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戯曲「真夜中のこと」

作者: さくら

 登場人物

須藤  コンビニアルバイトの大学生。

寒川  コンビニアルバイトの大学院生。

客   袋を買いに来る。

強盗  アルミでくるまれた木製ナイフを持っている。


 時

12月末頃。夜中の3時。


 場所

とある大学の前のコンビニ。

 深夜のコンビニ。

 レジに暇そうに須藤(すどう)が立っている。

 客、入ってくる。


客  あのう、すみません。

須藤 はい、なんでしょうか。

客  袋をいただけますか。

須藤 はあ。

客  ああ、袋だけいただけますか。

須藤 袋だけ…ですか。

客  はい。袋だけ。

須藤 サイズはどうされますか。

客  そうだなあ。大きいのを3枚と小さいのを5枚で。

須藤 大きいのを3枚と小さいのを5枚ですね。合計30円になります。

客  ペイペイ使えますか。

須藤 使えますよ。

客  使えるんだ。(10円玉3枚を置く)

須藤 …。

客  どうもご丁寧に。

須藤 ありがとうございました。


 客、出ていく。

 須藤、また暇そうに立っている。

 店の奥から寒川(さむがわ)が出て来る。


寒川 客か。

須藤 ああ寒川さん。はい。変な客でした。

寒川 この時間に来る客なんて大概変だろ。

須藤 それは言いすぎでしょう。

寒川 で、どんな客だったんだ。

須藤 袋だけ買っていきました。

寒川 なんだそれだけのことか。

須藤 変じゃありませんか。

寒川 別に変じゃないさ。その客も被害者なんだ。

須藤 被害者ってなんですか。

寒川 レジ袋の有料化のさ。

須藤 いまいちピンときません。

寒川 どこぞのお偉いさんが環境がーって言って袋を有料化したわけだろ。そうしたらみんな袋をもらわなくなった。

須藤 良い事じゃないですか。

寒川 良い事なもんか。それで結局家で使う袋が足りないんでこうして買いに来るわけだろ。それじゃなにも意味がないじゃないか。

須藤 別にあの客がなんで袋を買っていったかはわかりませんよ。

寒川 絶対に有料化の被害者に決まってるんだ。

須藤 はあ。

寒川 俺はな、レジ袋の有料化ってのは環境問題じゃないと思っている。

須藤 どういうことですか。

寒川 こうやってレジ袋を売って稼いだ金はどこに流れてるか考えてもみろ。

須藤 コンビニでしょう。

寒川 そんな訳あるか。それだとコンビニが丸儲けじゃないか。

須藤 じゃあどこなんです。

寒川 議員だよ。

須藤 議員。

寒川 レジ袋を有料化しようって言いだした議員だよ。

須藤 それはもはや陰謀論です。

寒川 いや陰謀論じゃない。明らかな事実だ。陰謀論ってのは頭にアルミホイル巻いて5Gがどうのこうのって根拠もないことを指すんだよ。あんなものと一緒にするな。

須藤 アルミホイル族も寒川さんと一緒にするなって言いそうですけど。

寒川 じゃあ俺はあたまにラップ巻いてやるよ。

須藤 それなんの意味があるんですか。

寒川 保湿だ。

須藤 意味が分からないですよ。寒川さん、そんな意味の分からないこと言っているからモテないんですよ。

寒川 モテなくてもいいんだよ別に。

須藤 強がりですか。

寒川 事実だ。いいか、100人にモテたって、俺がその中の1人にビビッと来なけりゃ意味がないわけだ。つまり俺はそんな一般解みたいな女は欲しくない。俺にピッタリはまるような特殊解女が現れるのを待ってるのさ。

