はじまり
「いやぁぁぁぁぁあああ!!」
ひらひらとした白ベースの衣装に身を包んだ一人の魔法少女は大粒の涙を流し、叫びながら全力疾走をしていた。そのツインテールを揺らしながら後ろを振り返るとそこには今までの敵とは段違いのデカイカヴィラモンスターが倒れ込もうとしていた。
「いやー、このままだと俺たち下敷きだなっ」
「楽しそうに言わないでみるく!! みるくがぶっ放せって言ったんじゃーん!」
「まぁまぁ、がんばって逃げたまえよ。このままだと押しつぶされるよ」
みるくと言われた丸っこい生物は側面からうさぎのような耳が生え、しっぽは長く、手足はちょこっと突起がある程度の不可思議な生物だった。
「影が! 影がめっちゃ濃い! このままだと」
「しゃーないな」
みるくは魔法少女の背中に回る。
「みるく? 何かいい作戦でもあるの?」
「ああ。腰のマッサージなら任せろ」
「は?」
「出力全開! みるく射出!」
「何いってんの?! ごっ」
みるくは魔法少女の背中に頭をぶつけた。魔法少女は不格好な姿のまま飛んでいく。
「うっ、ごへっべっ」
自然と勢いが落ちた後、みるくがチョコの元へと戻ってくる。
「いやーすまんな。おかげで下敷きにならんくて済んだだろ。
疑似世界も解除するぞ」
「えっちょ、まッッ!」
パァァァ。車のクラクションが鳴り、信号の鳥の音が響く。人々はそれぞれ社会人として行くべき場所へと向かっていた。
道端で転がる魔法少女は違和感でしかなかった。
「あっあはは、あは」
「ま、魔法少女だ! すげー! 初めて近くで見た!」
小学生の男の子が指さしていった。さらに隣にいた女の子も興奮している。
「あ、あのっ! 魔法少女ですよね。たしか名前は……
”チョコ”」
「ッッッ!
いやぁぁぁぁあ!」
恥ずかしさのあまりチョコはビルの隙間へ向かって飛び去っていく。そしてすぐさま変身を解いた。服は小学校の制服へと変わり、髪は顎までの長さへと縮まる。左目の斜め上に丸いプラスチックが二つ、髪を止めている。サイドの髪を後ろへ持っていき小さなポニーテールを作っている。
「なんで変身解除するまで待ってくれなかったのさ、みるく!!」
「あれはエネルギーを使うんだ。結構ギリギリだったんだぞ」
「だからってね……あーもういいや。学校いこ」
「行けるのか?」
「行けるのかってそりゃ、ひぎっっ!」
変身を解いた状態で動こうとした瞬間、魔法少女の補正が無くなり腰にダメージが来る。
「家の方が近いかも……」
「だろうな。支えになってやるから行くぞチョコ」
「今はショコラ!!」
「はいはい。最近カヴィラモンスターも強くなってきている。何人も魔法少女が引退してるんだ。気をつけろよ」
「私はカヴィラじゃなくてみるくのせいで引退しそうだよ!」
「そんな婆さんみたいな引退理由は却下だ」
「決めるの私じゃないんだ……」
「冗談だよ。本当に戦えなくなったらすぐに魔法少女の契約を切ろう」
「そしたらみるくはどうするの?」
「妖精の世界に戻るのさ。もう会うことはない」
「……もうちょっとがんばる」
「そうか」
家で療養中、ショコラの母親が看病していた。
「もう、大丈夫? どうやったらその若さでギックリ腰になんてなるのよもう……
今日は安静にしてなさい」
「ごめんママ……」
「もうすこしで中学生になるのよ?」
「うん……あはは」
一人になったショコラは目を閉じる。
「もうすぐ魔法少女も卒業かな。中学生でも活躍してる魔法少女なんてあまり居ないもんね……」
スーッと寝息を立てるショコラ。その傍でみるくは寂しそうにつぶやいた。
