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29 王太后

 私はお菓子を食べながら、近衛騎士2人とともに、王族が来るのを待った。


「だからな、王族の尊い血筋は、予言の王女を誕生させるためのかけがえのないものなのだ。この国の平和は全て、聖女リシア様が光の精霊王に守りの結界を張ってもらったからだ。結界を守るために、聖女様の子孫の王族を敬う。その血筋を絶やすことがないように、我々は喜んで命令に従うのだ」


 怖い顔の騎士は、私の前に偉そうに座ってお茶を飲んだ。今は勤務中じゃないの? なんかすごく偉そう……。怖い顔の騎士は、セル―ス公爵家の子息だった。王太后の甥にあたるそうだ。


「しかし、おまえは下級貴族なのに、なぜ紫の目をしてるんだ?」


 偉そうな騎士は足を組みながら、私に聞いた。


「その子は、ゴールドウィン公爵の血筋だよ。あのクリストファー様の娘だ」


 優しそうな騎士がそう教えると、怖い顔の騎士はもっと怖い顔になった。


「なんだと? あのクリストファー・ゴールドウィンの?! 尊い血筋でありながら、貴族を捨てて平民の娘と結婚していたのか」


「クリストファー・ゴールドウィンの結婚相手は平民だったけど、元は由緒正しい伯爵令嬢だよ」


 優しそうな騎士さんはよく調べている。王太子が入園する時に、同級生になる園児の家系を全て調査したんだとか。


「なるほど、血統はまともか。ふむ。やはり、尊い血筋でしか紫眼は出ないのだな」


「血筋で言ったら、レティシアちゃんも聖女様の子孫だよ。陛下の従弟の娘になるんだから。名前も、聖女様に由来してるよね。『リシア』が光り輝く者っていう意味だから、『レティ・リシア』で、さらに、もっと、光り輝く者って意味から来てるんじゃないかな?」


「なんだと?! それは聖女様に対して不敬にあたる! 改名しろ!」


 そう言った後、怖い騎士はビシッと立ちあがり、急いでドアの前に立った。


 そのすぐ後で、ノックの音がして、別の近衛騎士が王太后と王妃を案内して入ってきた。


 私もあわてて立ち上がり、礼を取る。


「お座りなさい」


 お辞儀をする私の前で、王太后は向かいのソファーに、王妃は少し離れた場所の椅子に座った。

 そして、そこから、じっと観察されるのを感じながら、私は言われた通りに、ソファーに座った。


「綺麗な紫眼ね。あなた、ゴールドウィン公爵家の血縁ですってね。母親は伯爵家。まあ、血筋は合格ね」


「お義母様。彼女はあのオリヴィアさんの姪ですわ。きっとアルフ様は許可しませんわ」


「ほほ、おかしなことを。それを言うなら、アルフとオリヴィアはいとこなのよ。ゴールドウィン家は王家の親族だわ」


「ですが……、ビクトルはベアトリスを気に入っております。仲の良い二人を引き裂くのは、かわいそうですわ」


「おだまりなさい。その愛とやらのせいで、王家は紫眼を失うかもしれないのですよ」


 何の話をしているの? 嫌な予感しかない。聞きたくない。

 王太后は王妃をしかりつけた後、私を見て、褒美をあげるかのように微笑んだ。


「レティシアさんと言ったかしら。あなた、ビクトルの婚約者になりなさい」


 ああ、最悪。この世の中でこれ以上ひどい言葉はないってくらいに、気持ち悪い言葉だ。


「男爵家では身分が釣り合わないわね。まあ、フローラの時みたいに養女になればいいわ。もともとゴールドウィン家の血筋ですものね。そこの養女になればいいだけよ。フローラの時よりずっと簡単だわ。それに、紫眼だもの。反対する者はいないでしょう。なにより、王家に紫眼を入れるのは必要だもの」


「お義母様、そのようなこと、アルフ様に無断で決めるのは良くありませんわ。それに……、ゴールドウィン家の協力が得られるとは思いません」


 王妃は反対してるんだ。もっと、言って。このままだと、取り返しのつかないことになる。異母弟と婚約なんて、そんな吐きそうなこと、絶対無理だよ。


「ゴールドウィン家の反対? そうかしら? オリヴィアの兄は婚姻無効に対して何も言わなかったじゃない。それに、彼は、今は宰相としてあなたと仲良くしてるんでしょう。説得すればいいわ」


「ベアトリスのシルバスター公爵家も黙っていないと思います」


「そうね、そこは重要ね。魔力の少ないビクトルの相手として頼み込んで婚約してもらったんですものね。まったく、あなたが紫眼の子を生まないからこんなことになるのよ。ああ、あの時、婚姻無効に賛成なんてするんじゃなかったわ。無理やりでも子作りさせていれば、オリヴィアなら紫眼の王子を生んだでしょうね」


「お義母様!」


 二人のいさかいを聞きながら、私は白くなった手を握りしめた。いやだ。やめて。聞きたくない。ここから逃げたい。助けて。


 二人の近衛騎士の方を見た。仕事中だからか、表情は変えていない。でも、何かに気がついたかのように、怖い顔の騎士が、ばっとドアを開けた。



「お母様! おばあさま! 僕の、王子の役を見てくれましたか? 初めてセリフを少ししか間違えなかったです。みんなが拍手してくれました。ベアトリスも僕を」


 大声を出して走ってきた王太子は、王太后の前に座る私を見て、目を見開き、顔をしかめた。


「なんでおまえがそこにいる! このどろぼうめ!」


「おやめなさい!」


 私につかみかかろうと近づいた王太子を王太后が止めた。


「おまえは挨拶もできないの?! フローラ、この子の教育はどうなってるの!」


「申し訳ございません。ほら、ビクトル。おばあさまにご挨拶は?」


「僕はただ……。僕は挨拶できます! だけど、こいつが!」


 にらみつける王太子の視線を避けて、私はうつむいて握りしめた自分の手を見た。もう、嫌だ。


「こいつではありません。お前の婚約者に決めました」


「!」


 非情な言葉に、王太子は絶句した。


「お義母様。それはアルフ様に相談しないと」


「他に紫眼の娘はいないでしょう? それしか方法はないのよ」


「それは……。でも、そんなことを勝手には……」


 ああ、頭の上で勝手に話をする王族。私はそんなこと、絶対にできない。


「嫌だ! 絶対いやだ! こんな女! どろぼうなのに!」


 王太子の悲鳴のような叫び声。そして、


「ビクトル様!」


 私は近衛騎士の腕の中にかばわれていた。


 私の代わりに、ジュースをかけられた騎士。床には割れたグラスが転がっていた。王太子が投げつけたのだ。


「こんなやつ! こうしてやる!」


 なおも、王太子はテーブルの上の菓子の皿を、私めがけて投げつけた。


「おやめください! ビクトル様!」


「うるさい! うるさい! うるさい!」


 バシバシと近衛騎士を叩く音が聞こえる。私は怖くて、騎士の腕の中で目をつぶった。もう、こんなの嫌だ。今度はウソ泣きではなく、本当に涙があふれだした。


 王太子が激高したせいで、婚約の話はそこで終わった。私はようやく解放された。

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