須藤 特殊解女って。解がなかったらどうするんです。

寒川 そうなったら複素数解女でも愛そうじゃないか。

須藤 存在するんですかそんな女。

寒川 少なくともxy平面上にはいないな。

須藤 大きさだって定義できませんね。

寒川 それは困る。乳の大きさぐらい定義したいもんだ。

須藤 そんなもん定義しないでください。

寒川 でも「愛」はあるぜ。

須藤 ああ「i(虚数単位)」。

寒川 そうだ。虚数だしな。

須藤 はあ、意味不明な会話ですよ。客がいなくてよかったです。

寒川 こんな高尚な会話はむしろ聞いてほしいもんだが。

須藤 いや低俗も低俗です。

寒川 …そんなことよりお前。

須藤 はい。

寒川 彼女とうまくやってるのか。

須藤 なんですか藪から棒に。

寒川 だから、彼女とうまくやってるのかって。

須藤 そもそも彼女がいるって話したことありましたっけ。

寒川 さっき見えちまったんだ。

須藤 何をですか。

寒川 お前、休憩室にスマホ置きっぱなしだっただろ。

須藤 ああ、そういえば。

寒川 なんか通知が来てふと見ちまったんだよ。そしたらお前、ロック画面…

須藤 彼女ですね。

寒川 やっぱり。あの角度はアイドルとかじゃないよな。

須藤 見られちゃいましたか。

寒川 須藤、あれはどこだ。

須藤 ディズニーです。

寒川 ランド、シー。

須藤 ランド、ですね。

寒川 ランドか。

須藤 はい、ランドです。

寒川 ランド、良かったか。

須藤 ええ、良かったですよ。

寒川 あれ乗ったのか、ビッグサンダー。

須藤 乗りませんでした。彼女、そういうの苦手で。

寒川 汽車が苦手なのか。

須藤 違いますよ。絶叫系です。

寒川 ああ、そっちか。

須藤 汽車なわけないでしょ。

寒川 ああ、しかし悔しい。

須藤 何がですか。

寒川 いや、日本人ってのはどうしてランドかシーか聞いてしまうんだろうなって。

須藤 気になるからじゃないですか。

寒川 ディズニー行きましたって言う奴は心のどっかで「ランドかシーか」って質問を待ってやがるんだ。その質問に答えることで自分が行った場所を再認識する。俺らは奴らの思い出のよすがにされてるんだ。ランドシーハラスメントだまったく。

須藤 初めて聞きましたよそんな言葉。

寒川 今度「ディズニー行った」って言われたらwhichじゃなくてhowを聞いてやろう。

須藤 大体電車か車でしょ。

寒川 チャリか徒歩もいるだろ。

須藤 天然記念物ですよそれ。

寒川 保護しないといかんな。

須藤 何言ってるんですか。

寒川 それで、彼女とはうまくいってるのか。

須藤 ええ、まあ。

寒川 うまくいってないんだな。

須藤 なんでそうなるんですか。

寒川 うまくいってるやつは「うまくいってる」って答える。そう答えないってことは何か後ろめたいことがあるってことだ。

須藤 ……

寒川 おっと図星か。

須藤 そういうとこだけ無駄に勘がいいのやめてもらえますか。

寒川 俺を舐めるなよ。ほら、話してみろよ。お兄さんが聞いてやるよ。

須藤 方程式男に恋愛相談とか屈辱です。

寒川 言ってくれるじゃないか。

須藤 僕は彼女が好きです。

寒川 おう。

須藤 彼女も僕のことが好きです。

寒川 おう。

須藤 けどどこか遠慮してしまうというか。

寒川 遠慮ねえ。

須藤 あんまり彼女に負担かけたくもないので多少の不満とかは言わないように…とか。

寒川 それって遠慮なのか。

須藤 …

寒川 いいか、そういう奴がいう遠慮って言うのは自己満だ。

須藤 そうでしょうか。

寒川 そうだろう。彼女に悪いとかいいつつ結局は自分がかわいいんだよ。本当に彼女のこと思ってるなら遠慮なんてしてる場合じゃないだろ。

須藤 僕はどうすればいいんですか、じゃあ。

寒川 思ってること全部言っちまえよ。

須藤 喧嘩になりますよ。

寒川 思ってること正直に言って喧嘩になるぐらいなら初めから相性悪いんだよ。

須藤 …言いますね。

寒川 正論だ。お前とその彼女には交点がなかった。判別式負だ。

須藤 なんでもそうやって数学ぽく言って茶化すのやめてください。

寒川 恋愛なんて数学みたいなもんだろ。

須藤 どこがですか。

寒川 男と女っていう二つの点が互いに独立した変数で動いて、交わったり交わらなかったり。そうしてできた二つ動点の軌跡を俺らは「恋」と呼ぶんだぜ。

須藤 黙ってください。

寒川 とにかく元気出せよ青年。お前にはまだ未来がある。

須藤 寒川さんはどうなんですか。見た感じ彼女いなそうですけど。

寒川 俺に彼女がいないんじゃない。彼女に俺がいないんだ。

須藤 屁理屈です。

寒川 屁どころじゃない。出ちまってる。糞理屈だ。

須藤 汚いな。自分で言わないでください。

寒川 なあ、なんで俺には彼女がいないんだろうな。

須藤 やっぱそういうとこですよ。

寒川 どういうとこだよ。

須藤 思想というか。

寒川 右でも左でもないぞ。

須藤 政治思想じゃなくて。

寒川 いいんだ。いずれ俺にも特殊解が見つかる。

須藤 だといいですけど。あ、いらっしゃい…


 強盗、ナイフ(のおもちゃ)を持って乱入


強盗 (ナイフを顎で指して)おい。これが見えるよな。

須藤 うわ!ナイフ。

寒川 おいおい、とんでもない客が来たじゃないか。

強盗 おい、警察に通報すんじゃねえぞ。

須藤 (小声で)寒川さん、どうしましょう。

寒川 (小声で)どうしようもないだろ。うまいこと言いくるめて帰ってもらおう。

須藤 (小声で)そんなうまいこと行きますかね。

寒川 (小声で)やるだけやってみよう。

強盗 おい、何小声でブツブツ言ってんだ!

