双六を教えてしまいました 1
その日は、朝から激しい雨が降っていた。こんな雨の日に、わざわざ立地条件が悪い食堂に足を運ぶ人は、そこまでいないだろうと思っていた。
しかしそうでもなかった。連日、多くのお客さんで賑わうレインさんの店は、立地条件だけではなく、悪天候の条件さえもカバーできてしまう。これはやはりレインさんの料理がおいしい事や看板息子アルト、人柄の良いマリオさんという家族の力があってこその結果なのだろう。
「おーい!!大変だ!!店の前で女の子が倒れてたぞ!!助けてやってくれ」
雨で全身の服がずぶ濡れになった常連客の男が、女の子をお姫様抱っこした形で、店の入り口から入ったすぐの所に立っている姿が目に入った。
お客さん達も入り口に注目する。
「大丈夫ですか!?その子、二階の部屋に運んでもらっていいですか!?こっちです」
手に持っていた料理を注文したお客さんのテーブルに置いて、女の子を抱えたずぶ濡れの男を二階の俺が使ってる部屋へと誘導した。
「ありがとうございます。タオルをどうぞ」
「ああ、ありがとう。ビックリしたぜ。飯を食って外出たらこの子が倒れてたんだ。俺もこの後、仕事があって急いで行かなきゃならない。押し付けるような形になってすまないが、後は頼む」
「わかりました。雨なのでお客さんも気を付けて」
「ありがとうよ。今日も飯、おいしかったってレインさんに伝えといてくれ」
「はい。ありがとうございました」
客の男が出て行った。
ショートヘアーのかわいらしく整った顔立ちをした女の子が目を閉じている。
女の子は、やはりずぶ濡れになっている。
ひとまず濡れた服を着替えさせないとなければ……。
意識がない女の子の服を脱がせる事に抵抗を感じた俺は、レインさんを呼びに行こうとした。しかしレインさんも調理場が忙しい事を考えると、呼びに行くのもな……。
マリオさんもいないし、アルトじゃ無理だし……。
やっぱ俺しかいないよな。
腹をくくって女の子の服を脱がせる。上の服と下の服。
下着姿になった女の子を見て、さすがにこれ以上は無理だと思い断念する。
下着姿の女の子の体を、乾いたタオルを使って全身を拭いてあげる。
「ううっ……ん……」
ヤバい、起きた……。
「ここは……。寒っ……なんで!?下着だし……」
「あのっ……大丈夫ですか?」
「きゃああああああああ。変態!!なんで男がいるの!?」
「違う、違う!!落ち着いて!!」
「動かないで!!一歩でも動いたら殺す」
「わかった。わかった。動かない。何もしない。タオルで体を拭いて」
俺はタオルを女の子に投げて、見ないように後ろを向いた。
「うちの店のお客さんがね。雨の中で倒れてた君を、うちの店の前で見つけて運んでくれたんだ。濡れてたから服を脱がせたんだ。風邪を引くと思って。うちの店、女の人はレインさんっていう調理場で料理を作ってる人だけしかいないからさ。今、店が忙しくてね。勝手に服、脱がせてごめん。やらしい気持ちじゃなかった。悪気はなかったんだ」
後ろを向いたまま、女の子に向かって説明した。
「くしゅん……」
女の子がくしゃみをした。
「シャワー、浴びてきなよ。部屋を出て右の奥に行ったところにあるからさ」
「……うん。シャワー、借りるね。ありがとう」
女の子がシャワーを浴びてる間、着替えに俺の服を置いた。
「タオルと着替え置いておくね。俺の服だからサイズが合わないだろうけど、悪いけどこれで我慢して」
その間に俺は、1階に行ってレインさんに女の子が目を覚まして、今シャワーを浴びている事を伝えて、温かいスープを作ってあげてほしいと伝えた。
スープを持って部屋に戻ると、女の子がベッドの上に座っていた。
「体、冷えてるでしょ?レインさんに言って温かいスープを作ってもらったからさ。飲みなよ」
「いい……。お金、払えないから」
「お金なんていらないよ」
「……いいの?」
「うん。冷える前に飲みな」
「……うん」
女の子はスープを飲んだ。
「おいしい……。こんなにおいしいスープ、初めて……ううっ……ううっ……」
「おいしいだろ?レインさんのスープ」
「うん……ぐすっ……」
女の子は涙を流しながらスープを食べた。
ぐうう……と女の子のおなかが鳴った。
「けがしてるところはない?痛いところはない?大丈夫?」
「うん……」
「じゃあ1階降りてきなよ。おなか、空いてるでしょ?もっとレインさんに食べる物を作ってもらおう」
