昔の記憶
その子を見ていると、封印していた記憶の蓋が開きそうになる。
あれはいつだっただろうか?
俺が一流の探索者を夢見て、何も考えずに突っ走っていた頃か。
いや、自覚はないけど……今思えば、あの頃から気づいていたのかもしれない。
ただ、それを自分が認めるのが嫌だっただけ。
自分が何者でもない、ただの人だったということに。
それを思い出した時……記憶の蓋が開いた。
◇
……ここがダンジョン出現予測地付近か。
だだっ広い自然公園の中、俺は指定された地域の範囲で、それらしきものを探していく。
「ったく、この公園広すぎだろ。探すにしたって一苦労だ」
政府から緊急の知らせがあり、この辺りに磁場の歪みを発見したと。
ただ、正確な位置はわからないので、近くにいる探索者達に指令が出た。
「まあ、だから俺みたいな下っ端にも仕事が回ってきたって訳だけど」
本来なら、ダンジョン発見探索は危険度が高いのでC級以上でないといけない。
上からS,A,B,C.D,E,F,G,Hのランクで、俺はF級だ。
だから発見だけしたら、すぐに逃げろと言われていた。
「ダンジョンが出現するとき、下層域の魔物が溢れるって話だったな。まずはそれを倒して押し留め、ダンジョンの内部に閉じ込める。それから、ダンジョン攻略をすると……」
緊張を誤魔化すために、最初の頃に聞いた探索者の心得を思い出す。
そうしないと、足が震えそうになる。
今にも、何処からか大量の魔物が襲ってくるのではないかと。
「いや……やれる……やるんだ。俺だって、誰かを助けたり勇気を与えられる人に」
俺には何か特別なことがあった訳じゃない。
病気の妹もいないし、両親が死んだわけでもないし、お金に困ってるわけでもない。
ただ、単純に馬鹿みたいにヒーローに憧れただけ。
馬鹿にされることもあったけど、それは辛くはなかった。
ただ、それを成す力と勇気がないことが辛かった。
「……いや、まずは一歩ずつだ。ここで手柄を立てて、それでスポンサーについてもらえばいい。そしたら強い武器とか、支援金なんかももらえるはず」
そんなことを考えていると、ふと誰かの声がした気がする。
「……どこだ? この辺りは避難指示が出ているから、誰もいないはずなんだが。同業者だとしたら、地区担当区域から出てきてるってことになる」
ひとまず、ダンジョンに関係があるかもしれないので向かうことにする。
一応、無線で本部にも通達はした。
そして、声のする方へ行くと……そこには泣いている小さな女の子がいた。
俺は怖がらせないように、ゆっくりと近づく。
「ひぐっ……あぁぁ!」
「ど、どうかした? 怪我をしたのかな?」
「はぇ? だ、誰?」
「ああ、ごめんね。俺の名前は吉野和馬っていうんだ。もしよければ、君の名前を教えてくれるかな?」
辺りにダンジョンらしきモノはないので、ひとまずは安心だが油断はできない。
今のうちに、この子を安全な場所に連れて行かないと。
「は、春香です」
「春香ちゃんだね、教えてくれてありがとう」
「う、ううん……」
「あのさ、ここは危険なんだ。だから、お兄さんと安全な場所に行こう?」
「そ、そんなのないもん! お母さんとお父さんは喧嘩ばかりしてる! 私は何処にも居場所なんかない!」
なるほど、詳しくはわからないが……ひとまず、家庭内暴力の類ではなさそうだ。
ただ、子供にとっては笑い事ではないだろう。
俺も小さい頃、両親が喧嘩をしているとどうして良いかわからなかったし。
「そっか、それはしんどいね」
「……うん……なんかお金がないとか、治療費がどうとか……よくわかんない」
「うんうん、そうだよなぁ。きちんと説明をしてほしいよね」
「……お兄さんは、子供だからって馬鹿にしないの? そんなことは知らなくて良いって」
「別に関係ないかな。相手が真摯に聞いてきたら、それに向き合うのが良いに決まってる。少なくとも、俺はそうでありたいかな」
子供だって、子供なりに考えているんだから。
それを否定されるのは辛い……俺がそうだったように。
「えへへ、お兄さん優しい」
「そうかな? さあ、とりあえずここから出よう」
「……うんっ」
そう言い、笑顔を見せる。
俺は一安心して、その子を連れて行こうとした時……異変は起きた。
あたりに強風が吹き、ぐにゃりと周りの空間が歪む。
それは……ダンジョン出現の合図に違いなかった。
「きゃ!?」
「しっかり掴まってて!」
そして、次の瞬間……奴らが現れた。
下級魔物の一種である、スカルポーンの集団だ。
人間の骨が、剣を持って動いている。
「カタカタカタ」
「ケタケタケタ!」
「ひぃ!?」
「へ、平気だ。お兄さんがついてる」
「う、うんっ……!」
女の子が、俺の腰回りに強くしがみつく。
その小さな身体は、小刻みに震えていた。
それが、俺の臆病な心に火を付ける。
「……やるしかないか。良い子だから、俺の後ろにいてね?」
「お、お兄さんはどうするの?」
「戦うよ、君を守るために。それが——俺の目指したヒーローだから」




