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62 予言の王女と光の精霊王

 一触即発だった国王と宰相の会話は、帝国からの来賓によって中断され、王妃は急いで自分の席にもどった。

 そして、バーレン帝国の皇帝と皇妃が入ってきた。赤いマントを羽織った大柄な皇帝と紫のドレスを着た美しい皇妃に、会場の人々は礼をした。


「私達の卒業祝いに、皇妃だけでなく皇帝も来てくれたのね」


「お兄様は、それだけ周辺国から期待されてるんですわ」


「ふん、当然だ。俺はこの国の正当な王子だからな」


 スカラと王女の会話に、王太子は少し機嫌を直したようだ。


 周囲の学生からも、ささやき声が聞こえてくる。


「なぜ帝国の皇帝と皇妃が?」


「皇妃様はとても美しいわね」


 学生たちは誰も、彼女が悪女オリヴィアだとは思わないだろう。なにしろ、国王が広めた演劇の悪女オリヴィアは、醜い太った老女が演じているのだから。


 でも、一方で保護者達は驚愕していた。


「まさか、いったいなぜ?!」


「帝国の皇妃? オリヴィア様が?」


 周囲の注目を気にもかけずに、大臣に案内された二人は国王の前に立った。


「即位式以来だな。あの時も、いい寸劇をみせてもらった。今日はどんな笑える演目があるのかな?」


 面白がるように皇帝は国王に言った。一方、国王の方はそんな余裕もなく、濁った眼で皇妃をにらみつけた。


「おまえが、……おまえがなぜ?」


「娘の晴れの舞台ですもの。お祝いに来たのよ。まあ、フローラさんも久しぶりね。『真実の愛の物語』の芝居は、面白く見せてもらったわ。お返しに私も芝居を作ったのよ。『紫の姫と黒の騎士』は見てくれたかしら? 水色の王子を倒して、幸せになる物語よ」


「オリヴィア様が……どうして?」


 王妃のつぶやきを拾った生徒たちがざわめく。


「悪女オリヴィア? どういうことなの?」


「娘の晴れ舞台って言ってなかった?」


 ささやき声が聞こえたのか、赤いマントの皇帝はにやりと顔をゆがませて、また国王を挑発した。


「リヴァンデール国王よ。我が妃が美しすぎるからと、そんなにじろじろ見るなよ。もともとはそっちが手放したんだろう? 私は愛する彼女を得られて、このうえなく幸福だ。彼女は私に、強い魔力を持つ息子を授けてくれたよ」


「魔力が強いのは当然よ。私とあなたの子どもだもの。もう1人、あなたに娘を紹介したかったのよ。特別な子よ。レティシア!」


 皇妃は私に向って手を振った。

 いや、やめて。呼ばないで。そこには行きたくないです。

 拒否する私の代わりに、父様と伯父様が軽く手をあげた。


「おまえは! 悪女オリヴィアの子なのか!?」


 王太子は親たちの会話から悟ったようだ。私をにらみつけて怒鳴った。


「悪女オリヴィアの娘! 白い結婚でありながら不貞を働いたのだな! 愚かな悪女の薄汚い私生児め!」


 王太子の大声に、あたりはしんと静まった。


 即位式で神官が白い結婚を証明した。それなら、オリヴィアは王宮を出た後で子を宿したことになる。だが、皇帝の子でもないようだ。ならば、いったい? 


 保護者達はレティシアと国王を見比べた。同じ色合いの金色の髪に紫の眼。王家の色。まさか……。

 大きなざわめきが広がる。


「お父様! おばあ様は私に、この女に子を産ませるよう言いましたが、愚かな悪女が生んだ罪の子である私生児などに、触れたくありません! けがらわしい!」


 王太子が大声で叫ぶ。すぐ隣から、父様とオスカー様の殺気がもれだした。


「! 私の娘に何を言うのよ?!」


 しゅっと音がして、皇妃の持っていた扇が空中を飛び、王太子に命中した。


「うわっ」


 護衛騎士がかばおうとするも間に合わず、扇が顔面を直撃して、王太子は顔を押さえてうずくまった。


「愚かなのはそっちでしょう? 愚かな国王アルフレド、あなたは賢くて優しい王妃を迎えたかったんじゃないの? どこが賢いの? 子供の教育は失敗してるじゃない」


 紫の瞳に怒りをたぎらせて、皇妃は国王をなじった。


「うるさい! おまえなどに、何が分かる!? 予言の王女を誕生させるために、ただの種馬として血をつながなければならない王の苦しみが、お前などに分かるものか! 紫眼の王女を誕生させろと、王家にかけられた呪縛のようなものに、従うしかなかった私の気持ちが!」


 国王は、激高した。


「勇者の予言さえなければ、私は愛するフローラと初めから結婚することができたのだ! 紫眼の王族を誕生させるために、嫌いな女と無理やり子作りをしなくてはならない王家の苦痛がおまえに分かるか?!」


