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41 心がない男1〜クリストファー〜

 自分は何かが欠けているんじゃないか? いつもそう思っていた。


 俺はクリストファー・ゴールドウィン。この国で一番王族に近い血筋の公爵家に、父親譲りの鮮やかな紫眼を持って生まれて来た。一つ上の兄は紺色の目だったためか、周囲は俺に期待した。その期待に応えた訳ではなかったが、貴族学園では白狼を契約獣として連れ帰り、卒園式の魔力判定では、全属性魔力最大と記された。

 子供の頃から記憶力が良く、教えられることは一瞬で覚え、剣や弓でも才能を発揮した。


「あなたには心がないのよ! 思いやりの気持ちが全然ないの!」


 周囲の者が俺を褒める中、母親だけは俺を嫌った。


「ハロルドに悪いと思わないの?! 長男なのに、次男のあなたと比べられるなんて! その目よ! 王族でもないのに、紫眼! ハロルドがかわいそうじゃない!」


 俺の評判が良くなればなるほど、親類が俺と兄を比べて、勝手に騒ぎだしていたからだ。


「跡継ぎには、次男がふさわしい」


「長男は……、悪くはないが、次男の方がはるかに優秀だ」


「瞳の色も、長男は紺色だ。やはり紫眼がふさわしい」


 俺の意思とは無関係に周囲は兄と比べた。

 一つ下の妹に対してまで。


「妹の方も紫眼だからな。あれは王家に嫁げばいい」


「だが、頭の出来が悪いそうだ。この年でまだ字も読めない」


「なぁに、女の役割など子を生むだけだ。紫眼同士できっと紫眼の王子が生まれる。いや、もしかして、ついに紫眼の聖女が誕生するかも」


 周囲の声とは違って、俺たち兄弟は仲が良かった。


「また、母上に言われたのか?」


「ああ、ごめん。兄さん。俺……。」


「気にするな。母上は、別に俺を特別に好きなわけじゃない。ただ父上が嫌いなだけだ」


 母親の叱責の後で、いつも俺を慰めるのは兄だった。父に似た顔立ちの俺と妹を母は毛嫌いしていた。両親は政略結婚だったが、母には他に好きな相手がいたらしい。


「ちょっと、そんなことよりも、私の心配をしてくれない?」


 俺によく似た顔立ちの妹が、会話に割って入った。


「もう、うんざりよ! 私が王太子の婚約者ですって! 愚鈍で凡庸な王太子って評判でしょ! なんで私がそんな男と結婚しなきゃいけないのよ!」


 妹は6歳の時、王太子の婚約者に決まった。もともと、打診はあったけれど、契約獣ダンジョンでユキヒョウを連れ帰ったことで決定した。今はまだぬいぐるみのように小さいサイズだが、いずれは大きくなるだろう。俺の白狼のように。


「愚鈍で凡庸? どこでそんな言葉を覚えたんだ? アルフはそんな子ではないよ」


 貴族学園で王太子と一緒だった兄は、妹をたしなめた。


「だって、みんなそう言ってるわ。醜くも美しくもない顔で、賢くも愚かでもない普通の王子だってね」


「それはお前も言われてるだろう。顔だけは美しいが、頭が空っぽの令嬢って」


「きぃーっ! 私はバカじゃないもん! 字が読めないだけだもん! 本だって、読んでもらったら暗記できるから、自分で読めなくっても平気だもん!」


 兄の言葉に、妹は地団駄を踏んで怒り出した。


「まあ、いいさ。今度一緒に王城に行こう。アルフに遊びに来いって呼ばれてるんだ。オリヴィアも、実際に彼に会ってから評価するといいよ」


 そして、俺たちは、王太子が魔法学校へ入るまでの数年間、時々城で一緒に過ごすことになった。


 俺と兄と妹、そして、王太子とその乳姉弟の男爵令嬢のフローラと。


 フローラは王太子の乳母を務めた男爵夫人の娘だ。王妃が、学生時代の友人を乳母に選んだ際、彼女の娘も王宮で過ごすことを許可された。乳母は夫に暴力をふるわれていたらしい。王妃は二人を保護した。それに応えるように乳母は献身的に王太子を世話した。

