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66 王家の呪縛〜国王アルフレド〜

 僕には姉がいた。

 生まれた時から一緒に育った、とても大切な人。忙しくて会ってくれない父や、子供に興味のない母と違い、彼女はいつも一緒にいてくれた。

 手をつないで庭を駆け巡り、一緒にお菓子を食べて、僕が眠るまで本を読んでくれる。

 優しくて美しい彼女は、僕の唯一の家族で、かけがえのない存在だった。


 やがて、成長して彼女が本当の姉ではないと知ると、僕にとって彼女は、世界でたった一人の女性になった。

 本当の姉ではないけれど、いつか結婚して本当の家族になりたい。

 幼い僕は心にそう決めた。彼女を誰よりも愛していた。


 でも、違った。父と母は僕の婚約者を勝手に決めてしまった。

 その婚約者は、彼女とは正反対のきつい顔をして、僕をにらんだ。


「お見合いの席にまで、乳姉弟のフローラを連れてくるなんて、本当に愚鈍な王子様ね」


 僕が彼女と一緒にいて、何が悪い! 

 つないだ手をほどこうとするフローラを僕は抱き寄せた。


「僕が愛するのはフローラだけだ。お前は愛されることのない王妃になるのだ!」


 王命は絶対で、国民は誰も逆らえない。なぜなら、国王は、この国の結界の誓いを破ることができる唯一の力を持つからだ。

 だから、父に王命を出された僕は、この生意気な従妹と結婚しなくてはいけない。


 ああ、僕はなんて不幸なんだ。王家に予言の王女を誕生させるために、自分を犠牲にしなくてはいけないなんて。世界一不幸だと思う。


 愚かな婚約者は、僕に愛されようとしないだけではなく、頭も悪かった。凡庸で平凡な王子と僕が陰口を言われる一方で、婚約者は文字も読めない落ちこぼれと笑われていた。

 気分が良かった。いつも僕は、従弟たちと比べられて平凡だって言われて、悔しい思いをしていたから。


 もっともっと婚約者の悪口が聞きたくて、僕は彼女の悪い噂を流させた。事実と違っても構わない。皆が彼女を嫌えばいい。

 だってそうだろ? 子供でも読める絵本さえ読めない。自分の名前を書くことで精一杯な愚か者なんだから。


 それに比べて僕のフローラは、優しいだけじゃなくて賢かった。


◇◇◇◇◇◇◇


 5才の時、貴族学園でフローラは、僕と一緒の薔薇組に入園した。うるさく言うやつもいたけれど、僕の姉として一緒に育った彼女には、その権利がある。おばあさまも許してくれた。


 卒園時には、フローラは僕に続き、3位の成績で表彰された。納得いかなかったのは、ハロルドが1位だったことだ。彼は従弟だから、王家の呪いには縛られない。誰とでも結婚できるくせに、僕を抜かして1位になるなんて、ずるいじゃないか。

 僕を1位にするように学園長を脅したけれど、父に止められた。王族はえらいのに、なぜ父が僕を止めるのか分からない。ただ、腹が立った。


 だから、僕は下僕に命じて、卒園祝いの薔薇の形のチョコレートに毒薬を入れさせた。ハロルドは、それを食べて寝込んだらしい。ははっ、いい気味だ。


 僕の苦難の日々は続く。


 ハロルドの弟、クリストファーは、さらに生意気だった。従弟のくせに僕より目立つ。メイドたちは彼の容姿をほめてばかりだ。そして、魔力も僕より高くて、成績もいい。契約獣の白狼を見せつけられた時には、こいつを殺そうと思った。

 だから、何度も毒を送り付けた。食事や菓子にも毒を入れさせた。でも、むかつくことに一度も食べない。本当に嫌なやつだった。


 魔法学校に入ってからも、許せないことが多かった。王子である僕よりも従弟ばかりが褒められる。なぜ、高貴な王子の僕をもっと敬わない。いつも人の輪の中心にいる従弟たちを殺してやりたいと思った。特に、フローラを苦しめる悪女オリヴィアを。


「少しは人の目を気にしてくれる? 一応、私が婚約者なのよね。パーティのエスコートぐらいしなさいよ」


 図々しい女だ。僕とフローラの邪魔をする。


「ちょっと、イチャイチャするならせめて隠れてやってよ。人通りの多い中庭で、口づけなんかしないでよ。気持ち悪いったら」


 本当に、嫌な女だ。なぜ、こんな奴と結婚しなくてはいけないのだ。ああ、勇者の予言さえなければ。



 魔法学校を卒業してすぐの結婚式、そして初夜。


「王命なのよ。わかってるでしょう? 従うしかないのよ。逆らえば、うちの領地の結界を解いて、領民を皆殺しにすると国王に脅されているわ。お互い気持ち悪いのを我慢して、さっさと子供を作って終わらせるわよ」


 嫌で嫌でたまらない。フローラ以外と交わるなんて。

 でも、国王の命令には逆らえない。僕は薬を飲んで、最悪の夜を終えた。



 そして、翌日。

 最近、体調を崩しがちだった父王が死んだ。


 僕は悔しくて仕方なかった。

 なぜ、もう1日早く死んでくれなかったんだ! そうすれば、あんな女と結婚しなくて済んだのに!!


