……転移
「もう動いて大丈夫なの?」
「うんママ。少し痛むけどこれくらいなら大丈夫! 遅れて学校行くね」
「だめよ。今日一日は安静にすること」
あれから二日、病院に行くこともなくショコラの腰は回復しつつあった。母親はパートに行ってくるからと家を出た。
「いってらっしゃーい」
ショコラは母親の見送りをした後、用意されたパンと目玉焼き、コンソメスープをゆっくりと食べ始めた。テレビをつけると、朝八時半のニュースが流れている。
「現在、魔法少女マメが交戦中ですが苦戦を強いられている様子です。応援の魔法少女が四人向かっています」
みるくがそれに対してこう言った。
「まぁ四人も向かえば大丈夫だろ。お前は休んでろショコラ」
「……うん。ねぇ、もし魔法少女がカヴィラモンスターに対抗出来なくなったらどうするの?」
「それは終わりを意味する」
「……そっか。ちょっと一休みしようかな」
「あれだけ寝たのにまだ寝るのか?」
「いいじゃん今日は行っちゃだめって言われてるしー」
気温が暖かくなり、布団が暑いと感じたショコラは起きることにした。
「どれくらい寝たんだろ」
「三時間くらいだな。もうすぐお昼だぞ」
「じゃあ何か食べよっかなー」
「飯食って寝て起きてすぐに飯か。太るぞ」
「今は太ってないからいーの! とテレビ何かおもしろいのは」
――ショコラは絶句した。
「現在も戦闘中との事です。遠方より魔法少女達が向かっているとのことですが依然姿を表すことはなく」
「ねぇ、みるく」
「ああ。こりゃやばいな」
どこかみるくは悲しそうな顔をしていた。ショコラは迷わずに言った。
「行こう」
「行こうって、だめだショコラ!」
「? いつもならすぐに行こうっていうのに」
「病み上がりだ。行ったって足手まといになるだけだ!」
「それでも行かなきゃ。少しでも戦力になるはず。私だって魔法少女だもん! ね!」
「……君は本当に魔法少女らしい性格をしているよ。よし、変身だ!」
「えっもう?!」
「一秒でも早く着くべきだろう?」
「分かった!」
魔法少女へと変身したチョコは窓から飛び出た。
「ここから目的地までどのくらいかかる?」
「このまま飛翔すれば二十分だ」
「お願い……誰も死なないで……!」
目的地へとたどり着いたチョコ。疑似世界への扉をみるくに開いてもらう。そこで目にした光景は小学生にはきついものだった。
「おえぇぇっ」
四人どころではない。数々の魔法少女が賢明に戦っている。そして食いちぎられた魔法少女や妖精。チョコと同じように現実を見て立てなくなっている魔法少女もいた。
「逃げようチョコ」
「だめ、だよ」
「嗚咽しながら君は戦えるのか!?」
「もう、大丈夫」
震えてるじゃないか。みるくは小声で言った。かつてない強敵は四足歩行の獣の形をしていた。実態がつかめないような流動体。
「あれは、なに?」
「カヴィラモンスターで間違いないだろう……だが、あれは」
「倒さなきゃ!」
チョコは震える体をその意気込みで抑え込む。
「マジカルフレイム!」
当たりはした。炎の弾は当たった部分を消滅させたがすぐに再生。そんな中、みるくは他の妖精に近づいた。
「たす、けてやってくれ。この子は、自殺した両親の代わりに弟の面倒を見ている。新しい家は何もしてくれない。お金だって」
「あぁ、分かった。休んでろ」
「頼む、頼むよ……」
妖精は光となって消えていく。
「……消えた下半身くらいは見つけてやりたいけどな」
みるくは妖精一人ひとりに近づき、光へと変えていく。
「全く、心なんてなければ良かった。俺が神であるのならどれだけ良かったか」
チョコは苦戦していた。残っている魔法少女達も連続して必殺技を放つが一向に終わりが見えない。
