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58 勇者リョウの遺産

 勇者リョウはリョウ君だった。


 待っていてくれたオスカー様にそう告げて、私は彼の胸の中でまた泣いた。幼くして死んでしまった弟は、過去に行って活躍して、長く生きた。


 泣きながらオスカー様にそう言った後で、私は笑った。泣いた後はなぜか笑いが止まらなくなった。オスカー様も目じりに涙をうかべながら、一緒に笑ってくれた。


 ああ、この笑顔が好き。

 私は、オスカー様が好き。


 今まで蓋をしていた感情があふれかえった。私達はどちらからともなく唇を重ね合った。もう、止められなかった。


 父様から連絡が入ったのは、その日の夜だった。


 魔物蔦が私の腕からくねくねと移動して、机の上に文字を書いた。


「ダンジョン 見つかった」


 私はオスカー様の腕の中で、父様のメッセージを見た。

 父様は、火山のカルデラ湖の浮島で、私が結界を解くのを待っていてくれたのだ。今日、リョウ君の手紙を読んだから、結界が解けてダンジョンが現れたのだろう。


 魔物蔦にメッセージを送るように頼んだ。


「リョウ君 の 手紙 見つけた」


 瞬時に返事が来た。


「すぐ 行く」


 父様が辺境領にやってくるまでの間、私たちは何もせずに二人で過ごした。庭を散歩したり、魔物牧場で魔物を見たり、馬に乗ったり。まるで、リョウ君とオスカー様と3人で過ごした夏のように、朝から晩まで二人でくっついて過ごした。


 辺境伯の人々は、そんな私達をにこにこと見守ってくれた。


 私は、王族のこともルシルのことも忘れて、二人の時間を楽しんだ。


 そして、父様が最北の領地からやってきた。私からリョウ君の手紙を受け取って、すぐに部屋にこもった。

 そして、翌朝には、腫れた目でにこやかに笑った。


「さあ、いくぞ! 勇者の、リョウの遺産だ」


 私とオスカー様、そして、父様は勇者の遺産のダンジョンに向かった。




 最北の雪の山脈。父様が男爵となった時に、国王から押し付けられた人の住めない領地。勇者のいた500年前は炎の魔物が大量発生し、まるで山が燃えているようだったとか。

 その山の頂上に丸い形の湖があり、その中に浮島があった。


 この場所にダンジョンを作ったリョウ君は、きっと、父様への想いがあったんだろうと思う。ただ単に、他の人に見つからないようにしたかったのなら、結界だけでよかったのに、わざわざ父様の領地に作ったんだから。


  私が修行者のダンジョンをクリアしたのと同じ時に、父様の目の前で、突然、浮島にダンジョンが出現したそうだ。


 それは、半球状の建物だった。石でできた建物には、ガラスの扉が付いていた。父様には開けられなかったけど、私が聖の魔力を込めた杖を振ると、その扉は自動的に開いた。


「入るぞ」


 ごくりと喉をならして、父様は私達より先に、入口に進んだ。そのとたん、襲ってくる多数のモンスター。杖を振って、父様はそれを瞬殺する。


「はっ、なんだ。リョウは俺に活躍の場を与えたかったのか?」


 これでもかってくらいに、次から次へとモンスターが父様に襲い掛かかった。でも、不思議なことに、私とオスカー様には全く近づかない。


「ははは!」


 笑いながら父様はモンスターを惨殺する。まるで、楽しく遊んでいるかのように。父様に遊んでもらえず放っておかれた子供の頃のリョウ君を思い出した。子供時代の仕返しのように、大量のモンスターが父様を攻撃した。


「こっちにドアがある」


 父様の戦闘がまだまだ続きそうなので、私たちはその広い空間の中を探索した。そして、日本語でメッセージが書かれたドアを見つけた。


「ネエサマ ノ オトウト デ ヨカッタ」


『姉さまの、弟で、良かった。……私も、リョウ君が弟でよかったよ』


 日本語でつぶやいたら、ドアが音もなく開いた。

 私はオスカー様と顔を見合わせ、その中に入った。



 部屋の中にはリョウ君がいた。


 ずっと年を取った姿だったけど、髪も眼も真っ黒だったけど、リョウ君だった。

 部屋の壁にかけられた額縁の中で、リョウ君が動きだした。


「姉さま。きっと来ると信じてたよ」


 モニターに映し出されたリョウ君が笑った。


「ああ、何から言えばいいのか……。もしかして、オスカー様が一緒にいる? あの夏の日に約束したんだ。僕に勝つまでは、姉さまをあげないって。それなら、今ここにいるのなら、オスカー様の勝ちだよ。……それとも、姉さまはルシルを選んだ? 彼はずっと不安を抱えている。いつか自分が先の精霊王のように闇をあふれさせるかもしれないと。だから、聖女にずっと側にいて欲しがったんだ。……でも、もしも、ルシルを選べなくても心配することはないよ。彼はいい子だけど、姉さまには自分の人生を生きてほしい。……だから、僕が作った魔道具を託すよ。聖女になるには、異世界の魂を持つことが条件だ。それなら、異世界から連れてきたらいい。これは、異世界人を召喚するための魔道具だ」


 そこで、リョウ君は言葉を切った。そして、ためらって、また続けた。


「リシアは異世界人を召喚することに反対した。無理やり異世界人を攫ってくるのは犯罪だからと。でも、姉さまは異世界からこの世界に転生できて、よかったって言ってたよね。無理やりじゃなくて、本人が望むのなら異世界召喚は罪ではないと思う。早くに亡くなってしまう、もっと生きたいと願う人を召喚して、命を助けられるのなら、いいのではないかと。だから、僕はこの召喚の魔道具を作った。もしも、姉さまが僕の意見に賛成するならば、これを使ってほしい」


 リョウ君はそれから、まるで私のことが見えているかのように、モニターの中から笑いかけた。


「それから、金貨をたくさん残したよ。これでも、勇者だからね。大金持ちになったんだ。僕の子孫にもたくさん残したけど、姉さまはお金が大好きだったから、姉さまにもあげるよ。ああ、両親には、ここにある動く写真を撮る魔道具を渡してほしい。リシアが言うには、ビデオカメラっていう名前だそうだ。でも……もしかして、今、ここに来ている?」


 リョウ君……。うん、そうだよ。長年の夢だった勇者の遺産を見つけに、父様は、ここまで一緒に来たよ。


「最後に、これだけは言っておくよ。僕は毎日が充実した、とてもいい人生をおくっている。姉さまも、自由に好きなことをして生きてほしい。それが僕の一番の願いだよ」


 そして、画面は真っ黒になった。もう、どこを触っても再生しなかった。


 私は、その後で現れた、大きな箱を持って、困惑したように隣のオスカー様を見上げた。

 オスカー様は私の手をぎゅっと握り、安心させるように笑ってくれた。

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