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32 契約獣

 薄暗い洞窟の中で、彼は眩しく光っていた。銀色に光り輝いていた。とてつもなく美しい若い男の人の外見をしている。私をまっすぐに見つめる銀色の瞳。時々、虹色に輝く。そして、鼻筋の通った中性的な美貌。銀色の髪は、輝きながらまっすぐに背中まで流れている。そして、その背中についているものが、この生き物が人間ではないと証明していた。

 大きな虹色に光る6枚の羽根。


 光の爆発から回復した私は、言葉を失って、目の前の異形を見つめた。目が離せない圧倒的な美。私は彼の姿形を見たことがある。毎晩リョウ君が見ていた絵本、「勇者と聖女と光の精霊王」の挿絵だ。6枚の羽根を広げた光る存在。


 きっと、彼は……、


「そう、ぼくは光の精霊王だ。そして、君はリシアと同じだね」


 私の表情を読んで、精霊王は嬉しそうに笑った。そして宙に浮かんだまま近づいてくる。


 逃げないと。とっさに、あたりを見回す。


 リョウ君は? ああ、座り込んでいる。


 護衛の騎士さんは? ダメだ。全員倒れてる。


 どうしたらいいの?


「契約獣を探しているんだろう? 君は勇者が予言した王女だ。リシアと同じ色をしている。リシアと王子の子孫だね。長い間待ってたんだよ。やっと会えた。僕の契約者」


 光の精霊王は私の前に浮かんで立ち、輝くように笑った。その笑顔から光があふれ出す。


 どうしよう。私をリシアの生まれ変わりって勘違いしてる? 私にはリシアの記憶なんてない。前世の日本人の記憶しかない。確かに、私は王族の血が流れてて、王族の色合いの顔をしてるけど、でも、違う、と思う。だって、リシアの生まれ変わりなんかじゃないから。


 私は、目の前に浮かぶ美しすぎる精霊王を首をあげて見上げて、一生懸命説明した。


 父と母の政略結婚が白い結婚だったってことになったこと。私の戸籍が偽られていること。だから、私は予言の王女じゃないってことを。


「つまり、私は王女ってわけじゃないの。だから、予言と違うから、契約者にはなれないのよ。わかった?」


 私は目の前に浮かんでいる銀色の精霊王に、ビシッと小さい指をつきつけた。

 これで分かってくれる? 私は、予言の王女じゃない。っていうか、そんな面倒な役割、絶対やりたくない。


 美貌の精霊王は首をかしげて、困ったような顔をして私を見つめた。


「でも、君はリシアと同じで、僕の契約者だよ」


「だから、違うって、言ってるのに! あなたとは契約しないってば!」


 この精霊王、私の話を聞いてた?


「でも、さっき、誰でもいいから契約獣になってほしいって言ってたよね。じゃあ、僕でいいんじゃない?」


「だ、だめ! だって、虫以外ならって、言った!」


 ぐいっと顔を近づける美貌の精霊から目をそらせて、わたしは焦りながら続けた。


「僕は虫じゃなくて精霊だよ?」


「それ! その背中の羽根が、トンボっぽいから無理!」


 とっさに言い訳に使った精霊王の6枚の羽根は、キラキラと光の粉を振らせている。虹色に色を変えて光る様は、美しくて、トンボの羽根とは全く違っているのだけど。


 妖精はちょっと悲しそうな顔になって、背中の羽根を閉じた。そして、私の目の前に降り立った。

 沈んだ顔さえ美しい精霊を見上げて、私は言い張った。


「だって、私は、聖女リシアの生まれ変わりじゃないんだから! 私にはリシアの記憶なんてない。前世で日本人だった記憶があるだけの、ただの男爵令嬢なの!」


 大声で叫んで、ぜーはーと息を吐いた私の頭の上に、光の精霊王はポンと手を置いた。そして、長い足を曲げてしゃがみこんだ。


「かわいい! すごくかわいい。いっぱい鳴いてる!」


 小動物に向けるような眼差しで微笑んで、精霊は私の頭をなでまわした。そのまま、私を抱っこしようと腕を伸ばしてくる。バタバタ暴れて逃げたけど、幼児の短い手足では抵抗できずに、背の高い精霊にすぐに捕まってしまった。


「もう、放してったら! 契約したいんなら、王宮に私より一つ年下の王女様がいるよ! 真実の愛の相手から生まれた本物のかわいい王女様だよ。私は、平民になるの! 王族とは関わりたくないんだから!」


「うーん。いい匂い。リシアと同じ匂いだ。僕の契約者」


 美貌の精霊王は、私の首筋に顔を近づけて匂いをかいだ。ひーん。幼児の匂いを嗅ぐ変質者! たとえ、それが、予言された光の精霊王だとしても!


「やだぁ。放して!」


 気持ち悪い! こわい! 知らない男の人に抱っこされた! クンクンされた! 


