正装
被害を最低限にする為に体を縮めこんだ。
「ディルさん!」
ショコラはそれに気づき叫んだ。
――救ったのはポチグラだった。
側面に移動していたポチグラは横の壁を蹴り、ミーティアの脇腹に噛みついた。白い体に赤い血が染みていた。ミーティアの軌道は逸れ、ディルは無事だった。ディルはすぐさま態勢を立て直し、大剣を拾う。
ミーティアはポチグラを掴むが中々離さない。
「ポチグラッ! 離れて!」
ショコラがそう言うとポチグラはミーティアの脇腹から顎を離し、手に噛みついた。しかしそれだけでは動じないミーティアはポチグラを掴んだままだ。
「こっちみなデカブツ!」
お前もデカブツだろとツッコミたくなるがディルは大剣を振り上げていた。ポチグラを掴んでいた左肩に大剣を振り下ろす。肩の骨で大剣は止まってしまうがポチグラを離すことには成功した。引き抜くには危険すぎると判断したディルは大剣を手放す。腰に差した片手剣を手に持ち、相対する。
ポチグラは距離を取り、威嚇を続け、鳴き続ける。ヘイトを買うつもりのようだ。
ミーティアは自身の肩に突き刺さったままの大剣を見る。
「グルァァ……」
何を思ったのか、何を学んだのかミーティアは右手で大剣を引き抜くとそのまま握った。そのサイズからまるで普通の剣を握っているような印象を受ける。
咆哮しながらポチグラに向かって剣を振り払うミーティア。ポチグラはそれを屈んで避ける。そのスキにディルはミーティアに距離を詰める。左側は死角だと判断し、そちらがわに回り込む。ミーティアはそれを追いかけるように回転する。
「マジカルフレイム!!」
敵としてまだ認識されていなかったショコラが魔法を放つ。相性の良さからかミーティアはのたうちまわった。大剣を落とし、転がり続ける。
普通の炎ならばそれで消えるだろう。だがこれは魔法だ。炎は消えること無く燃え続ける。ミーティアが息を引き取るまで。
「グァァアアアア!」
周囲の雪が一瞬にして消える。そして、ミーティアは自分を凍らせた。炎は凍る。巨大な氷にヒビが入っていく。炎ごと落ちていく。しかしミーティアに傷はひとつもない。
――完全回復。氷とともに炎を削ぎ落としただけでなく回復までした。
ショコラは慌てた。
「うっそぉぉ! ずるくない?!」
「こいつぁ……またまたまずいかもな」
そんな感想などつゆ知らず、ポチグラはミーティアの足に噛みついた。ディルは大剣を構える。
「恐れ入ったぜポチグラ! 臆さないたぁな!」
ショコラは魔法の準備をした。
――きっともう一回で倒せるはず。周囲の雪が消えてから復活した……なら、もう雪が周囲にない今だったら……!
的確な状況判断をしながらスキを伺い構えるショコラ。ミーティア含め疲弊していく状態。ポチグラが距離をとった。その瞬間、ディルが剣を抜いてミーティアに投げる。と同時にショコラがマジカルフレイムを放つ。
ミーティアが剣を掴んだ瞬間、炎が燃え広がった。転がること無くミーティアは息を引き取った。
「も、もう動かないよね?」
「大丈夫だ。そのうち再発生するだろうがこの場は解決だ。ミーティアの爪を剥ぎ取って帰るぞ。
ポチグラ」
呼ばれたポチグラはディルの元に駆け寄る。
「よくがんばった。後、主人の大事なものを落とすなよ」
そう言って貯金袋を鞄の中に入れた。
「うっ……私がちゃんと入れてなかったからだ……」
「そうだな。ふたりとも気をつけろよ」
帰り道、ショコラは貯金袋について話しかけた。
「どうしてあそこまでしたの?」
「大事だろ? ショコラが旅をするためにコツコツ貯めた金だ」
「あんな危険な状態になってまで」
「することだったんだよ。すっかり情が移っちまったなぁ」
「ありがと……ディル」
「いいってことよ。父親代わりみてーなもんだからな」
「じゃあお母さんはミリアさんだね!」
ディルはポリポリとほっぺをかいて目を背ける。そこでショコラは気づいた。
「あっ……今回結構手伝ってもらっちゃった」
「いいんだよ。元々あれはパーティーでクリアするもんだ。ショコラ一人で戦う必要はなかったもんだ。もう大丈夫だろ。
もう……」
帰り道はさみしいものになった。
後日、ショコラは挨拶を済ませていた。旅に必要なものを買い揃えている頃、ディルはミリアと食事していた。
「今日はそっちが奢ってくれるの?」
ミリアがディルの横を歩いている。ディルはいつものような冒険者らしい服装ではなく、整った服をチョイスしていた。
「あ、ああ。最初に行った店……あそこに行こう」
「楽しみね。メニューは任せていいかしら?」
「それは……おお任せろっ!」
見栄を張ってしまったディル。二人が店に入ると酒が提供される。店主が気を利かせたのだ。
「サービスです。ごゆっくり」
お互い会話をしていたのだが、ミリアはナイフとフォークを置いてから言った。
「楽しくない? 体調でも悪いの? 今日はなんだか……ぎこちない? わよ」
「た、楽しいぜっ! へへっ」
「あっ、そっか。ショコラちゃん行っちゃうもんね」
「……ああ。あんたのおかげでショコラは立派になった」
「ディルのおかげでもあるでしょ? むしろディルがずっと支えてきたんじゃない」
「ふっ……そうかもな。でもそんな俺を支えてくれたのはあんただ」
「それは約束だったからでしょ?」
「覚えてるか、俺が冒険者になった頃のこと」
「え? もちろん覚えてるわよ。今日みたいなかしこまった服を着てくるもんだからおかしかったわ。冒険者になりたいって、ふふっ」
「そんなおもしれーかよ……」
「そんな風には見えなかったもの。ついついおせっかい妬いちゃった。迷惑だった?」
「ばかやろ。そんなわけないだろ。あんたのおかげだ全部」
「あ、そういえばまたあんたになってる。名前教えた意味ないじゃないもうっ」
「ミリア」
「そうそう……ディル?」
――――ミリアの名前を呼び、真剣な表情で見つめるディル。その様子に戸惑いを隠せないミリアは言葉に迷ってしまう。その時だった。ディルは低い声で……自分の言葉を伝えた。
「これからも支えてほしい。俺も支える。お互いに……一番近い場所で」
「……ッッ?!」
一瞬にして顔を赤くするミリア。今まで男っ気なく仕事してきたミリアにとって強烈な出来事だった。
「返事をくれ。悪いが待てない。
――断ったとしても今までの関係は変わらない」
ミリアは両手で顔を隠して独り言。まっすぐディルを見ることが出来ない。
「ぁー……そっかぁ、だから今日、服装も……気づかなかった……」
「ミリア」
真剣な表情で見つめられるミリアは指の間からディルを見つめた。
「……よ、喜んで」
「は、ははっ、はははは! やったぞショコラァァ!」
「声が大きい!」
周りから拍手された二人。長い間料理を持ったままのウェイターはキッチンに戻る。
「熱々の二人に冷めた料理を持っていくわけにはいきませんね。
オーナー。今日のお代は私から……」
「安心しなウェル。今日のお代は全部俺持ちだ」
「承りましたオーナー。祝福されるべき二人にふさわしい料理を」