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45 貴族学園卒園式(8年前)

 最初で最後の薔薇組の教室に入ったら、そこはタンポポ組とは違って、とても豪華な部屋だった。机も椅子も、壁紙やシャンデリアさえも全て高級品。でも、一番違うのは、私を遠巻きに見る園児たち。

 そりゃあ、避けるよね。今までバカにしていたタンポポ組の下級貴族が、突然、自分たちより格上の公爵令嬢になってたりしたら。普通はね。


「どういうことなの! 身の程知らずね! 男爵令嬢が公爵家の養女になるなんて」


 普通じゃないのはスカラ・マッキントン。相変わらず敵意丸出し。


「いい? ビクトル様の婚約者になるのはこのわたしよ! 陛下がわたしがいいって言ってるんだからね! 男爵令嬢が王太子妃になれるわけないわ! ねえ、ビクトル様」


 スカラに腕を絡められていた王太子は、私を殺さんとばかりに、にらみつけた。


「おまえが俺のことが好きだから、婚約者にしてやれとおばあさまに言われた! だが! 俺は決して、おまえなんかを愛することはない!」


 王太子は、ありえないことを言いだした。

 え? 誰があんたを好きだって? まじ、ありえないんだけど? 王太后ってば適当なこと言ってんじゃないよ! 腹が立ちすぎて、我を忘れた。


「ふざけん、んんー!」


 突然、後ろから伸びて来た手に口を覆われた。ふざけんな、バカ王子と叫ぶつもりだった私の言葉が、喉の奥に消えた。


「レティシアちゃん!」


 手の持ち主は、オスカー様だった。久しぶりに見るその姿は、またちょっと大きくなって、またちょっとカッコよくなっていた。


「つらかったね。リョウ君のこと」


 その名前を聞いたとたん、涙がじわっと瞳にあふれた。とっさに、オスカー様が自分の胸に抱え込んで、みんなから泣き顔を隠してくれた。


「おい! 公爵養女、婚約者候補なのに、さっそく浮気か」


 王太子の側近候補のダニエルのからかうような声が聞こえて、すぐにオスカー様から離れる。だめだ、しっかりしなきゃ。毒を送った犯人を捕まえるために、婚約者候補の地位を利用してやるのだから。


「私たちは、ただの候補者ですのよ。婚約者に決まるまでは自由ですわ。そうでしょう? ビクトル様」


 鈴の音のようなベアトリス様の声がした。


「ああ」


 熱い視線を美少女に向けて、凶暴な王太子はおとなしくなった。


「そろそろ講堂に出発する時間ですわ。先生、行きましょう」


 ベアトリス様の仕切りで、薔薇組の生徒たちはおとなしく卒園式に出席した。



 卒園式で読み上げられた成績優秀者は忖度ありの王太子だった。そして、二位のベアトリス様、三位のオスカー様と続き、四位はなぜか私。契約獣のランクが高かったからだそうだ。それ以外は足を引っ張りまくりだったみたいだけど。それから多分忖度で五位になったスカラからは、表彰式の間、ずっと睨まれていた。


 卒園を迎えられなかったリョウ君については、何も触れられなかった。本当だったら、リョウ君が表彰されるべきだったのに……。私はこみ上げる感情を必死で隠した。


 入園式の時には、リョウ君と母様が側にいた。卒園式の今は、父様と伯父様が両脇にいる。


 来賓として卒園を祝いに来た国王が舞台に上がった時、一瞬私と視線が合った。隣にいる伯父たちを見たのかもしれない。でも、私とよく似た紫の瞳には、濁った光が見えた気がした。


 式の後、園庭でタンポポ組の仲間が待っていてくれた。みんなが口々にリョウ君の思い出を語った。全員で大泣きしながら、お別れの言葉を言い合った。私の真っ赤になった目を、濡らしたハンカチで拭いてくれたのは、オスカー様だった。オスカー様は別れ際に紫の宝石のついたペンダントをくれた。リョウ君の瞳と同じ色の宝石だった。


「リョウ君と約束したんだ。君を守れるくらいに強くなるから。だから、覚えていて」


 オスカー様はそう言って、私の手をぎゅっと握った。まるで、リョウ君のように。


 貴族学園卒園と同時に、幸せだった私の子供時代も、この日終了した。 

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