 いや、待て。1日だけだ。たった1日だけの結婚。そんなものは、なかったことにすればいいんだ。今は僕が国王だ。誰も僕には逆らえない。そうだ、今度こそ、僕はフローラと結婚する。


 その日のうちにフローラに事情を話し、王妃にすると約束して、彼女と結ばれた。



 幸せになれると思っていたんだ。


 即位式で、神官を買収して、白い結婚を理由にオリヴィアを追い出した。今まで、僕を不幸にした仕返しに、公爵家に戻った彼女を毒殺するように下僕に命じた。


 毒殺は失敗したけれど、邪魔者はいなくなった。ハロルドだけは、反省したのか、妹の扱いに抗議することもなかったので、僕の下で働かせてやった。仕事は嫌いだ。そんなことをするよりも、フローラと一緒にいたい。だから、ハロルドが代わりに仕事をすると言ったので、やらせてやったんだ。

 しばらくの間は、本当に幸せだった。


 誰にも邪魔されずに、フローラと愛し合える。二人の真実の愛を広めるため、芝居を流行らせたりもした。


 フローラが息子を産んだ時、王家の呪いが発動した。

 息子の目は紫ではなく、薄い水色だった。


 どういうことだ? なぜ、勇者は、聖女リシアは僕を苦しめる?


 憎くて憎くて仕方ない。フローラを責める声まで聞こえた。一言でも、フローラを悪く言う使用人は、全員辞めさせた。そして、下僕に命じる。全員殺せと。



 次に生まれたのは娘だった。娘もやはり、紫眼を持たなかった。

 だが、この子の容姿は描き直させた聖女リシアの絵によく似ていた。使用人は僕の機嫌をとるために、予言の王女にそっくりだとほめそやした。


 そうか、この子は予言の王女なのかもしれない。僕の子供が予言の王女だ。


 ピンクブロンドの髪にピンクの眼の娘が予言の王女などではないことは分かっていた。それでも、フローラに似せて描かせた聖女の肖像画を見るたびに、僕の子供が予言の王女だと自分でも信じるようになった。


 評判の悪い息子よりも、予言の王女かもと思える娘の方がずっとかわいかった。




 なのに、母上は、貴族学園で本物の予言の王女に似た娘を見つけたと言う。あの、憎らしいクリストファーの娘だそうだ。王族でもないくせに、紫眼を持つ。その娘を息子の婚約者にしようとした。


 そんなことは許さない。クリストファーの娘などいらない。


 僕は下僕に命じて、毒を送らせた。残念ながら、死んだのはその娘ではなく、双子の弟の方だった。でも、クリストファーの悲しがる顔を想像したら、笑いが止まらなかった。



 そして息子の魔法学校の卒業式。すべては順調に進んでいた。あの女がまた現れるまでは。



 オリヴィアは毒で死に損なった後、帝国の第三皇子のハーレムに入ったと聞いていた。第三皇子は、即位式に側室を3人も連れて来た女好きだ。そのハーレムの一員として、みじめに生きるがいいと思っていたのに。


 いつの間に、皇妃になったのか? 皇帝と一緒になって、生意気にも我が国に乗り込んできた。


 娘の卒業を祝いに来たと言う。娘? クリストファーの娘が、オリヴィアの娘だと? 意味が分からなかったけれど、そいつは隣に精霊王を侍らせて、僕を断罪した。


 許せない。精霊王は僕の娘のものだ。あいつらはいつも僕のものを奪う。周囲の評判も、学校の順位も、今まで全てゴールドウィンに奪われた。今度は、ついに、王位まで奪われてしまった。


 それは、正当なる血筋の僕のものだ!


 無知な家来どもは、あいつらの言いなりになってしまった。僕のフローラと子供たちは、帝国に連れて行かれてしまった。


 そして、僕は、薄汚い牢獄に捕らえられている。


 王に対して、このふるまい! 

 ここを出たら全員殺してやる!



「差し入れだ」


 フードをかぶった男が、檻の前に立った。僕にチョコレートの箱を差し出した。薔薇の形のチョコレートだ。なつかしい。

 牢獄ではまともな食事が出なかったため、久しぶりの菓子を、僕は両手でつかんで急いで口に放り込んだ。ああ、甘い。うまい。


「息子は、それを食べて勇者になったよ」


 チョコレートを口にほおばりながら見上げると、その男はフードを取った。


 金色の髪に紫眼が見えた。


 憎い、クリストファー・ゴールドウィン! 


 怒鳴りつけてやろうとした。呪いの言葉を吐いてやる。


 けれど、


「ごほっ、ごほ、うっ、ごほっ、ごっ」


 言葉は何も出なかった。

 代わりに、真っ赤な血が口からこぼれた。


「……」


 クリストファーは、僕を感情の読めない紫の瞳で見つめた。


 それが、僕がこの世で見た最後の光景だった。



 ※※※※※※※


 毒チョコレート事件の真犯人です。

 実の父親に殺されそうになったことを、レティシアに知らせないように、秘密裏に処理しました。


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