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23 魔物蔦

 魔物牧場は辺境伯の館から少し離れたところにあった。「暗くなる前に帰ってきなさい」って夫人に言われてたけど、二人のはしゃいだ様子から、なかなか帰れそうにない。


「これが黄色スライム。親子遠足で行く契約獣ダンジョンにもよく出るんだ。怒らせると酸を吐くから、狩って来た魔物の死骸の処理には便利なんだ」


 柵の中で、ぴょんぴょん跳ねている黄色くて丸いぷにぷにした魔物を、リョウ君は食い入るように見つめた。


「こっちにいるのはツノネズミ。狩って来た魔物から素材を取り出す時に役に立つんだ。全部溶かしてしまう黄色スライムとは違って、魔石と骨を残して、肉だけを食べてくれるんだ」


 額に大きな角をつけた、人相の悪い巨大なネズミが柵の中から私達をにらんだ。


「あと、うちの馬はもう見たよね。魔物との混血をしてるから、大きくてとても丈夫なんだ。それと、ああ、そうそう。魔物蔦(まものつた)もいるよ」


 オスカー様は、今度は小さな小屋に案内してくれた。

 小屋の壁は、一面が緑色の蔦で覆われていた。


「彼らはとても頭がいいんだ。勇者の時代より前から生きている」


 私達の声に反応したのか、緑色の蔦が、ゆさゆさと体を震わせながら、くねくねこっちに這ってきた。


「これ、なんか似てる」


「うん、まるで、この国の文字みたい」


 蔦は葉っぱを揺らしながら、小さな塊に分裂した。

 そして、クルクル回りながら、伸び縮みして、地面に横たわった。葉が閉じて、茎にしまい込まれた。


「彼らは、この世界の文字を作ったと言われている。賢いから俺たちの言葉が分かるんだ。会話ができるよ」


 オスカー様がそういうので、リョウ君は蔦の前に立って自己紹介した。


「こんにちは、魔物蔦さん。僕はリョウです」


 魔物蔦はくねくねと動きながら、リョウ君の前に来て横たわった。茎から葉っぱがにょきっと出て来た。

 そして、文字のような形を作った。


「勇者 リョウ ?」


 魔物蔦が地面に描いたのは勇者とリョウという単語だった。


「うん! ぼくね、勇者と同じでリョウって名前なんだ。よく知ってるね!」


 リョウ君の言葉に、魔物蔦は嬉しそうにくるくる回った。そして今度は私の前に来て、ペタっと地面に張り付いて単語を作った。


「聖女 同じ 色 ?」


「うん! 姉さまは聖女リシアと同じ髪と目の色をしてるんだよ」


 リョウ君が拍手して魔物蔦を褒めた。


 魔物蔦はまた、高速でぐるぐる回って、違う文字になった。


「女 1人だけ」


 どういうことだろう?


「あ、きっと、今ここに、姉さましか女の子がいないって言ってるんだよ。本当に賢いね」


 魔物蔦はくねくねと体をゆらした。


「すごいよ! すごい! ぼく、この土地が大好きになったよ!」


 大興奮してリョウ君はオスカー様に抱き付いた。


 少し離れて私達を護衛してくれている騎士さんたちは、リョウ君とオスカー様が笑い合う姿を、にこにこして見ていた。



 すっかり真っ暗になってから戻ったので、怒られるかもと思ってびくびくしていた私たちの予想を裏切り、辺境伯夫妻が上機嫌で迎えてくれた。


 騎士さんたちから、魔物を見て喜ぶリョウ君の話を聞いたそうだ。


 オスカー様の家族と一緒に晩餐を食べながら、リョウ君は辺境伯領の話を興味深々で聞いていた。


 辺境伯は、これぞ戦う男って感じの人だった。鋭い切れ長の黒い目に黒い短髪。大きな体にみっちりついた筋肉。

 長男は辺境伯にそっくりだった。黒髪黒目の熊のような大男。来年から魔法学校に通う14歳だけど、25歳ぐらいに見える。

 次男の方は、もう少し細身で、10歳。二人は一緒に修行者のダンジョンでレベルアップ中だとか。


「50階まで行ったら、結界から出て魔物討伐に参加させてもらえるんだ。いま、俺は40階だからな。早く狩りに行きたいんだ!」


「兄さんはいいよ。力があるからね。僕は魔法使いの適正なのに、魔法学校に行くまでは杖をもらえないから、魔石を投げるのは、効率が悪いんだよね」


 家族の食卓は魔物の話で盛り上がっている。


「二人とも、魔物のことばかり話してないで、辺境の嫁の心配もしてちょうだい。お嫁さんが来てくれないと、勇者の血筋が途絶えてしまうでしょ。こんな魔物がいっぱいいる領地に来てくれる貴族のお嬢さんは、めったにいないんだから」


「おれは女に構ってる暇なんてないよ。もっと強くなるための修行でいそがしいんだ」


「うん、僕もまだいいよ。ああ、その紫の目のレティシアちゃん、いい魔力持ってるよね。オスカーの相手にちょうどいいんじゃない?」


「おお、そりゃあいいな。レティシア嬢、息子の嫁に来てくれ!」


「そうでしょう、あなた。私もそう思ってたの! オスカーとお似合いだってね」


「やった! 後継者の問題解決じゃん。よし、俺たちの次の辺境伯は、オスカーとその紫のお嬢ちゃんの子供で決まりだな! お嬢ちゃん、今日からうちの子になれ!」


 ひーっ! 黒髪集団の圧がすごい!

