55 一つの解決
「父君のクリストファー様と同じですね。杖を手に取ってすぐに、魔法が使えるようになるとは」
学長室で担当の教師の試験を受けてから、合格をもらった。
「よい家庭教師がついているようですね。これだけの力があれば、1年の授業は免除してもいいでしょう。ですが、学校は勉強するだけの場所ではありません。あなたは公爵令嬢で王太子の婚約者候補ですから、やはり学校に来て、社交をした方が良いのでは?」
貴族の生徒の場合は、進級テストに受かる力があっても、毎日学校に行く。学校は勉強以外にも貴族同士のつながりを作る場所でもある。
でも、わたしは、そんな貴族らしいことはしたくない。
一刻も早く、修行者のダンジョンの最上階まで行って、勇者の遺産を手に入れたいのだ。卒業後、成人するまで。私の猶予は短い。
「どうだった?」
学長室から出た私を、オスカー様が待っていてくれる。私の不安そうな顔を見て、すぐに側に駆け寄ってくれる。
「うん、合格だって」
そう答えると、ぱっと笑顔が輝く。
「そうか、良かった。これで一緒に辺境に行けるね」
あたり前のように、オスカー様は私の手を取って歩く。廊下を行きかう生徒が遠巻きに見ている。
「オスカー様は、それでいいの? 社交とかは?」
私の修行につき合うために、彼を縛ってしまってるのかも。
「ああ、うちの家はね、代々みんな社交をしないから。そういうのがあまり好きじゃないんだよ。俺も、学校に通うよりも辺境で自由にしてる方が好きだな」
そうなんだ。じゃあ、いいのかな?
彼は周りの視線を気にしない。辺境伯爵家の人たちはみんなそうだ。自由に生きている。私もそうできたらいいのに。
私とオスカー様は王都から離れ、修行者のダンジョンを攻略する。杖を手に入れて、魔法が使えるようになった私は最強だ。
飛び回る的に魔石が当たらなくて不合格になった階も、杖に魔力を込めて強力な火炎放射器にすると、簡単に合格できた。
腕力もコントロールも必要ない。的は全て焼き尽くした。
それでも、「魔石を使ってください」と苦情を言う師匠には、杖の先を向けると、震えながら合格印を押してくれた。
そして、魔力に任せて、時に師匠を脅しながらも、あっという間に50階まで行った。
「レティはすごいな。兄さんたちも、杖を手に入れたら先が早かったけど」
「ああ、俺たちはもう80階までいってるぞ。そこから先は、苦手な属性魔法が必要になるから、なかなか進まないが」
「オスカーは全ての魔力が高いだろう? もっと上にいけるんじゃないか? それに、君は聖女だろう?」
辺境伯の領館での夕食会。オスカー様のお兄さんが、さりげなく、食堂にいる全員に私が聖女だとバラした。
なんで知ってるの? お兄さんたちには聖女だってことは秘密にしてたのに。
「悪いね。俺の婚約者から聞いた」
にやりと口の端をあげて笑った長男は、ベアトリス様の叔母と婚約が決まったそうだ。辺境伯家の跡継ぎ問題は解決した。
「ちゃんと口止めしておいてくださいね」
私はくぎを刺しておく。聖女だなんて広まったら、絶対面倒くさいことになる。ベアトリス様にも口止めしといたのに……。
「心配するな。あの一族は結束が固い。他の家には漏らさないさ。シルバスター家は、聖女のために王族に忠誠を誓っているからな。つまり、聖女にとっては何よりの味方だぞ」
「おう! 辺境伯家も聖女に忠誠を誓うぞ!」
辺境伯爵が息子に続いた。
使用人たちも、全員、私が聖女だって知ってるの?
