メルという魔法少女
「で、いつまで付いてくるの?」
ショコラはみるくに対してそう言った。みるくは平然と答えた。
「どこまでも」
「私のプライベートないじゃん!」
「魔法少女にプライベートなんかない」
「いーやー!」
「仕方ないだろ。いつカヴィラモンスターが襲ってくるか分からないんだから」
「そんなこと言ったって嫌なものは嫌!」
「子供だなー」
「子供だよ!!」
みるくとの関係はあまりよくはなかった。最初は仕方なく、そんな感じだった。
「んで、みるくってなにか食べたりするの?」
「妖精は別に食べなくても生きていけるしな。この世界のものはこの世界の者達で消費するべきだ」
「なに堅いこと言ってるの。ほら、これ食べてみなよ。私の名前と同じショコラケーキ」
「……いらない」
「いじっぱり! たーべーてー!」
「……分かった。一口だけ」
見えなかった口が開けられ、その中にショコラはケーキを一口運ばせる。
「ッッ!」
「どう? おいしい?」
「……」
みるくはじーっとショコラケーキを見つめていた。
「なんだ気に入ったんじゃん。なんにも興味ないかと思ってたけど知らないだけなんだね」
みるくは振り回すことだけでなく振り回されることを知った。いろんな遊びに参加させられたり、食べさせられたりして自分の好きなものと嫌いなものを知っていった。
「ねぇ、みるくは他の人には見えないの?」
「姿を隠してるからな。これだけは絶対に譲れない。魔法少女のみ我々の姿を見せる」
「ふーん。姿出してくれたらミカと一緒に遊べるのになー」
「俺が巻き込んだせいで死にかけたんだけどな」
「記憶ないんでしょ? それにほっといたら私たちだってどうなったか分からなかったじゃん」
「……そうだな」
体育の授業中、ショコラは自身の五十メートル走記録を塗り替えていった。ミカはそれを見てうれしそうにしていた。
「すごーい!」
「あはは、ありがとう。なんか最近体の調子がいいんだー。運動能力が上がった感じ」
「これはオリンピック出れるね」
「出れないよ?」
実際、ショコラは本気で走ったらすごい速度が出るんじゃないかと思っていた。本気で走ったら……しかし、目立ちたくないショコラはそれをしなかった。
自分の名前のせいでショコラは注目される事が多かった。気弱なショコラにとってそれは楽しいものではない。
魔法少女である間は仕方なく注目を浴びるが人目にはつかないように気をつけていた。
ある日の帰り道、みるくはショコラに聞いた。
「ショコラ。君の名前は特殊だな」
「ストレートすぎない? まろやかな名前の癖にブラック過ぎない?」
「君は名前の通り甘いな」
「私はこの名前嫌い……だって恥ずかしいもん」
「……分からなくはないがそれも個性だ。さっきも言ったが君は名前にあった人間だと俺は感じている。いいじゃないか。君にピッタリだ」
「だって笑う人もいっぱいいる」
「そんなもの勝手に笑わせておけばいい」
「無理だよ!」
「無理じゃない。君の人生だろ。ショコラは自分の人生を笑われるような人間じゃない。他人が笑ったからなんだ。そんな下らないことで恥ずかしくなるような生き方ではないし、笑われるような名前じゃない」
「そんな割り切れないよー」
「そうか。分かった。
なら、俺が魔法少女である君をサポートできなくなるまでに自分の名前に、人生に誇りを持ってほしい」
「……うぅ、それなら考えとく」
「考えとく?」
「分かった! わかりましたー!」
「それでよし。ならそろそろ起きろ」
「ふぇ?」
――ショコラが過去の記憶という夢から目を覚ますとあたりは夕方になっていた。
「わぁあああ! どうしよ! こんな時間まで寝てたら夜寝れないよ!」
「もう一発頭に行っておくか。寝れるだろ」
「記憶すらなくなっちゃうよ!」
話し声に気づいたのか母親がショコラに食事を運んできた。おぼんの上に皿が二つ。ひとつは切られたりんご。もうひとつはショコラの好きなクリームシチュー。
「わー! おいしそう!」
「ふふ、ショコラ好きでしょ?」
「うん!」
「お父さん早めに帰ってくるって。ぎっくり腰くらいでおおげさよね」
「痛いよ? すっごく痛いよ?」
「うふふ。そうね、あらもう帰ってきたみたい。あなたー」
母親はショコラの部屋を出て、父親を出迎える。父親は一目散に娘の部屋へと向かった。
「ショコラ……大丈夫か?」
「大丈夫だよパパ。少し休んだら良くなったから」
「あまり心配をかけさせるな……営業を部下に任せてきたんだからな」
「そこまでしなくていいのに……でもありがと」
「ショコラぁぁ、ああなんてうちの娘はかわいいんだ」
母親が父親の後ろに立っている。
「ところであなた。さっき仕事を終わらせてきたと言わなかったかしら」
「あ」
「あ、じゃないわよ! 心配なのは分かるけど迷惑かけちゃダメじゃない! しかも後輩にまかせてきたの?! ちゃんとお礼いいなさいよ?!」
「言った! 言ったから!」
「ちゃんと後日改めて言うのよ! 親バカですみませんって!」
「は、はい……」
「全く……ショコラ。はやく食べちゃいなさい。冷めちゃうわよ?」
「はーい!」
両親が部屋を出る。みるくが相変わらず賑やかだなと少し笑う。
「これが普通だったからよく分かんないや。
ねぇ、みるくは私とミカちゃん以外に魔法少女と契約したことはあるの?」
「……一回だけな」
「へー……誰?」
「メル」
「え……」
カヴィラモンスターが現れ始めたのは二十年ほど前。その時、最初の魔法少女が現れた。数は五人。いずれも今は魔法少女ではない。
四人は引退したが、一人は違う。
――メル。彼女は他の魔法少女を庇い、なくなったことが報道されている。数ある死亡者のうち、最初の一人だった。
「悲しい?」
「今は……な。あの頃は俺も生まれたてで感情もなかった。ショコラのようにいろいろと話したが特別な感情はなかった。
けど、今は思い返すのが怖い」
「……ごめんね」
「知らなかっただけだ。君が死ななければそれでいいよショコラ」