「あぁ、もうすぐ終わりだ……ショコラ」
――夢を見ていた。でもこれは過去の記憶。
「ショーコラッ!」
「ッッ! ミカちゃん!」
学校へ向かう途中、親友のミカが声をかける。長い髪が遅れて収まっていく。
「ほんとかわいい名前だよねショコラ」
「私は嫌……」
「えーなんで? みんなと違うのがそんな嫌?」
「恥ずかしいもん。ハーフでもないのにショコラなんて」
「ショコラケーキが好きだからつけたってお母さん言ってたんでしょ?」
「うん、それ以外はほんといいママなんだよ。でもぉぉぉ!」
「あはは、泣き出しちゃった。もうすぐ四年生なんだし、泣き虫は直さなきゃ!」
「ミカちゃんがいるからいいもんっ!」
――空の色が変わる。街並みは変わらないのになぜか別の世界だと感じる。
「え、なに?」
ショコラは不安でいっぱいになる。
「いやーごめんね」
そこに居たのはうさぎのマスコットらしき何か。宙に浮きながら話しかけてくる。
「あなたなに?」
「俺はみるく。突然で悪いんだけどどっちか魔法少女にならない?」
「魔法少女?」
ミカがみるくとショコラの間に踏み出る。
「まず説明してよ。魔法少女の存在は知ってる。でもそれがなんなのか、私たちは知らないんだよ」
「簡単さ。
この世界を悪意に満たそうとしているカヴィラモンスター達を倒すために人間の力を借りて戦ってもらうのさ。俺たちだけじゃ攻撃が効かない。だが君らが手伝ってくれるのなら大丈夫」
「死ぬの?」
「死ぬかもね。知ってるだろ? 行方不明の魔法少女がいたことくらい」
「私がやる。ショコラは私が守る」
「いい度胸だ。行こうか。ミカ」
「なんで名前知ってんのよ」
「さぁね」
――ショコラは黙ってみていた。親友が殺されかけるのを。黙っているしかなかった。足がすくんで、助けたいのに力がない。立てない。
ミカはショコラに攻撃が行かないように立ち回る。
小学四年生だ。怖くないわけがない。痛いに決まってる。
ごろん、ごろんとミカが力なく転がってくる。大量の血を流し、目は虚ろ。それでも涙を流す。
「ごめ、しょこ、ら。私、死にたくない、けどにげて、しょこ、ら」
何もわからず、ショコラはミカの持っていたステッキを握る。体を光が包み、衣装が変わっていく。白をベースとした魔法少女の服。髪はツインテールに変わり、ステッキは輝きを取り戻す。
カヴィラモンスターはまるっこいぬいぐるみのようなかわいい見た目をしている。だが、ショコラの目に映るそれは明確な敵であった。
「マジカルフレイム!」
何も聞いていなのにショコラは魔法を使った。ステッキの先にある宝石が形をなくす。代わりに炎が揺らめき始めそれは大きくなっていく。
ショコラはステッキをカヴィラモンスターに向けた。と、同時に火花が舞い散り、衝撃でショコラは後ろに転がっていく。巨大な炎の弾がカヴィラモンスターに触れた瞬間弾けた。跡形もなく。
「よーやったショコラ。君のおかげでこの街の平和は保たれた」
「私だけじゃない」
「そうだったね。ミカもよくがんばった。この子の治療はショコラの魔力を使う。三日間は戦えないからそのつもりでね。記憶も消しておくから」
「あ、うんありがとうってちょっとまって?」
「なんだ?」
「”三日間は戦えない?”何言ってんの? 私まだ戦うの?」
「魔法少女になったからにはその責務を果たしてもらうよ。安心してくれ。俺が全力でサポートする」
「拒否権は?!」
「ないよ? 妖精に法律は効かないのさ」
「私の生活は?」
「寝不足にはならないよう気をつける」
「そんなぁ……」