18 冒険者の子
「がんばれー!」
「リョウくん!」
「行けー!」
タンポポ組が一丸となって、エースを応援する。
リョウ君は金の髪を光らせながら、黒い騎士を引き連れて走りだした。
速い!
あ、モンスター!
リョウ君は低い衝立をぴょんと飛び越えて、モンスター役の追っ手を躱した。そして、そのまま横に転がってペンキを避けた。
「きゃぁー!」
「わー!」
歓声が響く中、リョウ君は軽々と起き上がって、風のように走った。ああ、もうテーブルの上のカードに手が届く!
横から狙ってくるペンキ砲を、テーブルの上に飛び乗って避ける。そして、カードを掴むと、テーブルから高くジャンプして、まっすぐにゴールを目指す。
あまりの素早さに、モンスターはもう、ついてこられない。
「うわぁー!」
「リョウ君!!」
「きゃぁー!」
大歓声に迎えられ、あっという間にリョウ君の競技は終わった。
すごい! すごいよ! リョウくん!!
なんで? なんでうちの弟、めちゃくちゃかっこいいの?
「おおーっ! 息をのむような素晴らしい身のこなし! 彼に盛大な拍手を! タイムを聞くまでもなく、今日の優勝はリョウ君に決定でしょう! すばらしい! 本当に素晴らしい! 感動しました! さすがクリス様の息子! 学園時代のクリス様を見たようです! 顔は似てないですが、クリス様の再来! なんということでしょう、こんな場所にクリス様が再降臨されるなんて! ああ、この感動を仲間と分かち合いたい、クリス様! 永遠にあなたのファンです!! クリス様の血は偉大だ! 紫眼のクリスに栄光あれ!! ああ、すばらしいっ!! あ、なんだ? 放せ、もっとクリス様を語らせろ、あ、」
アナウンサーの暴挙は先生によって止められた。
ちょっと微妙な空気が流れたけど、私はリョウ君の頭をなでて一等賞をお祝いした。
「リョウ君! なんのカードだった?」
「うん、見て。トカゲだよ。緑色のトカゲ」
「当たりじゃん。いいな、俺はアメンボだったぜ」
「僕はカブトムシ。本番でもカブトムシだったらいいな」
クラスメイトはカードを見せ合いながら、各自のテントに戻って行った。
「それでは、次の競技にうつりましょう。お待たせしました。前座はこれで終わり。次は、本日の目玉、薔薇組によるモンスター競争です。薔薇組の皆さま、護衛と一緒にスタート地点までお願いします」
アナウンサーが代わって、薔薇組の競技を案内した。
私はテントでオスカー様と交代して、椅子に座って、冷たい果汁水を飲んだ
「薔薇組の競技の最初は王太子様だよね。どんな走りを見せてくれるのかな?」
リョウ君がキラキラした目で運動場を見ている。
私は、騎士さんがくれた冷たいおしぼりで、リョウ君の額の汗をぬぐってあげた。
「リョウ君の走りにかなう子なんていないよ」
「うん、ありがとう」
私達の視線の先で、王太子が護衛を引き連れてスタート地点に立つのが見えた。護衛役は紫色のラインの入った騎士服を着ている。近衛騎士だ。
でも、ちょっと人数多くない?
「1人、2人、……全部で12人もいるね」
「うん、多いよね」
王太子だけ特別ルール?
首をかしげていると、近衛騎士が王太子を抱き上げた。
お姫様抱っこだ。
そのまま、王太子を抱き上げた集団は、競技コースを駆け抜けた。
「え?」
私が見ている前で、近衛騎士はずんずんテーブルまで進む。
出てきたモンスター役は、近衛と目が合ったら、
「負けました〜」
と下手な演技をしながら、ゆっくり倒れたふりをした。
別のモンスター役は、全然違う方向にペンキ砲を撃った。
なに? この八百長……。
王太子は、テーブルに一つだけ置かれた大きな箱を手に取った。王太子がこの競技でやったのはこれだけだった。
箱を手に持つ。以上、終了。
そのまま、近衛騎士達はぞろぞろとゴールまで走った。
「うっ、やられた〜」
「わ〜負けた〜」
へたくそな演技をしたモンスター役を残して。
ゴールした王太子は抱っこされたまま、箱を開けて中身を取り出した。大きな黒いドラゴンのぬいぐるみ。
それを頭の上に持ちあげて、自慢そうにみんなに見せた。
「わー」
「おめでとう」
「すごいー」
「王太子様、ばんざいー」
棒読みのような歓声が、あちこちのテントから聞こえて来た。
なんだこれ? 超つまんない。
ふざけてんの? バカにしてる?
