13 勇者の書
「ようこそ。何もない館だけど、気楽にして」
オスカー様の王都にある屋敷は、質実剛健な趣の建物だった。馬に乗って走れるほど広い敷地では、大勢の騎士が訓練している様子が見えた。
「こんにちは、オスカー様」
「おじゃまします」
オスカー様は、いつも着ている金色の刺繍の入った貴族学園の制服とは違って、シンプルな白いシャツと黒いズボン姿で出迎えてくれた。さわやかイケメン(5歳児)には、どんな服も似合ってる。
私達は上級貴族の家に訪問するため、いつもより品質のいいジャケットとワンピースでおめかししていた。
「すごい! この鎧かっこいい。あ、あの兜も!」
リョウ君は、広い玄関ホールに飾られた武器や防具に興味津々だ。
「領地の館よりは少ないけど、ここも、こんな感じなんだ。俺の家は騎士団を持つから。普通の館は、玄関には綺麗な絵や彫刻を飾るんだろうけど……」
ちょっと恥ずかしそうに説明するオスカー様に、私は首を振った。
「うちも、芸術品なんて全然飾ってないです。うちの場合、あちこちに魔道具や魔石がごろごろ転がってます」
「あはは、それは面白いね。魔道具かぁ、勇者の魔道具とかもあるの?」
「うん! 母様が修理して動くようになったものがあるよ。母様は勇者の魔道具の修理士として天才なんだ!」
「すごいね! うちにもいくつか勇者の開発した魔道具があるよ。見てみる?」
「うん! うん!」
盛り上がる二人に続いて、私も部屋に案内された。辺境伯家のメイドさんに手土産を渡す。近所のお菓子屋さんで買って来た芋菓子だ。勇者が好んで食べていたって言い伝えがある。勇者がらみだから、当然、うちのリョウくんも大好物だ。前世の芋けんぴみたいなお菓子。カリカリして甘くて美味しい。
案内された応接室の大きなテーブルの上には、一枚の紙が乗っていた。
「これが我が家に伝わる勇者の書だよ。本物じゃなくて、書き写したものだけど。ほら、ここの下の部分、これが勇者の故郷の文字らしいんだ。今まで、これはただの模様だと思われてたけど、最近になって研究が進んで、どうやら文字らしいってことになった。まだ解読できてないけど」
勇者文字? 初めて聞いた。召喚された勇者は、初めからこの国の言葉が話せて、読み書きには困らなかったって言われてる。
勇者の祖国の言葉が書き写されてるんだ。それってすごいよ。だって、自分以外の誰にも読めない言葉で書くのって、きっとすごい秘密だよ。解読できたら、世界が変わりそう!
期待を込めてリョウ君と一緒に、紙をのぞきこんだ。
くねくねした蔦文字の下に、小さい記号が書き込まれている。
! え? これって。
えっ!? うそ?!
「『闇の……の消滅により、光の精霊王との契約……王家に……生まれるかわる……聖女リシアと同じ……光の精霊王の契約者になる……勇者リョウの遺産……精霊王が守護を与え……王家が契約を守る限り結界は維持される』、ところどころ読めない場所もあるけど、ここまでは、博物館に納めている勇者の書といっしょだよ。でも、ほら、ここに書いてある勇者文字。これは、独特の記号だろ?」
「うん、なんか、簡単でカクカクした形だね。これが勇者の国の文字なのかな?」
勇者文字を一目見て、おどろきで固まってしまった私をよそに、オスカー様とリョウ君は勇者の話で盛り上がっている。
「勇者の魔道具は、勇者の祖国の品を参考に考え出されたって話だよね。きっと魔術が進んだ国だったんだろうね。勇者の闇の魔力は絶大だったから」
「うん! きっと、偉大な魔法使いが大勢いたんだよ。うちにある冷蔵庫も、勇者様が設計したんだって母様に教えてもらった」
「そうだね。うちにある勇者が開発した扇風機も、これからの季節には欠かせないし。偉大な勇者が僕の先祖でうれしいよ」
「いいなあ。勇者様は僕のあこがれの人なんだ。僕も勇者様みたいになりたい!」
男の子二人がはしゃぐ姿を見て、私は震える手を押さえた。
落ち着こう、私。
メイドさんの入れてくれた紅茶を一口飲む。
ああ、そうだよね。そうじゃないかって思ってた。
だって、勇者は黒髪黒目、名前はリョウ。
って、やっぱり、日本人かよ!
目をこすって、勇者の書の下部に書かれた見覚えのある文字を黙読した。
『コノ モジ ヨム ヒトニ イサン ノコス カザンノ カルデラコ ウキシマ ダンジョン』
勇者の文字はカタカナだった。
どうしよう、読めてしまったよ。勇者の祖国の文字。
勇者の祖国は、私の前世の国だったよ。
それに、勇者は本当に遺産を残してたんだ!
もしかして、私がこの世界に転生したのは、勇者の遺産を受け取るため? まさか、まさかね。
頭の中で、勇者の遺産が金貨に換金される映像が浮かび上がる。もしかして、わたし、勇者の遺産をもらえるの?
「これ、書き写してもいいですか?!」
急いでショルダーバッグからメモ帳を取り出して、オスカー様に聞いた。
突然、二人の勇者談義を遮られて、オスカー様は困惑したけど、うなずいてくれた。
「いいよ。もしかして近い将来、その文字が解読されるかもしれないよね。そしたら、すごい秘密が書かれてるかも」
いやいや、すでに解読しましたとも! とは言わずに、私はサラサラと素早くメモ帳に書き留めた。火山はどこ?
そこにダンジョンがあるんだね!
待ってて、私のお宝!




