鈍感
俺がサクラを撫でつつ、目の前の出来事から現実逃避をしていると……。
タタタッとリビングに向かって、天野さんがやってくる。
「え、えっと、できましたっ」
「あっ、ほんと? それじゃあ、いただこうかな。お箸はあるけど、どうする? もちろん、新品だよ」
「つ、使わせて頂きますっ」
「いやいや、そんな大層なものじゃないから。サクラ、俺達はご飯食べるからソファーでいい子にしててな」
「フンスッ」
もう、これはわかる『仕方ないわね』と言っているな。
案の定太々しい顔をしながら、ソファーで饅頭になる。
「ふふ、本当に賢いですね」
「そうだね。さて、お茶の用意でもするか。悪いけど、天野さんはテーブルを拭いてくれるかな?」
「はいっ……なんだか、付き合ってるみたい」
「はい? どうかした?」
「い、いえ——わっ!?」
「おっと……大丈夫?」
とっさに、足をつまづいて転びそうになった彼女を受け止める。
その時、ふわっと甘い香りが鼻をくすぐった。
同時に、何かが脳裏に浮かぶ。
「す、すいません! わ、私、いつもはこうじゃないんですよ? これでも、しっかり者だって言われてるです」
「はは、そういうことにしとくよ」
「むぅ……絶対わかってないもん」
「いやいや、そんだことないって。ほら、ご飯を食べよう?」
「……はぃ」
その後、狭いテーブルの上にサラダとスープ、それに焼きそばが置かれる。
「こんな簡単なものでごめんなさい……」
「何言ってるのさ、十分だよ。こちとら、手料理なんか食べるのは何年ぶりだか」
「……えへへ、そうなんだ……つまり、恋人はいないってことかな?」
「だ、大丈夫?」
何やら両手を頬に当てて、身体をくねくねしていたが……。
「へ、平気ですっ。えっと……召し上がってください」
「うん、頂きます……うん、スープもサラダも美味い」
スープは鶏がらスープの卵とじで、ニラとネギのアクセントがいい。
サラダも新鮮な野菜と、玉ねぎドレッシングが合う。
「よ、良かったです! そのドレッシングは自家製なんですよ? 今日、家で作ってきました」
「へぇ、それは凄いや。きっと、良いお嫁さんになれるね」
「ふぇっ!? ま、まだ早いですっ!」
「そ、そりゃ、そうか」
いかんいかん、今のもセクハラになってしまう時代か。
なるべく、発言には気をつけないと。
続いて焼きそばを食べてみる……うん、ふつうに美味い。
というか、人の手料理は最高だ。
その感動からか、あっという間に食べきってしまう。
「ご馳走様でした。うん、美味いね」
「は、早いですね……でも、そんなに気を遣わないで良いですよ。作ったのは、ただの焼きそばですから」
「いやいや、俺って料理できないからさ。炒飯や餃子くらいなら作れるけどね」
「どっちかというと、そっちの方が難しそうな気が……何かやっていたんですか?」
「昔、ラーメン屋でバイトしてたんだ。だから、その時の感覚が残ってるんだ」
「へぇ! 私、ラーメン好きです。最近も、この近くのラーメン屋さんを行きつけにしてて」
「ほんと? それって……ん?」
すると、サクラがトコトコ歩いて、俺の脇に座る。
まるで『ほっときすぎよ』とでもいうように。
「ふふ、カズマさんを盗られると思ってたのかな?」
「さあ、どうだか。あっ、そういえば飼い主らしき人は居なそうだよ。youtubeに動画上げたけど、七万回も流れてるわけだし」
「私も昨日見ましたっ。サクラちゃんが可愛いくて……ギュッと抱きしめたいです」
「だそうだが?」
「フスッ」
俺のところから、天野さんの元に向かう。
「良いの?」
「フンスッ」
「そ、それじゃ……ふぁぁぁ〜モチモチでフワフワだぁ〜」
「フスッ」
天野さんが、実に幸せそうな表情でサクラを抱っこしている。
その姿を見ていると、何故かこちらも幸せな気分になってきた。
それを見ながら、のんびり過ごしていると……ふと、天野さんが顔を上げる。
同時にサクラが天野さんから離れ、俺の脇に座る。
「どうかした?」
「そういえば、最近体調が良いんです。それに、運もいいっていうか」
「へぇ、そうなんだ?」
「やる気に満ちてますし……良いことが沢山ありましたっ」
「それは良かったね」
「むぅ……鈍感さん」
「フンスッ」
何故、俺は睨まれているのだろう。
心なしか、サクラの目も冷たいような気がする。
「はい?」
「何でもないですっ……まだ焦らなくて良いもん」
「……まあ、良いや。それより、時間は平気?」
「あっ、もうこんな時間!? す。すいません、そろそろ……」
「うん、色々とありがとね」
「フスッ」
慌てて帰る準備をしていた天野さんが、ふと俺に振り向く。
「……また、きても良いですか?」
「えっ? いや、でも女の子があんまり独身の男の家に来るもんじゃないし」
「カズマさんなら平気ですっ! そ、それに、サクラちゃんに会いに来るだけですし」
「じゃあ、来るときは事前に誰かに言うこと……わかったかな?」
「っ〜!? はいっ!」
「なら良し。それじゃ、またね」
「はいっ、お邪魔しましたっ!」
そして、元気よく玄関から出ていった。
やれやれ……信用してくれるのは良いが、俺とてただの男なんだけどなぁ。




