49 聖なる魔力
聖女だけが持つ聖の魔力は、浄化と結界の力だ。
500年ほど前、聖女リシアは魔王を浄化した後、光の精霊王の協力の元、国中に結界を張った。聖女亡き後も、光の精霊王の力で、他の魔力を使って、結界を維持できている。
「貴重な聖の魔石が!」
「結界の魔石だなんて! いくらするんだ?」
「神殿で売ってるのは、貴族の10年分の予算ぐらいするらしいわよ」
ざわざわと騒がれているのは、王太子のご乱心についてではなく、私が使った聖の魔石についてだった。
聖の魔石はとても貴重だ。聖の魔力を持つ聖女は、神聖国に数人しかいない。そして、一番力の強い聖女でも、聖の魔石は1年間に3個ぐらいしか作れない。そんな貴重な魔石の結界魔法を、たかが料理皿の攻撃ぐらいのことで使っちゃったことに対して、恐れおののいているのだ。
……だって、勝手に発動しちゃったし。仕方ないよ。
「レティ。それは……」
オスカー様さえ、信じられないという顔をしている。そうだよね。ふつうは、そうだよね。この国には聖の魔力が使える聖女は、リシア以外存在しなかったんだもんね。
「父様がダンジョンで見つけたの」
私が作ったことがバレると大事になるので、とりあえず嘘をついて、冒険者の父の仕業ってことにしておこう。破天荒な父の名を出せば、たいてい解決する。
「ああ、クリストファー様か……」
皆、それを聞いて納得した顔になった。が、今度はスカラが訳の分からないことを言いだした。
「! それ! それは、私のモノよ!
勇者パーティの聖女リシアが作った魔石なら、勇者の子孫の私の物よ! それを勝手に使うなんて! 弁償しなさいよ!」
さすがに、その発言はおかしい。聖の魔石の力に驚いていた人たちも、スカラの言動に眉をひそめた。
「スカラ・マッキントン。いい加減にしてくれ。勇者の名を汚すな。ダンジョンにある物は、発見者の物になる。勇者の書に書かれている」
オスカー様は不愉快だとはっきり告げた。黒髪黒目のオスカー様は、まるで勇者の言葉を代弁しているようで、見物人たちはその通りだとうなずいて、スカラに不快な視線を向けた。
「あらあら、まあまあ、婚約者候補が全員いるなんて珍しいこと」
そして、スカラの窮地を救ったのは、王太后と王妃だった。
学生だけのパーティだけど、王太子の入学パーティなので、来賓として特別に見に来たそうだ。
「ああ、礼はいらないわ。今日は無礼講よ。大事な孫とその婚約者候補の晴れの舞台だもの。ねえ、フローラ」
「はい、その通りです。お義母様」
フローラ妃は優し気にほほ笑んだ。そして、私の紫のドレスを目にして、ほんの少し眉をひそめた。
「ビクトル。今日はおめでとう。ついに魔法学校に入学ね」
王太后は周囲の礼を受けながら、王太子の側に来た。
「おばあ様。それに、お母様……」
床に散らばった料理と皿の破片を気まずそうに見て、王太子は、二人に礼をした。
「フローラ。はやくメイドに掃除させなさい。床が汚れているわ。ご令嬢方のドレスが汚れるとたいへんよ」
「はい、すぐに」
王妃は側に控えている侍女に指示をした。そして、王太子にその場を離れるように促した。
「ビクトル、ベアトリスと一緒に向こうに行きましょう。学長と話をしてましたの。クラス替えについて」
「! 今日のテストの結果が出ましたか?! やっぱり、私のBクラスは過ちだったんだ。不敬な教師は処分しましょう!」
「ええ、そうね。さあ、二人ともここは汚れてるから、向こうでお話しましょう」
王妃が二人を向こうの席まで導こうとした。
よかった。このまま、王族がどっか行ってくれたら、オスカー様とあっちのテーブルへ移動して、おいしそうな料理を食べよう。って考えているのに、
「お待ちなさい、ビクトル。レティシアさんに会うのは久しぶりでしょう? この機会に、婚約者と交流を深めなさい」
「! そいつは婚約者じゃない!」
せっかく穏やかに収まりそうだったのに、王太后が台無しにした。王太子は顔を真っ赤にして怒りを表現した。お世話係のロレンスが、王太子の近くのテーブルから素早く料理皿を遠ざける。
「いいえ、わたくしがあなたのために用意してあげた婚約者候補よ。ごらんなさい。紫色のドレスがよく似合うこと。ゴールドウィン家はね、王族の血筋を守るためだけに存在しているのよ。この娘ならきっと、紫眼の子をたくさん産むわ」
「紫眼なんか!! 結婚は愛する人とするのです。お父様とお母様のように! おばあさまも、真実の愛に賛成したのでしょう?!」
「ええ、でも、それなら、この娘と愛し合えばいいじゃない!」
いや、それは絶対に無理。なぜ王太后は自分の息子にできなかったことを、孫にやらせようとするのだろう。紫眼にこだわるのなら、国王と王妃の真実の愛に反対すればよかったのに。いくら、フローラ妃が親友の娘で、かわいがっていたとしても。その結果を孫に押し付けるのは間違ってる。
私は、王太后に礼をして、発言した。
「王太后様、私は婚約者候補は辞退したいと思っております。私には務まりません」
「おだまりなさい! 王族の血を守るのは、臣下の役目! それを断るなど、王家に対する反逆です! おまえは、ビクトルに愛される努力が足りないのです!」
何度断っても、王太后はあきらめない。どうしても、王家に紫眼を取り入れたいのだ。
でも、絶対に私が王太子と婚姻することはない。ありえない。
もういい、もう。王族はやっぱりおかしい。
さっさと、犯人に復讐して、勇者の遺産を手に入れて、こんな国から出て行こう。