「はあぁ」
呆れ切った私たちの後ろで、騎士さんが大きなため息をついた。
「薔薇組の競技を若が嫌がるはずですぜ。オスカー様はタンポポ組みたいに自分で走りたいと言っておられました」
「でも、薔薇組は護衛役に抱えられるのがルールだからな。自分で走ったら失格になってしまう」
「あの箱のぬいぐるみも、あらかじめ決められてんだろ? 好きな動物を、ぬいぐるみ職人に作らせたって話だ」
「まったく、見ててこれほどつまらないもんはないな。よし、時間がもったいない。筋トレでもしよう」
「あ、俺も。スクワットならここでもできるぞ」
私達のうしろで騎士たちは「えい、ほー」と掛け声をかけながら筋トレを始めてしまった。
若干暑苦しい気配を背後に感じながら、私とリョウ君は黙って薔薇組の競技を双眼鏡片手に見守った。
騎士に抱っこされたホワイトブロンドのベアトリス様が、箱から白い猫のぬいぐるみを取りだしてる。
あ、いいな。あのぬいぐるみ。かわいい。わたしも欲しい。
私は断然、猫派だよ。虫よりも猫がいいって、絶対に。
退屈な薔薇組の競技が終わって、オスカー様が黒い馬のぬいぐるみを手に持って帰ってきた。私達と目が合うと、恥ずかしそうに笑った。
「ごめん、かっこ悪かっただろ。抱っこされてるだけなんてさ」
私とリョウ君は無言でぶんぶん首を振った。
「ああ、もう、俺もリョウ君みたいに走りたかった。リョウ君、ほんとかっこよかったよ。それに、……ぬいぐるみも、本当はブラックドラゴンが欲しかったんだけど、殿下のだからダメって……」
しゅんとうなだれたオスカー様をリョウ君が慰める。
「うん、勇者の契約獣のブラックドラゴンはかっこいいもんね。でも、その黒い馬もかっこいいよ。モデルがいるの?」
「ああ、領地にいる俺の馬。かっこいいだろ」
「うん。かっこいい」
二人は馬の話で盛り上がっている。
「それでは、次の競技はタンポポ組さんの、のぼり棒です。みなさん入場門まで集まってください」
「リョウ君、行こう」
「うん、オスカー様、見ててね。騎士さんたちも」
「おう! 坊ちゃん、真の男を見せてやれ!」
「坊主は見込みがあるぞ! いつでも辺境騎士団で大歓迎だ」
騎士さんたちの声援を受けながら、タンポポ組のみんなと合流する。
ああ、のぼり棒って苦手なんだよね。
靴を脱いで裸足になる。
目の前の天高くそびえたつように見える棒に、挑まなければならない。
「がんばれ、自分」
そう自分を鼓舞しながら挑戦したけど、やっぱりテッペンに旗を立てることはできなかった。半分ぐらい登ったら、ずりずりと落ちて尻餅をついてしまった。
あーあ。
まあ、練習でも成功したことないから。
とぼとぼ走って戻り、交代する。
私からバトン代わりの旗を渡されたリョウ君は、ぱっとダッシュでのぼり棒に走る。そして、旗を口にくわえて、飛ぶように一気に先頭まで登った。
棒の先に旗を立てると、そこから一気に回りながら飛び降りた。
3回転ジャンプ!?
片手をついて、しゅたっと着地して、すぐに起き上がり、ゴールまで走る!
「うわー!!」
「きゃあ!!」
観客は「リョウ君!」コールだった。
すごいよ、うちの弟。何者?
あっけにとられている間に、タンポポ組の競技は終わった。
「すばらしい演技でしたね。さあ、次はみなさまお待ちかねの薔薇組によるダンスです。着替えは終わりましたか? 子供たちによる美しいダンスをご覧ください」