「それはそうと、お嬢ちゃん。クリスはどうしてるのかい?」
黙って食事をする私に、辺境伯爵が父様のことを聞いた。
「先日、帝国から戻ってきました。今は、勇者の遺産を探しています」
他にも火山のような山がなかったかどうか、念のために調べているそうだ。
「その魔物蔦で連絡をとりあってるのか?」
私は辺境伯が指さした左腕の袖をちらっと見た。私の左手首にはブレスレットに擬態した魔物蔦が絡まりついている。
蔦は時々、文字を形作る。それは、探索に出かけて帰ってこない父様との連絡に使われた。魔物蔦には遠隔通話能力があるのだ。父様の持つ魔物蔦から私の魔物蔦へメッセージが送信される。
「これは便利です。もっと、普及したらいいのに」
携帯電話がないこの世界では、魔物蔦のメール機能は役に立つ。
「帝国では使用されてるようだぞ。やはり、結界で守られているからと鎖国をしていると、国力に差が出るな」
「そうね、魔物は恐ろしいものだけど、役に立つこともあるのにね」
「今の国王は新しいことを嫌っている。王太子はさらに何もできない」
辺境伯夫妻と息子たちの王家についての批判を聞きながら、私はオスカー様の横顔を盗み見た。
すっきりした男らしい頬のライン。フォークで口元に運ばれた肉をかじる時、真っ白な歯が見えた。そして、私の視線に気が付いたのか、顔をこっちに向けて、にっこりと満面の笑みの形を作る。黒い瞳の熱いまなざしから、私は、すっと目をそらして、自分の食事に集中するふりをする。
食事が終わり、私は部屋で一人になる。聖女だと知られた後も、辺境の人たちの態度は何も変わらなかった。今までと同じように、私をオスカー様の友達で、修行仲間として扱ってくれる。夫人が私のために王都から取り寄せた、美しい装飾品であふれるこの部屋のように、私はとても大切に扱われている。
猫脚の白いテーブルの上に、一通の手紙が置いてあった。王都から私宛の手紙。差出人を確認してから開いた。
「ルシル。出てきて」
手紙を読み終えてすぐ、精霊王を呼んだ。光の精霊王は猫の姿で現れた。ふさふさの白いしっぽ。愛くるしい銀色の大きな眼。うっ、いけない。どうしても触りたい欲望に負けてしまいそう。ゆっくりと長い尻尾をふる白猫から距離をとり、私は命じた。
「元の姿に戻って。話があるの」
「なんだ。最近、僕を抱いてくれないけど、なにか怒ってるの?」
白猫は銀色の光とともに、美しい精霊王の姿に変わった。背中の6枚の羽根が大きく開いている。
「そろそろ覚悟は決まった? 僕の花嫁になって一緒に精霊界に行く?」
厄介な精霊。精霊王は、私に近づいて、耳元で囁く。魅了の力でもあるかのように、艶のある声が脳内に侵食する。もう一歩下がった私は、精霊王と向かい合った。
「チョコレートの犯人が分かったの」
あれだけ復讐を望んだ犯人は、あっけなく分かってしまった。
ベアトリス様が私に忠誠を誓った日、リョウ君の死の真相を告げて調査を頼んだ。ゴールドウィン公爵家では調べられなかったけど、シルバスター公爵家なら、何か分かるかもと期待したからだ。この手紙はその結果だった。
あのチョコレートを送ったのは、シルバスター家の使用人だそうだ。男爵令嬢が婚約者候補になるとの噂を聞いて、嫌がらせで懲らしめてやろうとしたって。
「でも、おかしいのよ。チョコレートに毒は入れたけど、殺すつもりはなかったって。ただ、咳が少し出るだけの、いたずら用の毒だって。死ぬようなものじゃないって。チョコレートはあなたが消してしまったから、本当は何が入っていたのかは、もう分からないけど。あれは、本当に猛毒だったの?」
チョコレートの毒薬の成分は調べられなかった。彼が全部その場で消してしまったから。私が誤って食べるといけないからって言ってた。
「ああ、ふーん、そういうこと? どうだったかな。忘れちゃったよ」
精霊は私を見ながら、微笑んだ。面白がるように、愉快そうに口元を緩めて。瞳を虹色にきらりと光らせて。
その美しい微笑みに、背筋がぞわりと震えるのを感じながら、私はごまかされないように、精霊に質問した。
「あの時、リョウ君は猛毒を食べたせいで、魔力が暴走して魔王の魔石が反応したって言ってたよね。そのせいで黒い炎がリョウ君を燃やしたって。でも、それは真実なの?」
今まで、だまされていたのかもしれない。この精霊のことを信じすぎていた。
「どうかな? 思い出してみようか。そうそう、咳き込んだリョウは、魔道具の光を浴びて、そして魔王の魔石が力を取り戻して、黒炎が上がった。そうだったよね」
精霊王の言葉に私は思い出す。母様の魔道具が光った。そして、黒炎が上がった。
「あの魔道具が光った時に、闇の精霊王の魔石が、反応したのかもね。浄化しきれてない場合だと、ちょっとした魔力でも影響があるのかも。何しろ魔道具には聖女が補充した魔石を使ってたから」
言ってることは、よく分からない。魔道具の魔石に魔力を補充したのは私だ。でも、それなら、
「なんで! なんで嘘をついたの? 猛毒のチョコレートのせいだって言ったじゃない。だって、それじゃあ、リョウ君が死んだのは、チョコレートのせいじゃなくて、私が魔石を補充したからなの? それで、リョウ君は!」
「まあ、僕は、毒とは言ったけど、猛毒とは言ってないよ。それに、咳き込んだことが魔力暴走と全く関係ないとも言えないよ」
「そんな。それでも、私のせいで……」
「悪いのはそういうことをさせた者だよ。君のせいでは全くないね。まあ、でも、誰もこんな結果になるとは思ってもいなかっただろうけど。結局ああなったのは、偶然が重なった事故だろうね」
リョウ君の復讐相手はいなくなってしまった。
もちろん、嫌がらせの毒を仕込んだ犯人は、シルバスター家で厳しく処分したそうだ。
「もう復讐はいいからさ、はやく勇者の遺産を見つけたら?」
ルシルは私に遺産を早く見つけさせたいらしい。
私はどうしたらいいんだろう。
今まで、リョウ君の死の責任を取るために、犯人に復讐するためにがんばってきた。
でも、こんな形であっけなく終わってしまった。
精霊王と契約した目的は二つだった。そのうちの一つの復讐はなくなった。もう一つ、勇者の遺産にはあと一歩まで近づいている。じゃあ、それが終わったら?
考えないようにしていたことと、向き合わなければいけない。
レティシア視点でのチョコレート事件の解決です。後日、別人視点で真相が語られます。




