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8 薔薇の棘が刺さる

 今日も運動場の耐久走で早期脱落した。


「おい! そこの女!」


 休憩コーナーで1人で水を飲んでいたら、王太子がこっちに走ってきて、私の目の前に立った。仕方ないので、椅子から立ち上がり、授業で散々注意されて少し改善したカーテシーを披露する。短いキュロットスカートのような体操着を着てるんで、あんまり様にはならないけどね。


「ふん、おまえはあの悪女オリヴィアの身内なんだってな」


 悪女オリヴィア。国王が演劇で広めた実母の呼び名だ。男爵令嬢との不倫を正当化するために、実母に悪女としての役割をあたえた。まあ、実際にも、実母は性格が非常に悪い女性だったらしい。ナタリー母様によると、強い者いじめをする悪女だったそうだ。誰よりも弱い母様のことは、完全無視だったので、特に被害はなかったらしい。


 でもね、王太子は私を悪女の身内って蔑むけど、ゴールドウィン公爵家は王家と政略結婚を繰り返しているから、とても近い血族なんだよね。国王と実母はいとこ同士だし。リョウ君と王太子は、はとこってことになる。ある意味、王太子も悪女の身内って言ってもいいんじゃない?


 でも、そんなことを言うと、さらに怒られそうなんで黙っている。


「なまいきなやつめ! なんで、おまえなんかが紫眼なんだよ! それは、俺のだ! 返せよ!」


 王太子は大声で怒鳴りながら、テーブルの上のコップをつかんで私に投げつけた。木製のコップは私の腕に当たって、体操着を濡らして地面に落ちた。


 腕を押さえてしゃがみこんだ。こっちを遠巻きに見ていた平民の召使い先生と目が合ったけど、気まずそうにぱっとそらされた。すぐ側に立っている王太子の護衛騎士も、全く動かない。5歳児の私は、誰にも助けてもらえないの?


「そいつが何かしたのか?」


「やだ、母様が言ってた生意気な男爵の娘じゃない?」


「ビクトル様! そんな女やっつけようぜ」


 助けの代わりに、いつも王太子にくっついている男の子2人と女の子がやって来て私を囲んだ。


「いやね。うちの遺産を横取りしようとしてる卑しい男爵の娘なんでしょ。冒険者だなんて、みっともない仕事しかできない親を持つくせに」


 黒髪に赤眼の女の子。細長い顔立ちがマッキントン侯爵夫人によく似ている。


「土下座しなさいよ。ビクトル様に無礼なことをしたんでしょ!」


 この国の貴族の5歳児ってどうなってるの? 言ってることが子供らしくないぐらい意地悪で、ちょっと怖いよ。


「おれがやっつけてやる!」


 アッシュブロンドの男の子が地面に落ちている石を拾って、私に向かって投げた。


「いやっ!」


 とっさに手で顔をかばったけど、間に合わなかった。額に触ったらぬるっとして、手を見たら血が付いていた。


「おい、おまえやりすぎだろ。ちょっと、先生呼んでこようぜ」


 私の額に血を見たせいか、ダークブロンドの男の子が、二個目の石を投げようとしたアッシュブロンドの子を止めた。


「何よ。どうせなら、その目をつぶしてあげなさいよ。ねぇ、ビクトル様、こんな目は見たくないでしょ」


 黒髪の女の子は王太子の側に寄って、腕に手を絡めた。

 王太子は、それをめんどくさそうに払いのけた。


「おまえが悪いんだからな! 王族でもないのに紫眼だから。その目は、お父様の子供の、俺と妹が持つべきなんだ! おまえなんか! この、泥棒め!」


 大声でどなって、王太子はぷいっと身をひるがえして、教室の方へ走って行った。


「待ってぇ〜、ビクトル様ぁ」


 女の子と男の子2人がすぐに後を追いかけた。


 4人の姿が見えなくなってから、ようやく、召使い先生が側に来て、私を保健室に連れて行ってくれた。



 保健室のベッドに座って、医療士に額の怪我を治療されながら、私は実の父親のことを考えた。そして、半分血のつながった王太子のことも。


 ああ、よかった。あんなのが弟じゃなくて。私の弟は素直でかわいいリョウ君だけだよ。父親も、嘘つきで浮気者の国王なんかじゃなくて、本当に良かった。あんな人たちと家族にならなくてすんで、私って幸せだよ。王族なんて大っ嫌い!


 もうやだ。相手は5歳児だとしても、ただ我慢しなきゃいけないの? 上級貴族は何をしても許されるの? もう、いやだ。貴族なんかいやだ。貴族学園なんか、やめたい。


 額に塗られた消毒液がしみて、泣きそうになったけど、心の中で「私は前世14歳」とつぶやいて、ぐっと我慢する。

 子供にされたことぐらいで、泣くことなんてないよね。ああ、もう。痛いったら。もうっ。


 大きなガーゼを額に張り付けて教室にもどると、リョウ君とルビアナちゃんが駆け寄ってきた。


「姉さま!」


「レティシアちゃん! 大丈夫?」


「うん、ちょっと怪我しただけだから。すぐ治るよ」


 私は抱き付いて来たリョウ君を安心させるように、背中をポンポンたたいた。

 ああ、癒される。やっぱり、リョウ君が弟でよかった。それに、心配してくれるタンポポ組の友達も、みんないい子だ。薔薇組じゃなくて良かった。


「はいはい、皆さん、席について。帝国語の授業中ですよ。レティシアさん、語学の先生に挨拶は?」


 私は、リョウ君に自分の席に戻るよう促して、帝国語の先生にお辞儀で挨拶した。


『遅れた。ごめ、なさい』


『その発音はダメですな。もっと練習して来なさい。これだから下級貴族は学業が遅れていると言われるのだよ』


 先生が言ってることはよく分からないけど、なんか、けなされてるってことは感じる。体育も勉強もなにもかも全部、私は劣等生だよ。ああ、落ちこぼれ、つらい。


『じゃあ、次はリョウ君。この帝国語を読みなさい』


 次に当てられたリョウ君は、立ち上がって白板に書かれた文をスラスラと読み上げた。


『よろしい。弟の方は姉と違って頭は良いようだな。なぜ、双子なのに全然違うのだ? この家の教育はどうなっている?』


 リョウ君は私と違って、運動も勉強も得意だ。特に語学は、一度見聞きしただけで覚えられるほど才能がある。両親の才能をいいとこ取りで受け継いだかのように。クリス父様からは、ずば抜けた運動神経と体力を。ナタリー母様からは知力を。ああ、うらやましい。私なんて、凡庸と陰口をたたかれる国王と、頭の悪さで有名な実母の遺伝しかないよ。ほんと、落ち込むなぁ。


 前世14歳のチートはないのかって? 無理だよ。この国の言語は日本語じゃないもん。文法も違うし、発音も難しい。特に表記文字なんて、葉っぱがたくさんついた唐草模様にしか見えない。なんとか読むだけで、せいいっぱいだよ。


 ああ、だめだ、今日は落ち込みまくり。後で、リョウ君に泣きついて慰めてもらおう。

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