 不慮の事故から王太子をかばって乳母が死んだ後、その娘のフローラは、王太子の遊び相手として王宮に住み続けることを許された。アルフレド王子とフローラは、いつも仲良く手を取り合って遊んでいた。ピンクの髪と目をしたかわいらしいフローラの後を追いかける王太子を、召使いたちはほほえましく見守っていた。

 

 妹が王太子の婚約者になるまでは。


「あなた、男爵令嬢なのに、貴族学園では薔薇組だったんですって?」


 出会ってすぐに、妹がフローラに牙をむいた。妹は正義感が強く、不公平を許せないたちだ。


「そんなの、ずるいわ!」


 妹が叫んだ。

 男爵令嬢のくせに上級貴族に混じって薔薇組に入ったのを責めている、と周囲の者は思っただろう。だが、兄である俺には違うと分かる。

 妹は貴族学園に入園直後、「私はタンポポ組に行きたいの! 薔薇組は、つまんない!」と学園長に訴えに行ったそうだ。自分はタンポポ組に変えてもらえなかったのに、フローラだけがクラス替えできたのが悔しかったのだ。


 でも、そんなことは知らない王太子は、泣き顔になったフローラを背中にかばった。きっと、この時から妹は、王太子の大切な女の子をいじめる敵として認定されたのだ。


「フローラをいじめるな。フローラに優しくできないのなら、婚約者として認めない」


「なんですって! 認めないのはこっちの方よ!」


 妹の怒りに火が付いた。こうなったら、とことん相手を打ち負かすまで、妹はあきらめない。


「だいたい、なんですの!? 二人でそんなにくっついて。こういうのって、浮気っていうのよ。婚約者がありながら他の女とべたべたする浮気者! 最低ですわ。こっちから、婚約破棄してやりますわ!」


「ちがうの! アルフ様は悪くないの。私が、私がアルフ様に助けてもらってばかりで」


「フローラ。君は何も悪くない。僕はこんな婚約、認めてないんだ。ぼくは君が……」


「アルフ様。私は男爵令嬢で、ただの幼馴染です」


 フローラは弱く見せているけど、実際は頭のいい女の子だった。ちゃんと自分の立ち位置を分かっている。だから、王太子からすぐに距離を取り、妹にも頭を下げた。


「オリヴィア様。ごめんなさい。私が出しゃばりました。アルフ様のことをどうかよろしくお願いします」


「いやよ。そんなの。お断りよ」


 頭を下げる彼女の前で、妹はきっぱりと王太子を拒絶した。


 しかし、相性が最悪の王太子と妹の婚約は、解消されることはなかった。王族に予言の王女を誕生させる。それが、光の精霊王との契約だった。そのため、王家と公爵家は血をつなぎ合い、紫眼を守らなければならない。


 王太子とフローラ、そして兄のハロルドが魔法学校に入学するまで、週に一度の交流は続けられた。俺と兄そして王太子は一緒に剣を習い、その間に、妹とフローラがお茶をする。それはどこか歪な関係だった。


 王宮の剣術の教師は、俺ばかりを褒めて、兄をけなす。しかし、王太子にはあからさまなお世辞を言う。そして、妹とフローラは決定的に相性が悪かった。読んだ本の話をするフローラと本が読めない妹。妹は、文字の読み書きができないことにコンプレックスを持っていた。反対に、フローラは自分の立場を危ぶみ、必死に勉強をしていた。


 やがて、倒れた父の補佐をするため、兄は王宮に行くのをやめた。自分も、王太子と比べられることに嫌気がさして、交流をやめた。妹まで、「勝手に恋人とイチャイチャすればいいのよ。当て馬はお断りよ」と行くのをやめた。


 それでも、魔法学校に入った時には、周囲が勝手に俺と王太子を比較しだした。


「同じ紫眼なら、クリス様のほうがいいんじゃないか。姿も美しいし、欠点が見つからないほどすべてが優れている」


「ああ、まるで伝説の勇者の再来のようだ。色合いは聖女と同じで、能力は勇者。王として仰ぐなら彼が良い」


「契約獣も王太子様はネズミだろう? 悪くないが、やっぱり白狼の神々しさにはかなわない。あの白い獣にまたがって空を飛ぶクリス様と言ったら、ドラゴンに乗って飛ぶ勇者様に引けをとらない」


 噂は、王太子にまで聞こえ、廊下ですれ違うことがあると、側近からにらまれるまでになった。そして、そのころから俺の食事に毒が混ざることがあった。

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