 助けて!


 オスカー様は耳を真っ赤にしてうつむいているだけで、何も言ってくれない。このままじゃ、黒髪一家に勝手に決められちゃうよ! うちは、男爵家だから断ることなんてできないんだから!


「だめっ! 姉さまは、ぼくのなの!」


 リョウ君が立ち上がって、私をかばってくれた。


「姉さまは、ぼくのたった一人の家族なんだから! 取らないでよね、オスカー君」


 リョウ君の紫の瞳が、びっくりするぐらい冷たく光っていた。

 驚いた。そんな顔するんだ……。でも、リョウ君、たった一人の家族じゃなくて、たった一人の姉だよ。言葉を言い間違えてるよ。


「うん、二人は俺の大切な、とても大切な友達だよ」


 オスカー様は、リョウ君に真剣な顔でうなずいた。


 辺境伯夫妻はそんな二人を面白そうに見ていた。



 翌日は、辺境騎士団を見学に行った。


 契約獣ダンジョンに入る時の護衛騎士が決まっていない、って話を聞きつけ、騎士さんたちが立候補してくれたのだ。早速、魔物ハントで護衛騎士を選抜するそうだ。



 早朝から結界の外に狩りに出ていた騎士たちが、獲物を担いで戻ってきた。

 全員、血だらけで、ちょっと怖い。

 リョウ君は大丈夫? 怯えてない?

 でも、心配なかった。

 リョウ君は目をキラキラさせて、積み重なっていく魔物の死骸をつついていた。


「この魔物は何っていうの? 大きい牙だね。魔道具の材料になりそう。あ! これ、魔物図鑑で見たよ! ワイバーンっていうんでしょ。どうやって倒したの? 空まで弓が届いたの?」


「おう! 坊主、俺の狩った獲物が一番だろう。ほら、一つ目一角獣だ。めったに表れないレア魔物だぞ」


 ……なぜ、辺境伯まで参加してるの?


「俺の息子の嫁のためだ。一肌脱ぐぞ」


「父上は、俺の護衛をしてくれるんじゃないんですか?」


 オスカー様が不満そうに言った。


「あ、そうだった。同じ日にあるんだったよな。しまった。非常に残念だが、俺は大事な息子を優先する! ところで、お前らのおやじ、紫眼のクリスは護衛に来ないのか?」


 ああ、そうだよね。親子遠足だしね。


「父様は来ないと思います」


 リョウ君が、初めて聞くような冷たい声で言った。


「ん? ああ、そうか、あいつは勇者の遺産を探してるんだったな。でも、子供がいるんだから、子供の行事を優先してもいいだろうに。今まで誰にも見つけられなかった遺産だ。ちょっとぐらい休んでも、なくならないさ。こんなんじゃ、遺産を見つけても、嫁と子供に捨てられるぞ」


 辺境伯が首を振りながらぼやく横で、リョウ君は私にしか聞こえない小さな声でつぶやいた。


「どうせ、父様には見つけられないよ」


 父様……。あなたが放置するから、リョウ君は反抗期に入ってますよ。うちの両親、もっと子育てしようよ。リョウ君はまだ5歳だよ。なんか、悲しいよ。


 私はリョウ君の手を握った。リョウ君は何も言わずに、その手をぎゅっと握り返してくれた。



 日が暮れる頃、勝者が決まった。

 なんか、私達のために申し訳ない。


「気にしなくていいよ。契約獣ダンジョンは、入れる者が限られているから。ダンジョン全制覇を目指している騎士にとって、これは絶好の機会なんだって」


 オスカー様はにっこり笑って、私達の気遣いを不要だと言った。


 ありがとう! 騎士さん。私も辺境伯領が大好きになりました! あ、でも、嫁には来ませんよ。私は平民になるんで。


 それはそうと、リョウ君、みんなが私のことを辺境の嫁って呼ぶたびに、相手を誰彼構わず怖い顔でにらむようになった。


 どうしたの? リョウ君。

 素直でかわいいリョウ君にそんな顔は似合わないよ。姉さまを取られるかもって、嫉妬してくれてる? 安心して。姉さまには、リョウ君だけだからね。


 一生側にいるよ。私のたった一人の家族だから。

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