと感じているのだろう。

 だが、佐藤から予想以上の答えが返って来た。


「ひょっとして探偵さんも、頭の中で声が聞こえるんですか?」


 凸守はハッと隣を見る。


《ブレーキ! ブレーキ!》


 黒鶫の悲鳴のような声に視線を前方に戻すと、信号が赤になっていた。

 横断歩道には自分の体よりも大きなランドセルを背負った小学生がいる。


 慌ててブレーキを踏む。


 タイヤが甲高い音を鳴らし、どうにか停車することができた。

 小学生たちは目を丸くしていたが、やがて小走りに行ってしまう。最悪の事態は避けられたようだ。


 凸守は胸を撫で下ろすと、隣の男を見た。


「『探偵さんも』ってことは、君は会話ができるのか、眷属と」


 前頭葉の辺りを指で叩いて見せると、佐藤は「ケ、ケンゾク?」と首を傾げた。勘違いかと思ったが、そうではなかったらしい。


「僕の頭の中の人は『八岐大蛇(やまたのおろち)』っていう名前です」


 知ってるか?


《初耳だな》


「属性は聞いてないか」


 佐藤は辺りをうかがうように、車の窓の外に視線を向ける。前方、左右、そして後方──二度、確認した後、そっと声をひそめるのだった。


神威(かむい)という属性らしいです」


 今度は凸守が問いかけるまでもなく、黒鶫は《はあ?》と声を上げた。


《なんだそりゃ。そんなものねぇよ》


 佐藤がデタラメを言ってると?


《そうとしか考えられないだろ。しかも大蛇って。子供が考えそうな名前じゃないか》


 凸守も「神威属性」なんて聞いたことがない。それに眷属の名前は、「黒鶫」でもわかるように、鳥の名前になっているはずだ。


 それなのに八岐大蛇とは──


 凸守は前後に注意しながら、車を路肩に寄せる。


「ステータスを見せてくれるか」


 佐藤が小さくうなずくいた後、手のひらをフロントガラスの方へ向けた。



・眷属 雷属性 黄蓮雀(きれんじゃく)



 やはり神威属性どころか、八岐大蛇の名前もない。

 

 ただ、これで佐藤のことを嘘つきだとは断罪できなかった。黒鶫も同じだったのだろう。沈黙したままだ。


 凸守と同じことを考えていたはずだ。


 佐藤は「固有眷属」は一人につき一体という理に反し、複数の眷属と契約している。

 そして八岐大蛇というのは、日本神話に出て来る伝説上の生物で八つの頭と尾を持つ多頭龍。


 佐藤の眷属は一体で八つ、もしくはそれ以上の属性を使いこなせる能力だとするのなら、辻褄が合う。


 神威属性 八岐大蛇──


 凸守は頭の中でその名を呼んでみた。


 前頭葉から警戒するような雰囲気がしたのは、気のせいだっただろうか。

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