名前をつける
その後、近くのベンチに座って天野さんと話をする。
この近くにいれば、もし飼い主が来たらわかるだろうし。
ちなみにうさぎさんは、俺の膝の上でスヤスヤと寝ています。
「フスフス……」
「よく寝る奴だなぁ」
「ふふ、うさぎさんって1日のほとんどを寝ますから」
「そうみたいだね」
というか、今日が土曜日で良かった。
こんな昼間からウロウロしてたら、この子に怪しい人だと思われてしまう。
……ニートだから怪しいも何もないけどね。
「あ、あの、名前とかつけないんですか?」
「いや、情が湧いちゃうかなって」
「でも、探すのを手伝うって言ってなんですけど……すぐにこない時点で、捨てられたんじゃないかなって。もしくは、野生の子かもしれないですし……す、すみません」
「……いや、君の言う通りだね。やっぱり、そうだよなぁ」
それは薄々気づいていた。
ただ、もし誰かが探していたら可哀想だと思ったんだ。
小さい頃の俺のように。
「や、優しい方ですもんね」
「うん? いや、全然そんなことないよ。実はさ、小さい頃に実家で猫を飼っていたんだ。ただ、ある日突然いなくなっちゃってね……毎日探し回ったけど、結局見つからなくて。だから、もし探してる人がいたら可哀想かなって」
「ふふ、それが優しいっていうんですよ」
「そ、そうかな? ……ありがとね。全く、こんな若い女の子に励まされるとは……良い歳して情けない」
「そ、そんなに若くありません! もう十八歳ですっ! け、結婚だってできますし……」
「……ぐはっ……」
い、いかん、クリティカルヒットした……!
アラサーニートに、その言葉は痛すぎる……!
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、うん……平気。おじさんには、少しダメージがデカかったよ」
「えっ? 全然、おじさんじゃないですよっ! まだまだ若いですっ!」
「はは……気を使ってくれてありがとね」
「むぅ……ホントなのに」
いかんいかん、こんな若い女の子に気を使わせるなんて。
そもそも、俺なんかに時間を使わせて良いのだろうか?
……あっ、ネガティブな自分が出てきてしまった。
これだから鬱病はしんどいんだよなぁ。
「さて……名前か。確かに、うさぎさんと呼んでばかりじゃあれかな。そうすると、何が良いやら」
「ピスー……フスフス」
「この子、女の子ですよね?」
「……そうなの?」
そういえば、全然考えてなかった。
そもそも、どうやって判別するんだ?
「えっと……少し触っても良いですか?」
「プー?」
「ごめんな、起こしちゃって。お姉さんが少し触りたいってさ」
「フスッ」
まるで『別に良くってよ!』とでも言いたげな表情を見せる。
うさぎって、こんなに表情が豊かなんだなぁ。
そんなことを考えていると、天野さんがうさぎさんの顎あたりを優しく触れる。
「……うん、やっぱり女の子ですよ」
「そこに何かあるの?」
「えっと、私と一緒のところを触ってみてください」
「わかった」
「ひゃっ!?」
「ご、ごめん! 当たっちゃった!?」
言われるがままに手を伸ばしたら、彼女の手に触れてしまった。
こんなご時世なので、特に気をつけないといけないのに!
「い、いえ! 嫌じゃないです! え、えっとですね……首の下にモチモチした皮みたいなのがあるはずなんです」
「本当にごめんね……モチモチした……あっ、確かにある」
「その襟巻きがあるのが、女の子の証なんですって。だから、それを踏まえて名前をつけないと」
「なるほど……いや、天野さんがいてくれて良かったよ」
「い、いえ、お役に立てたなら良かったです。それで、名前はどうしますか?」
名前……どうしよう、俺ってばネーミングセンスないしなぁ。
女の子……呼びやすい名前で、もし飼い主がいたとしても困らないように。
そういえば、桜が咲いてきたな。
「サクラちゃんとかどうかな? 少し安直すぎるか」
「プー? ……フンスッ!」
「ふふ、本人は気に入ったみたいですよ?」
「そうみたいだね。じゃあ、君の名前はサクラだ」
そう呼ぶと、俺の身体に身を寄せてスリスリしてくるのだった。
やだっ! うちの子可愛い! ……これでは、すぐに親バカになりそうである。