初仕事!
ショコラは変身と言おうとした所で”ちょっとまって”と伝えた。
大男は戸惑った。
「あ、ああ。別にいいが嬢ちゃんどこ行くんだい」
「緊張してお腹痛いので少しお手洗いです!」
「お大事にな……」
トイレからまばゆい光が漏れ出す。そして姿の変わったショコラを見て大男は呆然としていた。
「今の、トイレから出た光は……」
「始めましょう!!」
「いや、その前に」
「いっきますよぉぉぉぉ!」
「ごまかしてるな! 緊張どこ行ったんだよ!」
と、ふざけてはいたが大剣を握ると大男は表情が一変した。全力で踏み込むと右手に持った大剣を振り下ろす。
それを既でかわしたショコラの髪は風圧でなびく。ショコラは気を緩めること無く距離を縮める。そしてステッキで大男のみぞおちを狙って振り抜いた。
嫌な予感がしたのか大男は大剣から手を離し防御に徹する。両腕をクロスし、ステッキを受ける。その瞬間、大男の両足が宙に浮いた。大男は手をクロスした状態のまま、背後にあった机とイスに激突した。
「うぉぉぉああッッ!」
机とイスは衝撃で破壊される。寝転んだ状態のまま言った。
「こいつは……とんでもなくつえーぜ」
ギルドは沸きに沸いた。
「おいおいおい! あんたの娘つえーじゃねーか! あのディルをひとっとびさせるたぁな!」
「あはは。ええ。自慢の娘です。あははは」
「なんか棒読みじゃねぇか?」
「いえいえ。それでは私はこれで」
「なんだ行っちまうのかい」
「はい」
ショコラは通りすがりの父親に気づき、手を振る。彼は手を振り返してその場を立ち去った。
「と、いうわけで仕事してもいいですよね!」
「はい。じゃあ薬草でもとってもらいますか」
「え、薬草?」
大男が口添えする。
「おいおい。んな小遣いクエストなんかやらせんなよ。これだけつえーんだ。魔物の相手くらいできんだろ。このあたりのはよえーんだしよ」
「ですが相手は子供」
「ここは実力主義の世界だ。強い奴を求める場所。最低限俺と同等のクエストだってかまわねーはずだぜ」
「……はぁ。なんか今日は疲れるなー。はいはい。分かりましたよ。その代わり当分の間あなたが面倒を見てください。心配なので」
「あっおいちょっ、それ俺無給ってことかよ!」
「では一人で行かせますか?」
「そりゃおめぇ……」
大男がショコラを見る。ショコラは大男を見上げてにこっと笑った。
「無給でいい。ただしおめーが俺の飯おごれよ」
「なんでですか?!」
「一緒に面倒を被れってことさ。グランの討伐に行く」
「あーもう分かりましたよ」
「おい嬢ちゃん。今から街を出て狼退治だ。嬢ちゃんなら気にせずぶっ倒せるだろうよ」
「分かりました!」
二人は街を出た近くにある森で野営する。市場で買った巨大な肉を焚き火で焼くディル。
「あの、ありがとうございます。でも必要な数を二人分倒せばお給料は出るんじゃ」
「残ってたグランのクエストは一つなんだよ」
「じゃあ半分に」
「俺は手を出さねぇ。ほら、食いな。少々ワイルドな味だが塩と胡椒がありゃだいたいなんでもうめーよ」
「いっただっきまーす」
取り分けられた肉にかぶりついたショコラ。
「んっ! おいしーい!」
多少獣臭さはあるものの、ほどよい弾力を感じていた。そして油と一緒に流れてくる肉汁がショコラの口の中を幸せにしていた。簡単に噛み切れるのもポイントが高かった。
「そうかそうか! まぁちょっといい肉だったからなぁ」
「あのおば、お姉さんにも食べさせたいなー」
「こんな野生の食い物どう思うかな」
「すごくおいしいもん! 大丈夫だよ!」
「そうか? まぁ、最初はもっとちゃんとした所で」
「……」
「なんだよ」
