44 引っ越し(8年前)
自室のベッドで目が覚めた。
頭を私の顔に擦り付ける猫の誘惑に屈して、手を伸ばしてスノウを胸の上に抱き上げた。
ああ、これの元の姿は、あの精霊王だって分かってるけど、分かってるんだけど! この愛らしい生き物には勝てないって……。
スノウが精霊王だってことは、初めから気が付いてた気がする。気が付かないよう、自分をごまかしていただけで。
だって、そうでしょ? 銀色で時々虹色に光る瞳に、同じく銀色で虹色の光を放つ髪をした精霊王との契約を拒んだ直後に、全く同じ色合いの目をした猫ちゃんが現れたんだよ。そんな偶然ないってば。
スノウは私の顔をぺろぺろ舐めた。この猫ちゃんの実態は美形の人型精霊……。精霊王に顔をなめられるところを想像して、かあっと熱くなった。
やだ、やだ、もう!
スノウを横にのけて、起き上がる。
そうだ、こんなことしてる場合じゃない。あれから、どうなった? 伯父さんたちに、ルシルを紹介してそれで?
わたし、寝ちゃった?
「レティシア様」
ノックの音がして、メイドのメアリが静かに部屋に入ってきた。
「荷づくりをいたします。その間、朝食をお取りください」
私の着替えを手伝いながら、メアリがそう言った。
「荷造り?」
「はい、この家を出て行かれるとお嬢様が言われてました」
お嬢様っていうのは、この家では母様のことね。
そっか。私、追い出されるんだ。それなら、さっさと出て行こう。でも、
「リョウ君の物も、持って行っていい?」
「リョウ様の物は……全て処分するよう命じられています。ただ、処分方法は決められていませんので、この家からなくなるのであれば、構わないでしょう」
母様はわたしと父様だけじゃなく、リョウ君まで追い出すんだ。でも、それを母様が望むなら。それで、母様の気持ちが落ち着くのなら……。
「じゃあ、全部! リョウ君の部屋の物は何も捨てないで! 全部持っていくから」
「かしこまりました」
いそがないと。やることはいっぱいある。母様が追い出すって決めたら、執事はすぐに取り掛かるだろう。
でも、私はどこに行ったらいいの? まだこの国でやらなきゃいけないことがある。
床で毛づくろいするスノウを抱き上げて、小走りで廊下に出た。急いで父様の部屋へ向かう。
「レティ。おはよう」
父様は部屋で朝食をとっていた。その後ろで執事が荷物を片付けてる。食事の間さえ待てないんだ。
「私、どこに行ったらいい?」
質問した私を父様は紫色の瞳でじっと見た。リョウ君と同じ色だ。
「兄さんの所へ行こう。それが望みだろう?」
「いいの?」
私の望みは昨夜言った。公爵家の養女になって、王太子の婚約者候補になって、リョウ君を殺したやつを探し出して復讐する。
「それがレティのやりたいことなら。俺は力になるよ」
そう言った父様の人形のように整った顔からは、悲しみが感じられた。父様も、私を見てリョウ君を想ってる?
「そっか。じゃ、よろしく」
私は踵を返して、リョウ君の部屋に行った。捨てられる前に、全部私が持って行こう。
その日のうちに私たちは荷物をまとめて、ゴールドウィン公爵家へ入った。家を出る時、ドア越しに母様にさよならを言った。何も返事はなかった。
ハロルド伯父様は、私を養女にする書類を書いた。王太子の婚約者候補になるには、男爵では都合が悪いそうだ。そして、私は、婚約者候補になるための条件を王家につきつけた。そのうちの一つは、父様が勇者の遺産を探すのに協力することだ。王家所有のダンジョンや、その他の領地のダンジョン、父様はどこにも立ち入り自由。王家所有の書物も自由に読める。これは、リョウ君の願いのために絶対必要なこと。今は体力のない子供の私よりも、Sランク冒険者の父様に任せよう。
そして、公爵令嬢として教育を受けながら、忙しく過ごしているうちに、貴族学園の卒園式の日が来た。
貴族学園のことなんて、すっかり忘れていたよ。ああ、どうしよう。
これまでに、タンポポ組のみんなからは、リョウ君の弔意の見舞いが届いていた。オスカー様は家にまで来てくれたとか。でも、母様が私に知らせずに、追い返してしまった。
リョウ君の葬儀はしていない……。どうしても、リョウ君の死を受け入れられないから。犯人を見つけて復讐して、それから、勇者の遺産を見つけるまで、私の中のリョウ君は死ぬことはない。
憂鬱な気持ちで、学園の制服を着た。豪華な馬車から降りて、向かった先は、薔薇組の教室だった。
だって、公爵令嬢になっちゃったんだもん。タンポポ組から薔薇組に、勝手にクラス替えされたんだよ! もうっ!