「私に分からないとでも? 私だって大嫌いなあなたと無理やり結婚させられたのよ?! 気持ち悪くて吐きそうだったわよ。でも、王家の血筋をつなぐのはゴールドウィン公爵家の義務。逆らうことは許されなかったわ。だから、王命に従って、あなたと結婚して子を作った。それを、あなたが、先王の死後、真実の愛の相手を王妃に迎えるからと、勝手にくつがえしたのよ。私はあなたに従ったわ。だって王命だもの。だから、何も言わずに王宮を出たのよ!」


「うるさい! うるさい! もう一日早く父が死んでいれば、フローラを初めから王妃にできたのに。あの夜さえなければ、父の王命さえなければ!」


 国王は怒鳴りながらパーティ会場を見渡した。そして、人々が自分に注目しているのを見ると、にやりと笑って王杓を頭上に掲げた。


「ははは、そうだ。王命だ。おまえたちは、王命には従うしかないだろう? 私が一言、精霊王に願えば、この国の結界は破れ、魔物が民を食い尽くす。私が、一言、契約を解除し、結界を解けと精霊王に言うだけで! はは、ははは」


 王は国民を結界の契約で脅す。だから、誰も逆らえない。どんな横暴にも、国民は従うしかない。でも、


「いいよ。結界を解こう」


 この時、天上から王に声が答えた。

 王の脅しに、答えてしまった。


 驚いて見上げる人々の目に、まぶしい銀色の光が差した。

 そして、目をすぼめる国王の前に、彼は現れた。


「もう、契約は終了しているからね。約束は果たしたよ」


 6枚の大きな虹色の羽根を輝かせながら、人を超えた美貌の精霊王が、国王を見下ろした。


「あ、ああ、あ」


 口を開けて国王は精霊王を見上げて固まった。隣にいた王妃は魔力酔いして、倒れそうになっている。突然会場に現れた不審者に、護衛騎士は一歩も動けない。


 その姿は、誰もが絵で見たことのある光の精霊王そのものだった。絵姿とは違い、実物は目を離せなくなるほど美しく眩しく輝いている。


「!私の光の精霊王様! マリアンヌです! 私を迎えに来たのですね。私があなたの花嫁です。私が予言の王女よ!」


 はしゃいだ声とともに、王女がドレスをひるがえして、壇上にかけ登った。途中でふらついて転んで、床にぺたんと座りこんだ。ピンクのドレスと同じ色に頬を染めて、精霊王を見上げている。


「ああ! なんて素敵な方。私を待ってたのね。いいわ。あなたと結婚します!」


 無邪気で愛らしい王女の求婚に、精霊王は眉をしかめた。


「うーん、君は、聖なる魔力がゼロだからなぁ。論外だね」


 あっさりと断って、精霊王は私の方へ飛んできた。


「で、ぼくの契約者さん。この国の結界を消していい? だって、予言の王女が誕生してるんだから、もう契約終了してるしね」


 人々の驚きを楽しむように、精霊王は私の髪を手に取って口づけする。

 私はその手を振り払って、精霊王に告げた。


「待って。結界は消さないで」


「そうかい? でも、もう王族は、いらないよね?」


 精霊王は面白がるように、王族席を見た。


「! どういうことだ?! おまえ、また俺たちの物を取ったのか? 紫眼に続き、精霊王まで! それは王族の物だ! 光の精霊王はマリアンヌのものだ!」


 静まった会場の中で、王太子が床に座ったまま、大声で騒ぎ出した。


「そうです! 精霊王様は間違えてます! 王女は私です! その女は、不貞で生まれた汚らわしい私生児です!」


 王女も床に座ったまま、大声で精霊王を説得しようとした。


「私生児ねぇ」


 精霊王は笑った。


「勇者が予言した王女の誕生を、その男は呪縛だと言ったけれど、それは祝福だったんだけどな。王家には、必ず魔力の多い紫眼の子が生まれる加護だよ。だから、たとえ魔力がない相手と結ばれても、直系の子供は必ず高い魔力を、紫眼を持つ。これがリシアと約束した祝福だったんだけど、子孫には伝わらなかったのかな?」


 強い魔力を得る祝福。それなら、国王は誰と結婚しても、魔力の強い子を持てたと言うこと? 結婚相手の魔力量とは関係なく、国王の子はみんな紫眼になるの? じゃあ、なぜ? 王太子と王女は……。


「だけどね、リシアは浮気とか不倫とかを絶対に許さない世界の住人だったんだ。だから、祝福を与えられるのは、正式な結婚相手の子供だけに限られるんだ。私生児は含まれない」


 精霊王の言葉に、王太子は反発した。


「じゃあ、なぜおれに魔力を与えなかった! 俺は、お父様とお母様が愛し合い、結婚してできた子だ! おまえがおれに紫眼を与えなかったから、俺は、俺は!」


「やれやれ」と精霊王は手を振った。頭の悪い子を見るように。


「だって、君、自分で言ってたじゃないか。不貞で生まれた私生児って」


 私の実の父母が白い結婚というのは偽りだった。だから、精霊王にとって、二人の婚姻は無効にはならなかったのだ。


 母と離婚せずに、白い結婚だと偽って追い出したから、国王とフローラ妃の結婚こそが偽りになった。そのため、二人の間にできた王太子と王女は、私生児にあたるのだ。

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