「いい……。お金、払えないから……」
「いいよ。レインさんはそんな事、言わないよ。それにここの家の主人のマリオさんはね、人助けが家訓なんだ。そんな事は言わないし、もし払えって言われたら、俺が出すから。ね?いこうよ」
「……うん」
二人で1階に降りていき、女の子と一緒にカウンター席に座った。
「レインさん。このとおり、女の子は、けがもないみたいです。ただおなかが空いてるみたいなので、なんか作ってあげてください」
「よし、きた。任せておきな。何食べたい?そこにメニューがあるから何でも言って」
女の子は無言でメニューを見つめる。
「……たこ焼き?」
「ああ、それはうちのオリジナルメニュー。人気メニューだけど軽食なんだよ。もっとおなかがいっぱいになるやつを頼みなよ。肉料理も魚料理もおいしいよ」
「じゃあ……肉料理……でも……たこ焼きも気になる……」
「やっぱり気になるか。たこ焼きは、人を惹きつける魅力があるよね。じゃあレインさん。両方お願いします」
肉料理とたこ焼きを作ってもらい、料理を待ってる間に話をした。
「そういえば名前、聞いてなかったね。俺はヒカル。ここの従業員。住み込みで働いてる。君は?」
「アリス。私は自分探しの旅をしてるの。自分の居場所を探してるの」
「なんであんなところで倒れてたの?」
「お金がなくて食べる物を買えないから、森に何か食べ物があるか探しに行こうとして力尽きた……」
「そっか。今は雨も降ってるし、まあゆっくりしていきなよ」
「うん……」
肉料理とたこ焼きが運ばれてきた。
「これが……たこ焼き……。いただきます」
アリスはたこ焼きを口に運んだ。
「おいしい。ふわふわで……包み込んでくれるような優しい味……」
「気に入った?」
「うん。すごくおいしい。この肉料理もおいしい」
アリスが料理を食べ終えると、後ろから声が聞こえてきた。
「あああーーー。またアルトちゃんの勝ちだ。アルトちゃん、手加減してよー」
「おじさん、僕、次、負けてあげようか?」
「うっ……。それはそれでおじさん、傷ついちゃうな……。ごめん、今のなし。本気で頼むよ」
「わはははは。いいぞー、アルトちゃん」
今日も盛り上がってるな。
「あの小さなかわいい男の子は?」
「レインさんの息子のアルト。ここの看板息子だよ。かわいいしゲームが強いしお客さんの人気者なんだ」
「げえむ?」
「あれはオセロ。こっちがトランプ。ここで遊べるんだ」
「オセロ?トランプ?」
「やってみる?」
「うん」
テーブルに置いてあるレイン柄のトランプを手に取る。
カードの種類を説明して、ババ抜きをやってみる。
「はい。ジョーカーを最後に持ってたから俺の負け」
「面白い」
「次は大富豪でもやってみる?」
「他にもあるの?」
「トランプはいろいろなルールで遊べるんだ」
「すごいね。こんなの聞いた事がないよ。大富豪、やってみたい」
大富豪、ポーカー、ブラックジャック、七並べ。いろいろ遊んだ。
「すごい!こんなにたくさんの遊び方があるんだ」
「ヒカルさん。悪いんだけど、ちょっと料理を運ぶの手伝ってくれない?」
「わかりました。ごめん、忙しそうだから店を手伝ってくるよ。2階のさっきの部屋で適当に休んでてくれていいから」
「あ、あの……私もお手伝いしていい?料理も作ってもらったし」
「体は大丈夫なの?」
「おなかが空いてただけだから、もう大丈夫」
「そっか。じゃあ手伝って。いろいろ教えるからさ」
「うん」
その日、アリスが手伝ってくれたおかげで、仕事は物すごく楽だった。
「お疲れさま。今日はもう店が終わりだから。手伝ってくれて助かったよ。ありがとう。皆でご飯、食べようか」
「お疲れさまでした。仕事、楽しかった」
マリオさんが帰ってきて、全員がそろった。
マリオさんに事の経緯を説明した。
「そうか。そりゃ大変な一日だったな。しかしこの調子だと、明日も雨なんじゃないか?アリスさん、雨が終わるまでうちに泊まっていくといい。……あっ、でも空き部屋がないな。ヒカル。おまえさんの部屋で一緒に寝たらどうだ?」
「まあ……そうなりますよね。俺は床で寝るから、アリスが嫌じゃなければ。嫌なら俺、廊下で寝るよ」
アリスの方を見た。
「ごめん……ベッドを奪ってしまって……。廊下は、さすがに悪いから……床で……」
「いいよ。気にしないで」
その日、同じ部屋で、俺は床で、アリスがベッドで寝た。