「誰か、助けて! 騎士さん!」


 半泣きになる私に救い主が現れた。


「姉さま! 姉さまを放して! 姉さま!」


 弟のリョウ君だ。魔力酔いでぐったり倒れこんでいた双子の弟は、起き上がって、私を抱き上げる精霊を叩いて攻撃してくれる。


「リョウ君! 姉さまは大丈夫だからね。この精霊は間違って来ただけだから、すぐに追い返すから。もう、だからっ、放してってば!」


 弟をなだめつつ、思いっきり精霊王の足を蹴りつけると、ようやく、私は床におろされた。精霊王は私に蹴られた足を全く気にせずに、リョウ君の方に近づくと、観察するように頭から足先までじろじろ見た。


「君が僕の契約者の、弟? でも……。その色合いはリシアと同じだけど、なぜ……?」


 さすが、精霊王。見ただけで血縁関係が分かるの?

 リョウ君は私の双子の弟ということになっているけど、実際は従弟だ。私の実母の兄である元公爵家次男の息子。ってことを精霊王に説明した。


「ああ、そういうことなのかな? 闇の加護……。それなら今は良くないな。もう行かないと……。予言の王女よ。僕の名前はルシル・ルーン・ルクス。君の契約者だよ。ちゃんと覚えてね」


 銀色に光る精霊王は、私の手を取って口づけすると、現れた時と同じように光りながら消えた。


「姉さま、だいじょうぶ?」


 リョウ君に抱きしめられながら、私は、精霊王に口づけられた手をワンピースの裾でごしごしこすった。


「ねえさま、さっきのって」


「うん、光の精霊王だって」


「絵本と同じだったね。もっと、ずっと光ってたけど」


 ああ。どうしよう。勇者の書に書かれていた光の精霊王に会っちゃった。私の所にやってきた。


「きっと、勘違いだよ。わたし、聖女リシアの記憶なんてないもん。だから、生まれ変わりなんかじゃないから」


「そう、なのかな?」


 不安そうなリョウ君の腕から抜けて、倒れこんでいる騎士さんの様子を見に行く。よかった。息をしてる。ゆっくり目が開いた。


「ん? 俺は何を?」


「痛えな。なんだ? 倒れて頭を打ったのか?」


 頭を押さえて立ちあがった騎士さんに、リョウ君が説明した。


「多分、魔力酔いです。ぼくたちは魔力が強いので大丈夫だったけど、騎士さんたちはもう平気ですか?」


「ああ? 魔力酔い? どこだ? 強い魔物はどこにいる?」


「強い魔物と戦えるのか? やってやる! どこに行った?」


 きょろきょろとあたりを探しに行く騎士さんに、もういなくなったと説明した。


 騎士さんたち、護衛対象を放っておいて敵を探すのやめてくださいね。


「惜しいことをしたな。気を失うなどと、不覚を取った。すまん、嬢ちゃん。ところで、契約獣は見つかったのか?」


 あ、そうだった。どうしよう。契約獣。もう疲れたから早く帰りたいのに、契約獣を見つけられないと帰れない。 


「嬢ちゃん、やっぱり、さっきのムカデみたいなのがそうだったんじゃないのか?」


「さっきの所にいけば、まだいるんじゃないか?」


「運動会のカード通りの契約獣だしな」


 歩くのに飽きた騎士さんたちは、私に恐怖の虫と契約をさせたがった。


「絶対、イヤ! それなら契約獣なんていらないから!」


 取り合えず、光の精霊王のことを考えるのは後回しにしよう。もういなくなったし。今は契約獣を何とかしなきゃ。虫は無理!


「うー、絶対に虫は無理。虫と一緒に暮らすなんてできない……なんで、あんなカードをひいちゃったんだろう……。先生の嫌がらせだよね。あんなカードを置くなんて。……薔薇組みたいにかわいい生き物が良かった。……ベアトリス様が取ったぬいぐるみみたいに、白くてかわいい猫がいいのに……」


 ぶつくさ独り言を言いながら、疲れた足をどうにか動かしてひたすら歩いた。


「姉さまは猫が好きなの?」


 まだまだ余裕そうな顔をして、リョウ君が私の独り言に返事した。


「うん、絶対に猫派。モフモフで、鳴き声かわいいし。どこを触っても柔らかくて、抱き心地がいいから」


 ああ、猫。契約猫いないかな? うちでは、母様がペット禁止な人だから、動物飼えないけど、契約獣だったらいいよね。かわいい声で鳴く猫ちゃん……。


「にゃあ」


 ん? 幻聴? 猫の声がする。


「にゃおん。なー。」


「! ねえさま! 猫だよ。白猫だ!」


 洞窟の壁のくぼみの中に、小さな手のひらぐらいのサイズの子猫がいた。


「お! 猫だ。お嬢、早く契約しろって!」


 騎士さんたちの声を後ろで聞きながら、私はその白くてふわふわでかわいい白猫と見つめ合った。


 瞳が銀色で、時々、虹色に光っている。


 同じ色合いを、ついさっき見た気がしたけど、そんなこと、もう、どうでもよかった。


 この愛くるしくて、抱っこしたくて仕方ない、世界一かわいい生き物の魅了に、抵抗なんて、できっこない!


「猫ちゃん! 私と契約して!」


「にゃん!」


 白猫は私の顔に向って、ジャンプしてきて、そして、私の唇をなめた。


 ああ、私のファーストキスの相手は猫ちゃんになった。


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