寒川 ああ、すいません、すいません。で、ご用は。

強盗 見りゃ分かるだろ!強盗だよ、強盗。

寒川 ですから、一体何目当てで強盗を。

強盗 強盗っていったらもう決まってるだろうが!

寒川 ああ、そうですよね。お金ですよね。(須藤に小声で)金渡して帰ってもらおう。

須藤 (小声で)いいんですか勝手にそんなことして。

寒川 (小声で)しょうがない。刺されるよりマシだ。

須藤 (小声で)まあそうですね。

寒川 (レジから5万円ぐらいを出して)はい、これでお引き取りください。

強盗 は!

寒川 え。

強盗 金じゃねえよ!袋だ!

須藤 袋?

強盗 レジ袋だよ、レ・ジ・ぶ・く・ろ!

寒川 いやいやちょっと待ってください。お金じゃないんですか。

強盗 ああそうだよレジ袋だよ。

寒川 本当に袋でいいんですか。

強盗 ああ。

寒川 でもどうして袋なんて。

強盗 (荒い息を少し落ち着かせて)今から何年前だったかな。レジ袋が有料化されただろ。

寒川 ええ。

須藤 何の話だ…。

強盗 いつも当たり前のようにそこにあったレジ袋がもらえなくなって。でも最初は俺も納得してたんだ。これは環境のためだって。でもある日、家からレジ袋が一枚残らずなくなった瞬間気付いたんだ。俺はいつの間にか大切なものを失っていたんだって。

須藤 行間。

強盗 どれだけ買い物したってレジ袋は手に入らない。俺は…俺は何が何でもレジ袋が必要なんだよ!寄越せ!

須藤 レジ袋、買えばいいんじゃないかな。

寒川 クソなんてことだ。有料化の影響はこんなところまで!

須藤 は。

寒川 見てみろ須藤。この人だって有料化の立派な被害者じゃないか。

須藤 いやいや、袋買えばいいだけですから。

寒川 政府の汚れた金のためだけに有料化されたレジ袋!その愚かな政策の行く末はレジ袋強盗だってのかよ。


 寒川、カウンターから出て強盗の目の前に


須藤 寒川さん、危ないですよ。

寒川 大丈夫だ。おい、アンタは可哀そうな人だ。

強盗 なんだお前に何が分かる!

寒川 いいや分かる。レジ袋が有料化されて、生活が変わってしまったんだよな。だからこんな行為に手を染めている。

強盗 黙れ!

寒川 今日はこれで手を打ってくれないか。(5万円を差し出して)袋は渡せないが、これなら渡せる。

須藤 袋渡せばいんじゃないですかね。

強盗 うるさい!俺はどうしても袋が必要なんだ!袋を渡せええ!!


 強盗、ナイフ(のおもちゃ)を構えて寒川に突撃。


寒川 うわあああ!

須藤 ええ、寒川さん!


 須藤、カウンターから出て寒川に駆け寄る。

 強盗、その場にへたり込んでしまう。


須藤 寒川さん!しっかりしてください。

寒川 須藤…俺はもう駄目だ。

須藤 そんなこと言わないでください。特殊解女、見つけるんでしょ!

寒川 見つけられたらよかったけどな…。俺はどうやら一次不定方程式止まりらしい。

須藤 寒川さん、しっかりして…ってだいぶしっかりしてますね。なんですか一次不定方程式って。

寒川 ん?痛くないぞ。


 須藤、床に落ちたナイフを拾う。


須藤 ん、これアルミだ…。(強盗をジッと見て)偽物だったんですね。

寒川 なんだ俺刺されてないのか。(寒川、立ち上がる)

強盗 頼む!見逃してくれねえか…。

須藤 まあ、別に本当に刺したわけじゃないですし、こっちも警察沙汰にするのは面倒です

   からいいですよ。寒川さんもそれでいいですよね。

寒川 え?ああ、いいぞ。

強盗 ありがとう、恩に着る!


 強盗、走って帰っていく。


須藤 まったくとんだ迷惑客でしたね。

寒川 一瞬あっちにいるじいちゃんの顔が見えたぜ。

須藤 プラシーボ効果ですかね。

寒川 死のプラシーボ効果ってあるんだな。

須藤 元気そうでしたか。

寒川 生きてる時より元気そうだった。

須藤 それはよかったです。しかしこんな偽物まで作って袋目当てなんて、世も末ですね。

寒川 みんな生きるのに必死なんだよ。

須藤 だからって強盗だなんて。

寒川 いいんだよ。こんな真夜中の出来事なんて誰も知りやしない。

須藤 そうですね。誰も知りませんね。

寒川 ああそう。誰も知らない。知らなくていいんだよ。

須藤 そうですね。知らなくていい。こんな夜のことは。


 二人、休憩室にハケる。



 幕

真夜中。その時間に起きていることを私たちは知らない。

知らなくていいだろうけど、知っていると何か変わるかもしれない。

いや変わらないか。きっと大したことじゃないから。

そんな大したことじゃなくても全力で生きている人はいる。

滑稽であり、活力がある。

そんな真夜中のこと。

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