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54 聖女

 杖を授与された翌日、私とオスカー様は授業には出ず、進級テストを受けるために学長室に向った。部屋の前にはベアトリス様が一人で立っていた。


「レティシア様。すこし、お時間をいただけますか?」


 ベアトリス様は私に王族に対するような礼をした。


「レティ、どうする?」


 オスカー様が心配そうに見つめる。


「先に、オスカー様がテストを受けて。私は後から行くから」


 そして、私はベアトリス様と一緒に、学長室の横にある控室に入った。


 メイドがすぐにお茶を入れてくれる。人払いをしてから、ベアトリス様に向き合った。


 何も言わずにじっと私の目を見ているベアトリス様に、私の方から質問した。


「どうして婚約者候補を辞退したのですか?」


 答える前に、ベアトリス様は小さく息を吐いた。


「婚約者候補になったのは王家の命令でした。魔力の低い王妃から魔力の低い王太子が生まれた。王家に魔力を取り戻すには、魔力の高い公爵家の娘が必要だと」


 ベアトリス様は今までのことを語った。


「貴族の娘に生まれたので、家のための結婚は当然の義務ですわ。ただ、真実の愛を重んじた陛下の例がありましたから、婚約者ではなく婚約者候補ならばと、いろいろ条件は付けましたけど。ビクトル様は見た目は、まあそこそこだし、性格は乱暴で短気だけれど、単純で扱いやすい方ですから、後ろで操るには悪くはないと思ってましたの」


 けっこうひどい言われようだ。ベアトリス様に惚れてた王太子がちょっと気の毒になってきた。


「でも、貴族学園であなたたちに出会ってから、ずっと考えていましたの」


 ベアトリス様は私の目をじっと見た。


「私とビクトル様の間に、紫の瞳の子供ができるのかどうか疑問に思いましたの。ビクトル様の瞳は水色で、私は青。真実の愛で結ばれた陛下と王妃様は、紫眼の子を持つことができなかったでしょう? 王妃様はそのことで責められています。貴族たちが王妃様を不満に思う気持ちは分かります。この国を守る結界は、光の精霊王との契約によるもの。王家が予言された紫眼の王女を誕生させることができなければ、契約は解かれ、結界はなくなる。私は、恐ろしくなりました」


 そこまで言って、ベアトリス様は口をつぐみ、視線をそらせて、紅茶のカップを手に持った。でも、口をつけることなく、ソーサーにもどした。そして、また、私を正面からまっすぐに見つめた。


「あなたは予言の王女なのですか?」


 真剣な表情をしたベアトリス様の質問に、私は答えなかった。

 でも、否定しないのが答えだとでもいうように、彼女はすぐに言葉を続けた。


「陛下が一度目の結婚式を挙げた夜、オリヴィア様との初夜は行わなかったと証言しました。でも、王宮の侍女は、寝室で確かに男女の声を聞いたそうです。翌朝、汚れたシーツをメイドが片付けるのを見たと。陛下はそれについて、寝室にいたのはフローラ妃だったと言ったそうです。真実の愛の相手と初夜を過ごしたと。そしてその夜、フローラ妃がビクトル様を身ごもったと。……でも、もしもそれが全て陛下がついた嘘なら、もしも神官さえも嘘をついていたのなら、あなたとリョウ様は、陛下とオリヴィア様の、」


「それは違います!」


 思わず途中で口を挟んだ。リョウ君のことは、誤解されちゃだめだ。リョウ君は、あんなやつの子供じゃない。


「ですが、レティシア様の聖の魔力は、この国には存在しないはず。それは、聖女リシアの生まれ変わりだと」


 勇者が予言していた。結界で囲われたこの国で、聖の魔力を持って生まれるのは、聖女リシアと同じ姿の王女のみ。その聖の魔力を持つ、生まれかわりの王女だけが、光の精霊王の契約者になると。

 私は、たしかに、聖女リシアと同じ色を持った王女で、そして聖の魔力まである。


「もしも、私があなたが思っている存在だとしたら、ベアトリス様は、そしてシルバスター公爵家はどうされますか?」


 彼女を試すように私は質問した。この国の三つの公爵家のうちの一つがどう出るか知りたかった。


 ベアトリス様は立ち上がり、そして私の前に膝をついた。


「私と我が公爵家は予言の王女に従います。この国に生まれた者の義務として当然ですもの。精霊王の守護で成り立つ国の民にとって、予言の王女は何よりも敬わなければならない相手です」


 私は、ベアトリス様の言葉に、心を決めた。

 そして、ルシルを呼び出した。


 突然部屋に現れた光り輝く精霊王の圧倒的な魔力と人外の美貌に、ベアトリス様は声を失った。そして、魔力圧に耐えながらも、私と彼に深く頭を下げた。


「精霊王様と予言の王女様に、わたくしの忠誠を捧げます」





 ああ疲れた。光の精霊王を呼び出すと、かなり魔力を取られる。彼と契約する対価は私の聖の魔力だ。子供の頃と比べ、修行のおかげで魔力は特大になったけれど、それでも、疲労感がどっと押し寄せる。この後は進級テストなのに。


「レティ、大丈夫かい?」


 ドアを開けて出て来たオスカー様は、私の顔色の悪さを見て駆け寄ってきた。


「何があった?」


 すっと伸びて来た長い指が私の頬をなでる。

 私を真剣に見つめる真っ黒な瞳。

 泣きたくなった。オスカー様の胸にすがりついて、大声をあげて泣きわめきたくなった。甘えてしまいたい。このまま彼と一緒にどこか遠くに逃げていきたい。予言の王女、光の精霊王、そんな重たいものは全部捨ててしまいたい。

 いつも側にいてくれる優しい人。もしも何もかも忘れて彼と生きて行けるなら……。


 でも、そんなことはできない。

 私は自分に言い聞かせる。


 リョウ君が死んだのは、私のせいだ。私は、リョウ君の復讐をして、勇者の遺産を見つけて、それが終わったら、聖女として……。私は自分の感情に蓋をした。


「なんでもない」


 そのまま、オスカー様の手を振り払って、学長室のドアを叩いた。オスカー様の視線を背中に感じたけれど、振り返らずに中に入った。

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