みるくは深呼吸した。何度も、何度も……これから出す大きな声が震えないように。
「君たち! 全員の魔法少女の力をチョコに集める! 魔法少女には戻れないがこいつを倒すにはそれしかない!」
戸惑いながらも一人の魔法少女が言った。
「あたしはマメ。ずっと戦ってきたけどそれしかないのね。私じゃだめなの?」
「……君の妖精はそれに耐えられない。知っているだろ。魔法少女の力は妖精を介して得られている。俺は初代魔法少女メルのパートナーだ。
俺なら耐えられる」
「……わかったわ」
他の妖精がみるくに進言する。
「おい!」
「黙れ」
妖精が光へと変わる。
「王に指図するな」
魔法少女達の変身が一度に解ける。そして力はすべてチョコへと集まった。チョコに向かってみるくは飛んでいく。そしてチョコの隣へ着いた瞬間こう言った。
「今の君は魔法少女歴代の中で最強と言っていいだろう。君は成長した。小学生とは思えないほどに。よく戦った」
「な、なに急に……うれしいけど今はそれどころじゃ」
「いいから聞け。
意味は分からなくてもいい。恨みたいのなら恨んでほしい」
「恨むなんてことないよ。どんなことであれ私はみるくと居て楽しかったもん。ショコラって名前最近は嫌いじゃないし」
「…………ショコラ。
――――楽しかった」
「お別れみたいなこと言わないでよ」
「そうだな。この世は理不尽だ。だが今はその理不尽を跳ね返せるかもしれない。
ぶっ放せ魔法少女チョコ!!」
「うん。この力があれば!!」
チョコはステッキを敵に向けた。大きな、大きな炎の花が咲く。
「マジカルメルトフレアァァァァァ!」
花びらが散った。それと同時にカヴィラモンスターも同じように散りゆく。散った花びらが燃えていく。
「やった! やったよみるく」
「ああ。俺の力も全て託した甲斐があった」
「みるく? ねぇ、みるく……なんかおかしいよ」
「おかしくはない。
――すまない。本当にすまない。俺は……君しか救えないんだ」
次の瞬間、疑似世界の足元に巨大な魔法陣が現れる。
「みるっ」
みるくの姿が変だ。無機質だと思っていた姿に毛並みがある。涙を流している。
「達者でな。みるく。世界で最も大切な人よ」
――がやがやと騒がしい声がする。
「みる……くって、ええええぇぇぇぇぇ!!」
そこはショコラの知る世界ではなかった。周りの人々が視線をショコラに移す。
空は青く、晴れ渡っているが日本ではない。湿気が少なくカラッとしている。材木で作られた商店が立ち並び、地面は土だが砂がさらさらとしている。並べられた果物は見たことがなく、人々の顔立ちも日本人のそれとは異なっていた。
唯一同じなのは言葉だけだった。現地の人間がショコラをじろじろと見ながら言った。
「なぁ、なんだあの子。へんな服」
「人の格好を悪く言うのは……まぁ変だけど」
ショコラが視線を下に移すと魔法少女の姿のままだった。
「いやぁぁぁ! みるく! 変身解除!」
体が光に包まれ変身が解除される。いつもの制服だった。元々学校に行こうとしていたため制服を着ていた。着替えるのが面倒でそのまま寝たのだった。
「いま、裸に……」
「服が一瞬で!」
「もう嫌だァァァァ!」
恥ずかしさのあまり、ショコラは走って人目のない場所へと向かう。
「ねぇみるく! ここどこ……なの? みるく?」
そこにみるくの姿はない。
「え、でも私……変身解除」
ショコラはその後、改めて魔法少女に変身してみた。変身出来るのを確認した後、元に戻ってみる。出来ることを確認して、辺りを見回す。
「どうして……みるく? みるくどこ? 一人はさみしいよみるく!!」
返答はない。
「……いいもん。そっちがそのつもりなら探し出してやる!
叱ってやるんだから! もう!」