「もしかしてあのお姉さんの事、好きなの?」
「ばっおめぇんなわけ……あるけどよ」
「へぇー……! 聞かせて!」
「なんで女子供ってのはこういう話が好きなのかねー」
「いいじゃん!」
ディルは大きなため息をついた後、話始めた。
「俺が冒険者になったのは仕事を失ったからだ。役所仕事だったんだが捨てられてな。体もデカかったしとりあえず冒険者になったのよ。戦い方も分からず困ってたんだがあの女が妥当なクエストを受注してくれてな。
さらにはお前と同じように監督してくれる冒険者まで雇ってくれたのさ。そっちは自腹でな。それから数年、受付と冒険者の関係は変わらねーが仲良くなった。
んで次第に好きになっちまったのさ。ただこっちはいつ死ぬかも、仕事がなくなるかも分からねー……うだつのあがらねー男だ。
口説く気にはならなかったんだよ」
「いいじゃん! あれ? でも食事に誘ってなかった? 口説く気にはなれないって」
「ああ。だがこれはチャンスだった。だったらよ。口説くだろ。だめだったとしてもそいつは受け入れる」
「かっこいい!」
「おっそうか?」
「かっこいいよ!」
「へへ、へ。照れるなぁおい。
――っと、現れたか。嬢ちゃん」
「うん」
「……背後が光った気がしたが、いつの間に着替えた」
「何も聞かないで」
「お、おう。何も聞かないでおくぜ。
いいか。数は五匹。見えるな?」
「うん」
「逃がすのはまずい。かと言って一瞬で五匹を殺すなんざ無理だ。気づかれないように殺すか群れのリーダーを狙え。統率力を失って混乱する。
最悪五匹も殺せなくていい。リーダーさえ倒せればこのクエストは一旦報酬がもらえる」
「一旦?」
「群れのリーダーが変わるだけだからな。出来れば三匹殺せ。
いいか。かわいそうだと思うのは分かる。だがこれは必要なことだ。俺たちは戦えるが力ないものは違う。俺たちは神じゃねぇ。ただの力を持った人間という生物でしかない。
――殺せ。明日を生きるために」
ショコラは覚悟を決めて飛び出す。
「マジカルフレア!」
群れのリーダーを出力抑えめの魔法で殺す。近くに降り立ち、真横のグランにステッキを当てる。その際に魔力を流し込み、心臓を止める。逃げるグランの首を掴み地面に押し倒す。
「キュー……」
ショコラの手が止まった。他のグランは完全に逃げ出した。カタッ、カタカタッと手が震える。脳裏に浮かぶのはあの惨状。
「おい嬢ちゃん」
「どうしよ。殺せないよ、ディル」
「……なら俺が」
ショコラは手を離してしまう。そしてグランは頭を地面につけ、降伏のポーズをとる。
「私、生きていけないかも」
「嬢ちゃん。今回だけだ」
「この子は?」
「どうしたい?」
「飼えない?」
「養えるのか?」
「……」
ディルは考えた後、こう言った。
「分かった。養え」
「私の決定権は……」
「こうなっちまったら俺だって殺せねーよ。幸い嬢ちゃんをボスとして認めたみてーだし、訓練させりゃ街中も歩けるだろう」
「ほんと?!」
「ただし責任をとるのは嬢ちゃんだ。もしこいつが人間を食い殺したらそれは嬢ちゃんが責任をとる。理解してるな」
「……うん」
「さて、報酬は減ったが仕方ねーな。その報酬で飯とこいつの装備、契約くらいは結ばせるか」
「うん!」
ディルがこの行動をとったのには理由があった。この短時間でショコラはやさしすぎると理解していた。いつか戦えなくなった時、この子は死んでしまう。しかし、守るもの、養うべきものがいるのなら壁を越えられる。ショコラにとって利益が出るのはこの方法だと思ったのだ。
「よし嬢ちゃん。とりあえずこの子に名前つけてやんな」
「ポチグラ!」
「ぽ、ち? グラは分かるが」
「いいのっ!」
「そうか……」